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12歳

302 結婚はいつですか

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「暇。ねぇ、ユリス。なにか面白いことやって」
「僕は、おまえのそういうところが嫌いだ」

 いきなり俺の悪口を放ったユリスは、手元の本に夢中で、顔を上げることすらしない。

 デニスの家から帰ってきたユリスは、なんだかずっと不機嫌だった。デニスと喧嘩したことが、尾を引いているらしい。喧嘩の理由はよくわからないが、俺に八つ当たりするのはやめてほしい。俺、関係ないもん。

 帰ってから、部屋にこもるユリスの横で、猫と遊ぶ。タイラーは、片付けやら報告やらで忙しいらしく、屋敷内を走りまわっている。ご苦労だな。

「猫におやつあげたい」
「少しだけですよ」

 ロニーに許可をもらって、エリスちゃんにおやつをあげる。ばくばく食いつくエリスちゃん。じっと眺めて、俺もおやつを食べたくなる。

 ジャンにちらちらと視線を投げれば、察したらしい彼が、時計を確認する。もうおやつの時間である。

「ユリス! おやつ食べるか?」
「食べる」

 不機嫌なのに、おやつは食べるんだ。食いしん坊め。そうしておやつを満喫していれば、オーガス兄様がやってきた。珍しい。

「帰ってきたんなら、顔くらい見せてよ」
「なぜ?」

 眉間に皺を寄せるユリスは、オーガス兄様の相手をしたくないらしい。おやつに視線を注いで、オーガス兄様が去るのをじっと待っている。

 ぱくぱくとケーキを食べていた俺は、ハッとする。

「オーガス兄様。もしかして、俺のおやつ奪いにきたの?」
「そんなわけないでしょ」

 本当かなぁ。
 疑いの目を向ければ、兄様が半眼となってしまう。

「帰ってくるの、はやかったね。デニスと喧嘩したんだって?」
「オーガスには関係のないことだろ」
「そんな冷たいこと言わないでよ」

 勧められてもいないのに、椅子に座ってしまうオーガス兄様は、どうやらユリスがただいまの挨拶をしに来なかったことが不満らしい。先程、お母様とお父様のところには挨拶に行っていた。オーガス兄様だけ、仲間外れにされて可哀想。

 兄様が座ったものだから、ジャンが慌てて兄様の分もおやつを用意しようとしている。それを止めない兄様は、やはりおやつを奪いに来たらしい。

「俺のおやつが減る」
「減らないよ」

 いいや、減る。「こんなに食べないでしょ」と、決めつけてくる兄様は、結局ケーキを食べてしまう。わざわざおやつの時間を狙うなんて。卑怯だぞ。ジトッと恨めしい視線を送るが、兄様は気が付かない。鈍い兄である。

「……」

 いや、気まずい。

 なにこれ。なんで誰も喋らないの?
 黙々とケーキを食べる兄様に、じっと自分のケーキを凝視しているユリス。頑なに、兄様と視線を合わせようとしない彼は、ちょっと苛々し始めている。

 パクッとケーキを口に含んで、兄様とユリスを観察する。思えば、このふたりが談笑する場面なんて見たことがない。

 なにか盛り上げないと。突然湧き上がってきた使命感に、ぎゅっとフォークを握りしめる。

「兄様!」
「え、なに?」

 顔を上げたオーガス兄様は、そっとフォークを置く。

「兄様は結婚しないの?」

 ゴンッと、鈍い音がした。見れば、兄様が机に突っ伏している。お行儀悪いぞ。ちらりとロニーを確認するが、彼は困ったように苦笑するだけで、兄様に注意する気配はない。頼りのニックもいない。仕方がないので、俺が注意しておく。

「お行儀悪いよ」
「……うん」

 弱々しく呟いて、顔を上げる様子のない兄様は、そのままため息をついてしまう。

「どうして、そんなこと訊くの」
「だってエリック結婚したから。兄様はまだなの?」
「まだだよ」

 うぅ、と弱音を吐く兄様を、ユリスがガン見している。おまえ、さっきまで頑なに視線を合わせようとしなかったくせに。どうやら兄様のみっともない姿が見られて、ご満悦らしい。すごくニヤニヤしている。

