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224 逃げ(sideブルース)
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弟が増えた。いや、そんなわけあるか。
本日は朝から大変うるさかった。屋敷が変に慌ただしくなるのは、たいてい弟が原因である。今朝もそうだった。
なにやら俺の部屋に突撃してきたジャン。何事かと問いただせば、「ユリス様が」云々言うばかりで要領を得ない。ひどく動揺しているらしい。
少し前の俺は、問題行動ばかりのユリスに辟易としていた。次から次へと、たいした理由もなく従者をクビにしてしまう弟相手に、我慢の限界をむかえた俺は、いっそのこと若い者をつけてみるかとの思い付きでジャンを選んだ。彼はもともと騎士になりたかったらしい。突然、従者に指名されたジャンの困惑は想像に難くない。従者としての教育もろくに受けさせる暇もなかった点も申し訳なくは思うが、そろそろ慣れて欲しい。
バタバタと大きな動きで動揺をあらわにするジャンを押し退けて、一階におりる。この目で確認したほうが早い。一応、自室にこもっていたアロンに声をかけたが、生返事があるだけで顔を出しもしない。クソが。
アロンにも困ったものである。これで使い物にならなければ遠慮なくクビにするというのに、優秀なのがまた腹立つ。あとこいつは手綱を握っておかないと、なにをしでかすかわかったもんじゃない。おまけに伯爵家の出身である。
なんでこんな奴が、と思わなくもないが、もともとミュンスト伯爵家はこういう適当な奴らの集まりである。血筋とは怖い。現ミュンスト家当主もなかなかの性格である。さすがはアロンの父親といった感じのふざけた人で、けれども隙がない。敵にまわすと一番厄介なタイプだ。
ズカズカと弟の部屋に乗り込む。どうせろくでもないことをやらかしたに違いない。腹に据えかねていた俺であったが、ユリスの部屋に入った途端、予想外の光景が飛び込んできて気が動転した。
ユリスが増えとる。
いや、そんなわけ。人生でこんなに驚いたことはない。慌ててタイラーを問い詰めるが、彼もよく状況を把握していないらしい。逆に縋るような目線を向けられて、呆然とするしかない。
そんな中、渦中のユリス(?)がもったいつけて口を開いた。
僕らはもともと双子である。
そんなとんでもない主張を始める弟に、俺は一体なんと声をかけるのが正解だったのか。誰か教えてくれ。
嘆いても仕方がない。どうやら湖で拾った怪しげな魔導書のせいでこうなったらしい。本当に意味がわからない。
けれどもここで立ち止まっていても仕方がない。無理矢理に前を向くことにした俺は、とりあえずふたりのユリスを受け入れることにする。なにやらユリスに成り代わっていたという少年に「優しいね」と感謝されたが、別に優しさだけではない。正直いってこれは逃げだ。
どちらのユリスにも非常に覚えがあった。少し前まで手を焼いていた冷酷な少年。そして、最近うちに馴染んでいた元気な少年。
どちらか一方を切り捨てることなんてできない。確かに後者の方は、正確には弟ではない。けれども、こっちは弟として接していたし、今更赤の他人だと割り切ることは出来なかった。ただそれだけだ。
※※※
息子がひとり増えたというのに、「あらまあ」で流す母上はさすがと言うべきか。この人が大慌てするところを、俺は一度も見たことがない。肝が据わっており、たいていのことでは動じない。むしろ可愛がっている末の息子が増えたことを、喜んでいるようだった。割り切り方がすごい。俺には到底真似できない。
父上もなかなかに肝が据わっているので、おそらく母上と似たような反応であっさり受け入れてくれそうな気がする。
問題は兄上だ。
マジで誰に似たのかわからない程に気が小さい。おまけにプライドが高く、訳のわからん勘違いを連発して暴走することも多々ある。面倒という意味ではユリスといい勝負だ。
