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11歳
閑話11 双子(sideカル)
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「はい。では本日も授業を始めましょうね」
声をかけると、ルイス様がわかりやすく嫌そうな顔をされる。対してユリス様は、興味なさそうに趣味の読書に没頭しており、顔を上げる気配もない。
引き攣りそうになる口元を必死におさえて、なんとか愛想笑いを浮かべておく。
私がヴィアン家に家庭教師として来ることのなったのは偶然である。もともとマーティー様の家庭教師を請け負っていたところ、ついでに従兄弟であるヴィアン家のユリス様もと声をかけられた。
断る理由もなかったので二つ返事で了承したものの、今思えばもう少し慎重になればよかった。
ヴィアンの氷の花。
ユリス様のお名前を聞いて、真っ先に思い浮かんだのがそれである。これまでに何人もの家庭教師をクビにしていると事前情報にあった。クビにされても別に構わない。むしろそれくらいの心持ちでいないと、もたないであろうと考えていた。
けれども、顔を合わせたユリス様は、冷酷さなんてものは欠片も持ち合わせておられなかった。だが勉強嫌いは本当らしく、事あるごとに授業をサボろうとするから大変だった。素直に椅子に座っていたとしても、終始ぼんやりしておられて、私の話を真剣に聞いている様子はない。しかも何度説明しても翌日には綺麗さっぱり忘れている始末である。ひどく苦労している。
そんなある日である。
実は双子だったとなんの前触れもなく、突拍子もないカミングアウトをされた時には、眩暈がした。
一体どういうつもりなのか。
「いやぁ、色々あってさ。実は双子だってことを秘密にしてたんだよ。え? 色々がなにかって? それは、あれだよ。その、ほら。うーん、まぁ、そういうことだからよろしく」
そういうことってなんだ。へらへらと説明してみせたオーガス様は、肝心なことを何ひとつ説明してはくれない。ブルース様に尋ねても、苦い顔をされるばかりで、やはりまともな答えは返ってこない。
けれども双子であることは事実らしく、現に私の前にはそっくりなお顔をしたふたりが並んでいる。それだけでも意味不明なのに、これまで私がユリス様として扱っていた方は、ユリス様ではなくルイス様だという。本当に意味がわからない。
オーガス様に詳しい説明を求めたものの、「いや、僕もちょっとよくわからない」と、露骨に逃げられてしまった。
しかし、仕事を投げ出すわけにはいかない。お顔こそはそっくりであるが、表情や動きには結構違いがある。動きと声が大きく、活発でよく表情が変化するのがルイス様。落ち着き払ってあまり動かず、表情もあまり変化がないのがユリス様。
覚悟を決めて、おふたりと対峙した私であるが、早くも挫折しそうである。
「はい、では初めに前回の復習をしましょうね。それでは」
「真面目に聞け!」
私の言葉をすぱっと遮って、ルイス様が立ち上がる。どうやらユリス様が本に夢中なことを問題視しているらしい。気持ちはありがたいが、言い方がちょっと。案の定、ユリス様が眉を吊り上げる。
「なんで僕が。おまえのような馬鹿に合わせた授業なんて聞いていられるか」
「なんだとぉ!」
拳を振り上げるルイス様は、元気よくユリス様へと掴み掛かる。負けじと応戦するユリス様に、気が遠くなる。
そのまま本格的な掴み合いを始めた双子に、ひくりと口元が引き攣る。
「あの、おふたりとも。そこまでにしましょうね」
「ユリスが俺のこと叩いてきた!」
「ふざけるな。先に手を出してきたのはそっちだろ」
帰りたい。
揉め始めた双子は、どちらも引く気配がない。双方ともに気が強く、こうなると収拾がつかなくなる。思わずこぼれそうになるため息を懸命に飲み込む。
こっそりと天を仰いで、しばし目を閉じる。
この争いを一体どうやって止めようか。黙って思案していたのだが、名案が思い浮かばない。そもそも私の声が耳に届くかも怪しい。
そうやって額を押さえていたところ、ユリス様が深く息を吐いた。
「もういい。おまえと言い争うだけ無駄だ」
緩く首を振ったユリス様は、着席なさる。突然、対戦相手を失ったルイス様が、ぴたりと固まっている。
やがてきょろきょろしたルイス様は、飼い猫を抱き上げると席に着く。
「カル先生? 授業やんないの?」
足をぷらぷらさせるルイス様に急かされて、姿勢を正す。揉めるのが面倒なようで、今度はユリス様も一応は聞く姿勢をとっている。
ようやく始められる。
安堵した私は、内心でユリス様に感謝する。毎回このように、最終的にはユリス様が折れることで決着がつく。折れるというより、面倒くさがっているという方が正しいのかもしれない。どうも最初だけはルイス様のテンションにつられてカッとなるらしいが、時間が経つと冷めるらしい。突然、落ち着いてしまう。そんなユリス様を見て、ルイス様が拳を下ろす。
