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13歳

332 中身が変わった

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「綿毛ちゃん。人間になって」
『嫌だよぉ。いい? オレが人間になれることは大人たちには秘密だよ?』

 ロニーは、俺のことを笑って許してくれた。
 一連の騒動を知ったユリスは、終始にやにやしていた。「さすがルイスだな」と、なんだか俺のことを褒めているようだったので、胸を張っておいたら鼻で笑われてしまった。あれは間違いなく俺を小馬鹿にしていた。

 ロニーと仲直りできたのは、よかった。だが、これで俺の周りから長髪男子くんが居なくなってしまった。絶望である。

 しかし、俺は思い出した。

 いつの日か、一度だけ見た綿毛ちゃんの人間姿。夜中のことだったので記憶が曖昧だが、確か素敵な長髪だった気がする。これはこの目でもう一度確認しなければならない。早速、綿毛ちゃんをゆさゆさ揺らして「人間になって!」とお願いするのだが、綿毛ちゃんはお断りしてくる。なんて愛想の悪い犬。ペットのくせに生意気だ。

 こそこそ会話する俺たちを、少し離れたところからロニーとジャンが見守っている。

 玄関先の日陰に腰掛けて、まったり遊んでいるところであった。

 猫は暑いのが苦手なようなので、部屋に置いてきた。もふもふの綿毛ちゃんも暑そうだが、本人いわくそんなに暑くはないらしい。人間とは違うので、と上から目線で尻尾を振る綿毛ちゃんは、得意気な顔だった。

 不意にロニーと視線があって、手を振っておく。にこやかに振り返してくれるロニーの髪は、まだまだ見慣れない。だが幸いギリ結べないくらいの長さなので、少し時間が経てばまた結べるようになるだろう。

 一体どういう心境の変化があったのかは知らないが、最近暑いからな。なんかこう、血迷って唐突に髪を切りたくなったのかもしれない。

「人間になって! ケチ!」

 綿毛ちゃんの角を掴んで引っ張っておく。『やめてぇ』と悲痛な声をもらす犬は、ジタバタ暴れて俺の手を離れてしまう。結局、この角の正体もわからないままである。

『ところでさ。この間、坊ちゃんが言ってた本当は弟じゃないってなに? 魔導書使ったのはわかったけど。具体的にはどういう使い方したの?』

 突然問いかけられて、なんとなくロニーの様子を窺う。ジャンとお喋りしているロニーには、綿毛ちゃんの声は聞こえていないだろう。

 一応声を潜めて、「また後でね」と言い聞かせる。その話は、ユリスに説明してもらった方がはやいと思う。『わかった』と頷く綿毛ちゃんは、もふもふと尻尾を揺らしている。

「……魔法でロニーの髪、伸びないかな?」
『う、ううん? どうだろうねぇ』

 首を捻る灰色綿毛ちゃんは、ジャンが定期的にお手入れしているので綺麗な毛並みである。

 玄関先から立ち上がって、花壇へと駆けていく。気が付いたロニーが、不思議そうに近寄ってくる。
 花壇の土を両手でかき集める。それを持って、玄関先でお座りしている綿毛ちゃんの元へ戻る。

『……坊ちゃん?』

 じりじりと後ろに下がる綿毛ちゃんの前に座り込んで、持ってきた土を上からパラパラかけてみる。

『……え、いじめでは?』

 半眼になる綿毛ちゃんは、灰色の毛に所々土がついて、なんか汚れてしまった。

「オシャレでいいと思うよ」
『それ本気で言ってる?』
「ふふ」
『笑ってるじゃん』

 なんか綺麗なもふもふをちょっと汚してみたいと思っただけだ。隣にやって来たロニーが「あらら」と言って土を払ってあげている。

 ぶるぶると全身を震わせた綿毛ちゃんは、自力で土を振り払う。ちょっとこちらに土が飛んできた。

「ダメですよ、ルイス様」
「……うん」

 じっとロニーの髪を見ていれば、彼はさりげなく髪を触る。

「今度、髪切るときは俺に教えてね」
「え」

 きょとんとするロニーは、しかしすぐに小さく頷いた。これ以上、短くされてはたまらない。

「なんか、困ったことがあったら俺が相談に乗るからね」

 だから勝手に髪切らないでとお願いすれば、ロニーは苦笑してしまう。


※※※


「噴水で遊びますか?」
「遊ぶ!」

 休憩中だというアロンに連れられて、噴水へと向かう。彼はおサボりの常習犯なので、本当に休憩中なのか怪しいが、まぁいいだろう。ちょうど暇だったし、一緒に遊んでやろうと思う。じりじりと照り付ける太陽に目を細めて、綿毛ちゃんを噴水の中に浸す。

『オレ、泳げるようになるかも』

 バシャバシャと犬かきっぽい動きをしてみせる綿毛ちゃん。俺が噴水に近付くと、ロニーとジャンは少し困ったような顔をする。その点、アロンはノリノリで遊んでくれるから楽しい。

 ちらりと俺の左手を確認したアロンは、へらっと笑ってバケツを手に取る。彼はいつも、俺と会えば指輪の有無を確認する。

 俺はいつも指輪をつけていない。今もだ。最初の頃はつけろといちいち文句を言っていたアロンであるが、最近は確認するだけでなにも言ってこない。

 彼の視線に気が付かないふりをして、手を噴水に突っ込む。盛大に暴れて水をかけてくる綿毛ちゃんにつられて、楽しくなった俺はアロンにも水をかけてやる。

「そういえば、髪切ったんですね」

 ちらりと向こうのロニーに視線を投げて、アロンがにやにや顔で問いかけてくる。どうやらこいつは、ロニーが髪を切ったことが嬉しいらしい。理由はよくわからない。

「うん」

 とりあえず頷いておけば、アロンは腰を折って俺の耳に顔を近づけてくる。そのまま内緒話をするかのように、こそこそと声をひそめる彼は、俺の顔色を窺うかのように真剣な眼差しとなる。