兄上相手にどう説明するべきか。母上と話し合いをしていたときである。
早速、なにやら揉めているらしい同じ顔した弟ふたりを適当にいなしていたその瞬間。兄上がやって来た。どうやら全員が母上の部屋に押しかけているという話を聞きつけて、顔を出しに来たらしい。余計なことを。
けれども毅然として出迎える母上は、とても頼りになるように見えた。だから任せた。思えば、この判断が間違いであった。
「知らなかったの? もとから双子よ、この子たち」
とんでもねぇ事を口にし始めた母上相手に、俺は絶句する。なんでユリスと同じ言い訳を使用するのか。絶対に誤魔化せないだろ、それ。いくらなんでも無理がある。
案の定、青い顔をした兄上は「そんなわけ」と食い下がる。
それを受けて、母上は「あら」と目を丸くする。どうやら兄上が簡単に誤魔化されてくれないことに驚いているらしい。なんでこれで驚けるんだ。誤魔化せる訳ないだろ。こっちがびっくりだ。
双子作戦に早々に見切りをつけた母上は「じゃあ」と、再度口を開く。
「こっちの子は、ブルースの子供よ」
巻き込まれた。
なんか盛大に巻き込まれた。そんな訳ないだろ。どういうことだよ。投げやりにも程がある。声すら出ない俺に代わって、偽ユリス(本人がそう呼べとうるさい)が俺の服の裾を掴んでくる。嫌な予感がする。
「パパ」
誰がパパだ。
本人的には気を遣ったつもりなのだろうが、盛大に事故っている。やめろ。話がややこしくなる。
案の定、オーガス兄上は顔色をさらに悪くする。
「……え? 何歳の時にできた子供?」
母上の冗談に決まっているだろう。まさか真に受けているのか。なにやら指を使って計算し始めた兄上は、「え、でも」と弱々しく口を開く。
「流石にそれはなくない? もしかして僕、揶揄われている?」
お?
おずおずと様子を窺う兄上に、当の母上がついに小さく吹き出した。それでようやく揶揄われていると確信したらしい兄上は、「え。でもなんかどっちもユリスな気がする」とぶつぶつ言い始める。
本日の兄上は、やけに冴えているな。珍しいこともあるものだ。
本日は朝から大変うるさかった。屋敷が変に慌ただしくなるのは、たいてい弟が原因である。今朝もそうだった。
なにやら俺の部屋に突撃してきたジャン。何事かと問いただせば、「ユリス様が」云々言うばかりで要領を得ない。ひどく動揺しているらしい。
少し前の俺は、問題行動ばかりのユリスに辟易としていた。次から次へと、たいした理由もなく従者をクビにしてしまう弟相手に、我慢の限界をむかえた俺は、いっそのこと若い者をつけてみるかとの思い付きでジャンを選んだ。彼はもともと騎士になりたかったらしい。突然、従者に指名されたジャンの困惑は想像に難くない。従者としての教育もろくに受けさせる暇もなかった点も申し訳なくは思うが、そろそろ慣れて欲しい。
バタバタと大きな動きで動揺をあらわにするジャンを押し退けて、一階におりる。この目で確認したほうが早い。一応、自室にこもっていたアロンに声をかけたが、生返事があるだけで顔を出しもしない。クソが。
アロンにも困ったものである。これで使い物にならなければ遠慮なくクビにするというのに、優秀なのがまた腹立つ。あとこいつは手綱を握っておかないと、なにをしでかすかわかったもんじゃない。おまけに伯爵家の出身である。
なんでこんな奴が、と思わなくもないが、もともとミュンスト伯爵家はこういう適当な奴らの集まりである。血筋とは怖い。現ミュンスト家当主もなかなかの性格である。さすがはアロンの父親といった感じのふざけた人で、けれども隙がない。敵にまわすと一番厄介なタイプだ。
ズカズカと弟の部屋に乗り込む。どうせろくでもないことをやらかしたに違いない。腹に据えかねていた俺であったが、ユリスの部屋に入った途端、予想外の光景が飛び込んできて気が動転した。
ユリスが増えとる。
いや、そんなわけ。人生でこんなに驚いたことはない。慌ててタイラーを問い詰めるが、彼もよく状況を把握していないらしい。逆に縋るような目線を向けられて、呆然とするしかない。