「よくやった、ルイス」

 ついには俺を褒め始める。ユリスの意地悪発言に、オーガス兄様が顔を覆った。ペシペシと頭を叩いて励ましてやるが、兄様は動かない。

 うん。放っておこう。

 恋愛話はみんな好きだから。盛り上がると思ったのに、まったく盛り上がらなくて驚きだ。

「ユリス」
「なんだ」
「面白いことしようよ」
「なんださっきから。具体的には?」

 うーん、と悩む俺。思いつきで口にしただけで、具体的な案はない。とりあえず、暇だから楽しいことがしたいのだ。

 面白いこと、面白いこと、と。
 部屋の中に視線を巡らせる。ユリスの部屋は、一見片付いているが、実は物が多い。タイラーが上手く片付けているだけだ。特に面白そうな物はない。

 目の前のお皿は、空っぽ。

 ユリスは、現在ケーキをもぐもぐしている最中である。ちらりとロニーを確認する。一瞬、目があったが、すぐに逸らす。

 もう一度、ロニーを確認する。

「ルイス様?」

 怪訝な顔をするロニーが、寄ってくる。なんでもないと口にするが、ロニーは納得していないようである。

 なんで寄ってくるのか。俺は、ロニーの目を盗んでやりたいことがあるのに。

 仕方がない。こうなれば、勢いだ。

 ちょっと椅子から腰を浮かせて、右手に握ったフォークを伸ばす。俯いたままのオーガス兄様から、ケーキを奪って口に放り込めば、ロニーが「あ、ダメですよ」と控えめに注意してくる。

 俺の行動を見て、ユリスもそっとオーガス兄様の皿に手を伸ばす。そうしてこっそりケーキを食べてしまえば、兄様が顔を上げた。

「……ケーキが、なくなっている」
「気のせいだよ」

 素知らぬ顔で座っておけば、兄様が「食べたでしょ?」と、俺とユリスを見比べる。どうやら犯人探しをしているらしい。

「食べたらダメなのか?」

 そんな中、堂々と問いかけるユリスは強かった。「ダメではないけど」と、頬を掻く兄様は、それ以上文句は言ってこない。相変わらず、ユリス相手だと弱気になってしまう。

「ブルース兄様は、いつ帰ってくるの?」
「秋頃じゃない?」

 長いなぁ。まだ夏真っ盛り。しばらく帰ってこないということか。

 足をぷらぷらさせて、頬杖をつく。「お行儀悪いですよ」と、ロニーが注意してくる。先程、オーガス兄様には注意しなかったのに。

「それで? 兄様はキャンベルと結婚するの?」
「なんで話を蒸し返すの?」

 大袈裟に天を仰ぐオーガス兄様は、「そこにはもう触れないで」と、弱々しく呟く。

「なんで? やっぱりキャンベルに振られたの?」
「振られてはいないよ。ただ、好かれている気もしない」
「ふーん?」

 よくわからないや。
 振られていないのならば、結婚すればいいのに。だが、オーガス兄様はいつまでも悩んでいる。キャンベルが気を使って、兄様に話を合わせていると思っているのだ。

 たしかに、キャンベルは男爵家の出身で、オーガス兄様相手にしてズカズカ物言いできる立場にはない。兄様もそれをよく理解しているから、キャンベルが好意的な反応をしても、それは果たして彼女の本心なのかと疑っているのだ。そんな調子だから、一向に関係が進まない。

「面倒くさいなぁ」
「ひどい。そんなこと言わないでよ」

 しくしくと流れてもいない涙を拭う兄様は、やっぱり面倒くさい。

「どうでもいいが、結婚するなら事前に僕の許可を取れよ」

 今まで黙っていたユリスが、また謎の上から目線発言をしている。「それはなんでなの?」と、苦笑する兄様。

 前にブルース兄様にも、同じことを言っていた。

 ユリスは、基本的には人に興味ないくせに、こうやってたまに首を突っ込んでくることがある。仲間外れにされるのが、嫌なのだろうか。

「それで? おまえはどうなんだ」
「どうって?」

 突然、話を差し向けられて、首を捻る。

「おまえは誰と結婚するんだ」

 なんだか真剣な顔で問いかけられて、目をぱちぱちさせる俺。誰と結婚って。そんなこと考えたこともない。

「わかんない」
「そうか。僕はアロンがいいと思うぞ」
「アロンはダメだよ!?」

 勢いよく立ち上がったオーガス兄様が、勝手に反対し始める。なに急に。兄様の圧が怖くて、ちょっと椅子を後ろに引く。

「なんであんなクソみたいな奴に! 僕は反対だから!」
「別にいいだろ」
「よくない!」
「じゃあアリアにしておけ」
「それもダメだよ! 兄に似てクソじゃん、あいつも。ミュンスト家はやめて。いやマジで」

 あの家は、クソみたいな奴しかいないから、と断言するオーガス兄様。その意見には頷けるが、勝手にユリスとふたりで、俺の結婚話を進めないでほしい。
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