上 下
235 / 598

224 逃げ(sideブルース)

しおりを挟む
 弟が増えた。いや、そんなわけあるか。

 本日は朝から大変うるさかった。屋敷が変に慌ただしくなるのは、たいてい弟が原因である。今朝もそうだった。

 なにやら俺の部屋に突撃してきたジャン。何事かと問いただせば、「ユリス様が」云々言うばかりで要領を得ない。ひどく動揺しているらしい。

 少し前の俺は、問題行動ばかりのユリスに辟易としていた。次から次へと、たいした理由もなく従者をクビにしてしまう弟相手に、我慢の限界をむかえた俺は、いっそのこと若い者をつけてみるかとの思い付きでジャンを選んだ。彼はもともと騎士になりたかったらしい。突然、従者に指名されたジャンの困惑は想像に難くない。従者としての教育もろくに受けさせる暇もなかった点も申し訳なくは思うが、そろそろ慣れて欲しい。

 バタバタと大きな動きで動揺をあらわにするジャンを押し退けて、一階におりる。この目で確認したほうが早い。一応、自室にこもっていたアロンに声をかけたが、生返事があるだけで顔を出しもしない。クソが。

 アロンにも困ったものである。これで使い物にならなければ遠慮なくクビにするというのに、優秀なのがまた腹立つ。あとこいつは手綱を握っておかないと、なにをしでかすかわかったもんじゃない。おまけに伯爵家の出身である。

 なんでこんな奴が、と思わなくもないが、もともとミュンスト伯爵家はこういう適当な奴らの集まりである。血筋とは怖い。現ミュンスト家当主もなかなかの性格である。さすがはアロンの父親といった感じのふざけた人で、けれども隙がない。敵にまわすと一番厄介なタイプだ。

 ズカズカと弟の部屋に乗り込む。どうせろくでもないことをやらかしたに違いない。腹に据えかねていた俺であったが、ユリスの部屋に入った途端、予想外の光景が飛び込んできて気が動転した。

 ユリスが増えとる。

 いや、そんなわけ。人生でこんなに驚いたことはない。慌ててタイラーを問い詰めるが、彼もよく状況を把握していないらしい。逆に縋るような目線を向けられて、呆然とするしかない。

 そんな中、渦中のユリス(?)がもったいつけて口を開いた。

 僕らはもともと双子である。

 そんなとんでもない主張を始める弟に、俺は一体なんと声をかけるのが正解だったのか。誰か教えてくれ。

 嘆いても仕方がない。どうやら湖で拾った怪しげな魔導書のせいでこうなったらしい。本当に意味がわからない。

 けれどもここで立ち止まっていても仕方がない。無理矢理に前を向くことにした俺は、とりあえずふたりのユリスを受け入れることにする。なにやらユリスに成り代わっていたという少年に「優しいね」と感謝されたが、別に優しさだけではない。正直いってこれは逃げだ。

 どちらのユリスにも非常に覚えがあった。少し前まで手を焼いていた冷酷な少年。そして、最近うちに馴染んでいた元気な少年。
 どちらか一方を切り捨てることなんてできない。確かに後者の方は、正確には弟ではない。けれども、こっちは弟として接していたし、今更赤の他人だと割り切ることは出来なかった。ただそれだけだ。

 
※※※


 息子がひとり増えたというのに、「あらまあ」で流す母上はさすがと言うべきか。この人が大慌てするところを、俺は一度も見たことがない。肝が据わっており、たいていのことでは動じない。むしろ可愛がっている末の息子が増えたことを、喜んでいるようだった。割り切り方がすごい。俺には到底真似できない。

 父上もなかなかに肝が据わっているので、おそらく母上と似たような反応であっさり受け入れてくれそうな気がする。

 問題は兄上だ。

 マジで誰に似たのかわからない程に気が小さい。おまけにプライドが高く、訳のわからん勘違いを連発して暴走することも多々ある。面倒という意味ではユリスといい勝負だ。

 兄上相手にどう説明するべきか。母上と話し合いをしていたときである。
 早速、なにやら揉めているらしい同じ顔した弟ふたりを適当にいなしていたその瞬間。兄上がやって来た。どうやら全員が母上の部屋に押しかけているという話を聞きつけて、顔を出しに来たらしい。余計なことを。