そんな中、渦中のユリス(?)がもったいつけて口を開いた。
僕らはもともと双子である。
そんなとんでもない主張を始める弟に、俺は一体なんと声をかけるのが正解だったのか。誰か教えてくれ。
嘆いても仕方がない。どうやら湖で拾った怪しげな魔導書のせいでこうなったらしい。本当に意味がわからない。
けれどもここで立ち止まっていても仕方がない。無理矢理に前を向くことにした俺は、とりあえずふたりのユリスを受け入れることにする。なにやらユリスに成り代わっていたという少年に「優しいね」と感謝されたが、別に優しさだけではない。正直いってこれは逃げだ。
どちらのユリスにも非常に覚えがあった。少し前まで手を焼いていた冷酷な少年。そして、最近うちに馴染んでいた元気な少年。
どちらか一方を切り捨てることなんてできない。確かに後者の方は、正確には弟ではない。けれども、こっちは弟として接していたし、今更赤の他人だと割り切ることは出来なかった。ただそれだけだ。
※※※
息子がひとり増えたというのに、「あらまあ」で流す母上はさすがと言うべきか。この人が大慌てするところを、俺は一度も見たことがない。肝が据わっており、たいていのことでは動じない。むしろ可愛がっている末の息子が増えたことを、喜んでいるようだった。割り切り方がすごい。俺には到底真似できない。
父上もなかなかに肝が据わっているので、おそらく母上と似たような反応であっさり受け入れてくれそうな気がする。
問題は兄上だ。
マジで誰に似たのかわからない程に気が小さい。おまけにプライドが高く、訳のわからん勘違いを連発して暴走することも多々ある。面倒という意味ではユリスといい勝負だ。
兄上相手にどう説明するべきか。母上と話し合いをしていたときである。
早速、なにやら揉めているらしい同じ顔した弟ふたりを適当にいなしていたその瞬間。兄上がやって来た。どうやら全員が母上の部屋に押しかけているという話を聞きつけて、顔を出しに来たらしい。余計なことを。
けれども毅然として出迎える母上は、とても頼りになるように見えた。だから任せた。思えば、この判断が間違いであった。
「知らなかったの? もとから双子よ、この子たち」
とんでもねぇ事を口にし始めた母上相手に、俺は絶句する。なんでユリスと同じ言い訳を使用するのか。絶対に誤魔化せないだろ、それ。いくらなんでも無理がある。
案の定、青い顔をした兄上は「そんなわけ」と食い下がる。
それを受けて、母上は「あら」と目を丸くする。どうやら兄上が簡単に誤魔化されてくれないことに驚いているらしい。なんでこれで驚けるんだ。誤魔化せる訳ないだろ。こっちがびっくりだ。
双子作戦に早々に見切りをつけた母上は「じゃあ」と、再度口を開く。
「こっちの子は、ブルースの子供よ」
巻き込まれた。
なんか盛大に巻き込まれた。そんな訳ないだろ。どういうことだよ。投げやりにも程がある。声すら出ない俺に代わって、偽ユリス(本人がそう呼べとうるさい)が俺の服の裾を掴んでくる。嫌な予感がする。
「パパ」
誰がパパだ。
本人的には気を遣ったつもりなのだろうが、盛大に事故っている。やめろ。話がややこしくなる。
案の定、オーガス兄上は顔色をさらに悪くする。
「……え? 何歳の時にできた子供?」
母上の冗談に決まっているだろう。まさか真に受けているのか。なにやら指を使って計算し始めた兄上は、「え、でも」と弱々しく口を開く。
「流石にそれはなくない? もしかして僕、揶揄われている?」
お?
おずおずと様子を窺う兄上に、当の母上がついに小さく吹き出した。それでようやく揶揄われていると確信したらしい兄上は、「え。でもなんかどっちもユリスな気がする」とぶつぶつ言い始める。
本日の兄上は、やけに冴えているな。珍しいこともあるものだ。
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