上 下
224 / 598

213 泣いてみろ!

しおりを挟む
「魔石とは、こちらでよろしかったでしょうか」
「多分これ。ありがとう、セドリック」
「いえ」

 疲れた顔をしたセドリックは、宣言通りに魔石をとってきてくれた。ちょっと髪が湿っている。おそらく湖に潜ったあと、軽く体を清めて着替えてきたのだろう。必要最小限しか働かない彼にしては、珍しく余計な仕事を引き受けてくれた。お辞儀して感謝しておけば、セドリックは「お気になさらず」と素っ気ない反応を返してくる。

「お礼にこれあげる」

 以前アロンにもらったキャンディーを差し出すが、セドリックは「お構いなく」と首を横に振るばかりで受け取ってくれない。仕方がないので、自分の口に放り込んでおく。

 そんな俺を、マーティーがなにか言いたそうな表情で見つめていた。

「キャンディー欲しかったのか? もうない。我慢しろ」
「欲しいなんて思っていない」

 ふいっとそっぽを向くマーティーは、ご機嫌ななめだった。欲しいなら欲しいって素直に言えばいいのに。まぁ、言ったところでもうキャンディーはないけどな。

 セドリックがとってきてくれた魔石とやらは、とてもきらきらしていた。見る角度によって色が変わる不思議な石だ。片手におさまる程度の大きさで宝石のような輝きである。装飾品として用いられるのにも納得である。

「すごくきれい」

 マーティーにも見せてやれば、「すごいな」と興味津々に手を伸ばしてくる。隙あらば奪おうとしてくるお子様マーティーをかわして、魔石を眺める。

 細かく角度を変えれば、七色に輝くそれは、眺めているだけでも楽しい。

『僕に貸せ』

 ちょいちょいと手を出してくる黒猫の前足を掴んで、肉球を触っておく。「マーティーも触るか?」と猫の前足をぐいっと引っ張るが、マーティーは「なんか怒っていないか?」と黒猫ユリス相手にビビるばかりで触ろうとはしない。これくらいで怒ったりする黒猫ユリスではない。ちょっと不機嫌にはなるけれども。今も『放せ! 馬鹿』と俺を罵っている。

「すごくきらきら。あとでティアンにも見せてやろう」

 満足する俺とは対照的に、湿った髪を気にするセドリックは酷く疲れた顔をしていた。なんかごめんよ。


※※※


「みろ! ティアン! 魔石」
「うわ、すごいですね」

 午後。
 のんびりやって来たティアンに、早速魔石を自慢する。遠慮なしに手を伸ばそうとしてくるティアンを慌てて避けてから、もう一度魔石を掲げて自慢する。なんでみんな勝手に触ろうとしてくるのか。少しは遠慮しろ。本物ユリスがオーガス兄様からもらった物だから、正真正銘俺の物だ。

「どうやってとってきたんですか?」

 首を傾げるティアンは、壁際に控えるセドリックを視界に入れて軽く目を見張る。

「え! まさか副団長殿に取りに行かせたんですか」

 驚いているらしいティアンは、「そんなのタイラー殿に頼めばいいじゃないですか」と、突然タイラーを見下したような発言をし始める。急にどうしたよ。

 どうやら副団長にそんなことやらせるな、ということらしい。だがセドリックが自分で取りに行くと言ったのだ。それにタイラーは頑なに湖に潜ることを拒否していた。おまけに今日はお休みだ。
 しかしティアンが少し怒っているらしいので、とりあえずマーティーに責任を押しつけておこうと思う。隣に立つマーティーを指さして、「こいつのせい」と主張する。

「マーティーがどうしても魔石見たいって泣くから。仕方なくセドリックがとりに行ったの」
「僕がいつ泣いた! 事実を捏造するんじゃない」

 すかさず否定してくるマーティーは、ぎゅっと拳を握っている。

『最近、こいつ泣かないな? 面白くない』

 足元に寄ってきた黒猫ユリスが、マーティーの足をめがけて猫パンチを繰り出している。『ほら! 泣いてみろ!』と性格悪いことを言っている。

 俺相手にはビビらなくなったマーティーであるが、本物ユリス相手だとまだビビっている。

 じっと、足をひたすらパンチされているマーティーを観察する。驚いたように一歩後ろにさがる彼を、黒猫ユリスは執拗に追いかけてパンチしている。マーティーがサンドバッグになっている。

「……泣くのか?」

 一応確認すれば、「だから! 泣くわけないだろ!」と威勢の良い答えが返ってきた。しかし、その声がちょっと震えている。もうちょいで泣きそうである。というか既に泣いていないか? 再び「泣いてんの?」と確認しておけば、「だから泣いてない!」と先程よりも震えた声が返ってきた。

 たまらずガブリエルの背後に隠れるマーティーを、黒猫ユリスがすごい勢いで走って追いかけている。そろそろ可哀想だからやめてやれよ。
しおりを挟む
感想 431

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶のみ失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

不幸体質っすけど役に立って、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する

めろ
BL
皇子殿下(7歳)に転生したっぽいけど、何も分からない。 侍従(8歳)と仲良くするように言われたけど、無表情すぎて何を考えてるのか分からない。 分からないことばかりの中、どうにか日々を過ごしていくうちに 主人公・イリヤはとある事件に巻き込まれて……? 思い出せない前世の死と 戸惑いながらも歩み始めた今世の生の狭間で、 ほんのりシリアスな主従ファンタジーBL開幕! .。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ HOTランキング入りしました😭🙌 ♡もエールもありがとうございます…!! ※第1話からプチ改稿中 (内容ほとんど変わりませんが、 サブタイトルがついている話は改稿済みになります) 大変お待たせしました!連載再開いたします…!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

どうやら手懐けてしまったようだ...さて、どうしよう。

彩ノ華
BL
ある日BLゲームの中に転生した俺は義弟と主人公(ヒロイン)をくっつけようと決意する。 だが、義弟からも主人公からも…ましてや攻略対象者たちからも気に入れられる始末…。 どうやら手懐けてしまったようだ…さて、どうしよう。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

処理中です...