「ダメですね、ロニーも。せっかくルイス様が気に入っていたのに。切っちゃうなんて」
「うん」

 頷いて、でもなんだか引っかかって「でも」と言い返しておく。

「ロニーは優しいから。今まで髪の毛切りたかったけど、俺がうるさいから我慢してたのかも」

 だとしたら悪いことをしたな。
 俺が長髪だと大声で騒ぐから、切るに切れない状況に追い込まれていたのかもしれない。

 だからロニーは悪くないと言えば、なぜかアロンがつまらなさそうな顔をする。

「あいつは優しいふりをしているだけですよ」
「ロニーは優しいよ。アロンと違って」
「はぁ? 俺だってルイス様には優しいですけど」
「……そうだっけ?」

 優しい? 優しいってなんだ。

 確かにアロンは遊んでくれるが、優しいかと問われれば少し違う気がする。だっていつも変な遊びを提案してくるし、俺を揶揄って楽しんでいることもある。それをクレイグ団長なんかに怒られる時、アロンは真っ先に俺のせいにしてくる。

「アロンはね、うーん。なんだろうね」
「なんですか?」
「ちょっと自己中だと思うよ」

 そう。そうだ。こいつはいつも自己中心的だ。
 自分は女遊びしているくせに、俺が誰かと仲良くすると途端に不機嫌になって邪魔してきたり。俺が遊びに誘っても面倒くさいと一蹴する時もあるくせに、俺がアロンの誘いを断ると「は?」と露骨に機嫌が急降下する。

 それに、指輪の件もある。あれって結局なんだったのか。なぜ突然、指輪なのか。預けて行ったと思えば、急に返せというし。かと思えば新しい物を持ってきて、まるでプロポーズの真似事のようなことをする。猫につけるなと騒いだと思えば、今度は仕舞い込んだことに文句を言う。

 一体なにがしたいのか。おそらく俺にずっとつけておいてほしいのだろうが、それはなぜ。だってそんなの、恋人同士じゃあるまいに。

「アロンは、もうちょっと大人になった方がいいと思うよ」
「俺はとっくに大人ですが」
「ダメだな。大人は仕事をサボったりしないんだよ」
「サボってないです。休憩中ですってば」
「本当に?」

 疑いの目を向ければ、アロンが半眼になる。

「ロニーを見習いなよ。ロニーはちゃんとした大人」

 ロニーの名前が出た瞬間、アロンが舌打ちした。なんでや。また意味不明のところで不機嫌に。

「とにかく。ロニーはダメですよ。あいつは性根が腐っているんで」
「それはアロンの方でしょ」
「はぁ!?」

 顔を歪めたアロンは、仕返しとばかりにバケツで汲んだ水を俺の頭上からぶち撒けてくる。おまえ、そういうところだぞ。

 びしょ濡れになった俺は、アロンからバケツを引ったくってやり返そうとするが、ひょいと避けられてしまった。こうなったら蹴りでも入れてやろうと奮闘するも、アロンは大人気ない。全部を余裕でかわして、にやにやしている。

「なにをしているんですか」

 慌てたロニーが駆け寄ってくる。俺の手からバケツを奪い取ったロニーは「こんなに濡らして」と、アロンを睨みつけている。

「助けて、ロニー。アロンがいじめてくる」

 ロニーに告げ口してやれば、ロニーは眉尻を下げつつも俺を受け入れてくれる。ジャンが持ってきたタオルで、優しく髪を拭いてくれるロニー。

 それを忌々しいといった顔で見下ろすアロンは、「俺よりもロニーがいいってことですか?」とロニーの短くなった髪を指差した。

 どうやら、ロニーが髪を切ったことで、俺がロニーを嫌いになるのではと思っているらしい。そんなことはない。流石にそこまで幼稚な考え方はしない。短くなったのは悲しいが、ロニーは優しい。変わったのは見た目だけで、中身はなにも変わっていない。

 そういうことを説明してやれば、アロンが静かに拳を握った。

「俺は! 中身変わりました」

 突然の白状に、どう反応して良いのか面食らう。中身変わりましたってなに。どういう報告だよ。もうなにがなんだか。「そ、そうなんだ」と答えるのが精一杯である。

 その煮え切らない反応が、アロンは不満だったらしい。

 くるりと背を向けた彼は、「俺、仕事あるんで」と吐き捨てて去って行ってしまった。その背中が見えなくなるまで見送って、ロニーと静かに顔を見合わせる。

「アロン。どうしたの? 不機嫌モード?」
「さぁ?」

 よくわかりませんね、と困ったように笑うロニー。きっと先輩の意味不明な言動に、彼も困っているのだろう。

 アロンの謎行動は、珍しいことでもない。勝手に機嫌を悪くするなんて、最近ではしょっちゅうだ。多分、なんか虫の居所でも悪かったのだろう。

 綿毛ちゃんを噴水から出してあげて、タオルで拭いてやる。ぶるぶると体を震わせて水を飛ばす綿毛ちゃんは、不思議そうに俺とロニーの顔を見比べていた。
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