仲がよろしくて、なによりである。
声をかけると、ルイス様がわかりやすく嫌そうな顔をされる。対してユリス様は、興味なさそうに趣味の読書に没頭しており、顔を上げる気配もない。
引き攣りそうになる口元を必死におさえて、なんとか愛想笑いを浮かべておく。
私がヴィアン家に家庭教師として来ることのなったのは偶然である。もともとマーティー様の家庭教師を請け負っていたところ、ついでに従兄弟であるヴィアン家のユリス様もと声をかけられた。
断る理由もなかったので二つ返事で了承したものの、今思えばもう少し慎重になればよかった。
ヴィアンの氷の花。
ユリス様のお名前を聞いて、真っ先に思い浮かんだのがそれである。これまでに何人もの家庭教師をクビにしていると事前情報にあった。クビにされても別に構わない。むしろそれくらいの心持ちでいないと、もたないであろうと考えていた。
けれども、顔を合わせたユリス様は、冷酷さなんてものは欠片も持ち合わせておられなかった。だが勉強嫌いは本当らしく、事あるごとに授業をサボろうとするから大変だった。素直に椅子に座っていたとしても、終始ぼんやりしておられて、私の話を真剣に聞いている様子はない。しかも何度説明しても翌日には綺麗さっぱり忘れている始末である。ひどく苦労している。
そんなある日である。
実は双子だったとなんの前触れもなく、突拍子もないカミングアウトをされた時には、眩暈がした。
一体どういうつもりなのか。
「いやぁ、色々あってさ。実は双子だってことを秘密にしてたんだよ。え? 色々がなにかって? それは、あれだよ。その、ほら。うーん、まぁ、そういうことだからよろしく」
そういうことってなんだ。へらへらと説明してみせたオーガス様は、肝心なことを何ひとつ説明してはくれない。ブルース様に尋ねても、苦い顔をされるばかりで、やはりまともな答えは返ってこない。
けれども双子であることは事実らしく、現に私の前にはそっくりなお顔をしたふたりが並んでいる。それだけでも意味不明なのに、これまで私がユリス様として扱っていた方は、ユリス様ではなくルイス様だという。本当に意味がわからない。
オーガス様に詳しい説明を求めたものの、「いや、僕もちょっとよくわからない」と、露骨に逃げられてしまった。
しかし、仕事を投げ出すわけにはいかない。お顔こそはそっくりであるが、表情や動きには結構違いがある。動きと声が大きく、活発でよく表情が変化するのがルイス様。落ち着き払ってあまり動かず、表情もあまり変化がないのがユリス様。
覚悟を決めて、おふたりと対峙した私であるが、早くも挫折しそうである。
「はい、では初めに前回の復習をしましょうね。それでは」
「真面目に聞け!」
私の言葉をすぱっと遮って、ルイス様が立ち上がる。どうやらユリス様が本に夢中なことを問題視しているらしい。気持ちはありがたいが、言い方がちょっと。案の定、ユリス様が眉を吊り上げる。
「なんで僕が。おまえのような馬鹿に合わせた授業なんて聞いていられるか」
「なんだとぉ!」
拳を振り上げるルイス様は、元気よくユリス様へと掴み掛かる。負けじと応戦するユリス様に、気が遠くなる。
そのまま本格的な掴み合いを始めた双子に、ひくりと口元が引き攣る。
「あの、おふたりとも。そこまでにしましょうね」
「ユリスが俺のこと叩いてきた!」
「ふざけるな。先に手を出してきたのはそっちだろ」
帰りたい。
揉め始めた双子は、どちらも引く気配がない。双方ともに気が強く、こうなると収拾がつかなくなる。思わずこぼれそうになるため息を懸命に飲み込む。
こっそりと天を仰いで、しばし目を閉じる。
この争いを一体どうやって止めようか。黙って思案していたのだが、名案が思い浮かばない。そもそも私の声が耳に届くかも怪しい。
そうやって額を押さえていたところ、ユリス様が深く息を吐いた。
「もういい。おまえと言い争うだけ無駄だ」
緩く首を振ったユリス様は、着席なさる。突然、対戦相手を失ったルイス様が、ぴたりと固まっている。
やがてきょろきょろしたルイス様は、飼い猫を抱き上げると席に着く。
「カル先生? 授業やんないの?」
足をぷらぷらさせるルイス様に急かされて、姿勢を正す。揉めるのが面倒なようで、今度はユリス様も一応は聞く姿勢をとっている。
ようやく始められる。
安堵した私は、内心でユリス様に感謝する。毎回このように、最終的にはユリス様が折れることで決着がつく。折れるというより、面倒くさがっているという方が正しいのかもしれない。どうも最初だけはルイス様のテンションにつられてカッとなるらしいが、時間が経つと冷めるらしい。突然、落ち着いてしまう。そんなユリス様を見て、ルイス様が拳を下ろす。
仲がよろしくて、なによりである。
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