 けれども毅然として出迎える母上は、とても頼りになるように見えた。だから任せた。思えば、この判断が間違いであった。

「知らなかったの? もとから双子よ、この子たち」

 とんでもねぇ事を口にし始めた母上相手に、俺は絶句する。なんでユリスと同じ言い訳を使用するのか。絶対に誤魔化せないだろ、それ。いくらなんでも無理がある。

 案の定、青い顔をした兄上は「そんなわけ」と食い下がる。

 それを受けて、母上は「あら」と目を丸くする。どうやら兄上が簡単に誤魔化されてくれないことに驚いているらしい。なんでこれで驚けるんだ。誤魔化せる訳ないだろ。こっちがびっくりだ。

 双子作戦に早々に見切りをつけた母上は「じゃあ」と、再度口を開く。

「こっちの子は、ブルースの子供よ」

 巻き込まれた。
 なんか盛大に巻き込まれた。そんな訳ないだろ。どういうことだよ。投げやりにも程がある。声すら出ない俺に代わって、偽ユリス(本人がそう呼べとうるさい)が俺の服の裾を掴んでくる。嫌な予感がする。

「パパ」

 誰がパパだ。
 本人的には気を遣ったつもりなのだろうが、盛大に事故っている。やめろ。話がややこしくなる。

 案の定、オーガス兄上は顔色をさらに悪くする。

「……え? 何歳の時にできた子供?」

 母上の冗談に決まっているだろう。まさか真に受けているのか。なにやら指を使って計算し始めた兄上は、「え、でも」と弱々しく口を開く。

「流石にそれはなくない? もしかして僕、揶揄われている?」

 お?

 おずおずと様子を窺う兄上に、当の母上がついに小さく吹き出した。それでようやく揶揄われていると確信したらしい兄上は、「え。でもなんかどっちもユリスな気がする」とぶつぶつ言い始める。

 本日の兄上は、やけに冴えているな。珍しいこともあるものだ。
しおりを挟む
感想 431

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶のみ失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

不幸体質っすけど役に立って、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する

めろ
BL
皇子殿下(7歳)に転生したっぽいけど、何も分からない。 侍従(8歳)と仲良くするように言われたけど、無表情すぎて何を考えてるのか分からない。 分からないことばかりの中、どうにか日々を過ごしていくうちに 主人公・イリヤはとある事件に巻き込まれて……? 思い出せない前世の死と 戸惑いながらも歩み始めた今世の生の狭間で、 ほんのりシリアスな主従ファンタジーBL開幕! .。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ HOTランキング入りしました😭🙌 ♡もエールもありがとうございます…!! ※第1話からプチ改稿中 (内容ほとんど変わりませんが、 サブタイトルがついている話は改稿済みになります) 大変お待たせしました!連載再開いたします…!

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

主人公は俺狙い?!

suzu
BL
生まれた時から前世の記憶が朧げにある公爵令息、アイオライト=オブシディアン。 容姿は美麗、頭脳も完璧、気遣いもできる、ただ人への態度が冷たい冷血なイメージだったため彼は「細雪な貴公子」そう呼ばれた。氷のように硬いイメージはないが水のように優しいイメージもない。 だが、アイオライトはそんなイメージとは反対に単純で鈍かったり焦ってきつい言葉を言ってしまう。 朧げであるがために時間が経つと記憶はほとんど無くなっていた。 15歳になると学園に通うのがこの世界の義務。 学園で「インカローズ」を見た時、主人公(?!)と直感で感じた。 彼は、白銀の髪に淡いピンク色の瞳を持つ愛らしい容姿をしており、BLゲームとかの主人公みたいだと、そう考える他なかった。 そして自分も攻略対象や悪役なのではないかと考えた。地位も高いし、色々凄いところがあるし、見た目も黒髪と青紫の瞳を持っていて整っているし、 面倒事、それもBL(多分)とか無理!! そう考え近づかないようにしていた。 そんなアイオライトだったがインカローズや絶対攻略対象だろっ、という人と嫌でも鉢合わせしてしまう。 ハプニングだらけの学園生活! BL作品中の可愛い主人公×ハチャメチャ悪役令息 ※文章うるさいです ※背後注意

処理中です...