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13歳

328 大事件

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 その日は、いつも通りの朝だった。

 ジャンに起こされて、むにゃむにゃとベッドから這い出る。猫と犬もベッドの中から引っ張り出して、とりあえず綿毛ちゃんを抱っこする。綿毛ちゃんの方が、猫よりもふもふしているのだ。

 窓際に寄って、綿毛ちゃんに日光を浴びせてやる。『やめてぇ、眩しい』と目をつむる綿毛ちゃんを叩いて起こそうと奮闘する。いつも通りの朝であった。

 異変に気がついたのは、ジャンの手を借りて着替えをしていた時である。のんびりと顔を覗かせた人影。見慣れた騎士服である。ロニーに違いない。

 ロニーはいつも、俺が着替えている頃にやって来る。たまにジャンに代わって着替えを手伝ってくれることもある。

 寝ぼけた俺は、目を擦りながら「おはよー」と挨拶する。それに対して、ロニーも「おはようございます、ルイス様」と穏やかに返答する。いつもと変わらぬ朝である。ここまでは。

 ふわぁっと欠伸をした時であった。ロニーの顔が視界に入る。

 その瞬間、俺の思考が停止する。

 ピシッと固まる俺は、ぱちぱちと目を瞬く。あまりの事態に頭がついていかない。まだ寝ぼけているのか? これは夢か? 現実?

 ごしごしと再び目を擦るが、そこのある光景に変化はない。

『あれ、ロニーさん。髪切ったの? 短いのも似合うねぇ』

 呑気に寄っていく綿毛ちゃんは、本日もふわふわもふもふである。いや、そんなことはどうでもいい。

 そう、髪の毛。髪の毛が。

「……な、なんで切ったの?」

 短くなっとる。なんでや。

 わなわなと震える俺に気が付いたのか、ロニーが微妙に視線を逸らしてくる。気まずそうに頬を掻く彼は、「えっと。ちょっと伸びてきたので」と小さく苦笑する。なにそれ。今まで切らなかったじゃん。なんで今さら。

 素敵長髪男子くんが、長髪じゃなくなった。

 ギリ結べないくらいの長さまで切り揃えられた赤みの強い茶髪。は? なんで? え?

 なにか、なにか言わなければ。混乱する頭では、なんにも言葉が出てこない。とにかく嫌だ。それじゃあダメだという感情がむくむく湧き出てくる。その結果、俺は盛大に悲鳴をあげた。足元で、綿毛ちゃんとエリスちゃんがビクッと体を揺らした。

「どうかしましたか!?」

 俺の悲鳴を聞きつけて。駆け込んできたタイラーは、室内の様子を見回して「あ」と間の抜けた声を発した。その目は、しっかりとロニーの頭へ注がれている。ジャンはいつも通り、無言で存在感を消そうとしている。

「なんで勝手に髪切るの!?」

 感情のままにロニーに食ってかかれば、彼は困ったように眉尻を下げるだけで静かに佇んでいる。その曖昧な態度に、俺はカッとなる。

 ぎゅっと拳を握って、怒りに肩を震わせる。こんなのってあんまりだ。

「ロニーなんて。ロニーなんて大嫌い!!」

 ありったけの大声で叫んで、廊下へと飛び出す。けれども思い直して、素早く部屋に戻ると、きょとんとしている綿毛ちゃんを雑に抱き上げて再び廊下へ飛び出した。タイラーが「ちょっと!」と手を伸ばしてくるが、振り切った。ちらりと背後を確認するが、ロニーが追ってくる気配はなかった。


※※※


『そんな落ち込まなくても。髪なんてまたすぐ生えてくるよ』
「……」
『えっと。そういえば朝ごはんは? 食べなくていいの?』

 困ったように話しかけてくる綿毛ちゃんを抱きしめる。反射的に部屋を飛び出してきたはいいが、行く当てがない。

 なんとなく庭に出て、綿毛ちゃんを抱えたままうろうろする。タイラーやジャンが追いかけてきそうな気がして、逃げるように足を動かし続ける。今は、誰とも会いたくない気分だった。

 どうしよう。

 噴水の横を通ったが、とても遊ぶ気にはなれない。誰もいない今、思いっきり遊ぶまたとないチャンスだが、気分が乗らない。結局、噴水には背を向けてまた歩き出す。

『遊ばないの? いつもは絶対に寄るのに』

 不思議そうな顔をする綿毛ちゃん。ふらふらしているうちに、温室までたどり着いてしまった。冬場はよく、ユリスやオーガス兄様が居座っているが、今は夏。

 誰もいないだろうから、しばらくここに隠れておこうかな。

 どうしよう。

 温室に潜り込んで、いつもオーガス兄様が占領しているテーブルに近寄った。向かいの椅子に綿毛ちゃんを乗せてあげて、自分も座る。

 足をぶらぶらさせていれば、綿毛ちゃんが居心地悪そうにキョロキョロしていた。

 どうしよう。ついカッとなって、勢いで飛び出してきてしまった。今後のことなんて、なにも考えていない。この状況で、部屋に戻るのは気まず過ぎる。どうしよう。

「綿毛ちゃん」
『ん?』
「ふたりでここで暮らすか?」
『それはちょっと』

 冷たいことを言う綿毛ちゃんは、『オレは普通に屋敷で暮らしたい』と我儘言ってくる。

 パニックになって酷いことを言ってしまった。追いかけてこなかったロニー。怒ったのだろうか。怒るよな、そりゃあ。髪切ったくらいで大嫌いとか言われたら、そりゃ普通に怒るよな。

「どうしよう」

 ロニーに嫌われたかもしれない。

「うぅ、どうしよ」

 熱くなる目頭を押さえて俯けば、綿毛ちゃんがテーブルの上に飛び乗って近寄ってくる。短い前足で、俺の頭をちょいちょいと小突いた綿毛ちゃんは『大丈夫だよぉ』と呑気に笑っている。

『相手はロニーさんだよ。優しいから。謝れば許してくれるよ』
「……うん」
『オレも一緒に謝ってあげるからさぁ。泣かないでよ』
「うん」
『だから朝ごはん食べに行こう。オレお腹すいた』

 この犬。もしや俺を励ますと見せかけて、早くご飯食べたいだけか?

 まぁ、いいや。一緒に謝ってくれるというので、お言葉に甘えようと思う。ロニーなら許してくれるだろうし。
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