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203 内緒話できる?
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ベッドサイドの弱々しいあかりの中、マーティーの瞳がゆらゆらと揺れている。どうやら俺が伝えた衝撃事実を飲み込めないでいるらしい。
まぁ、そうだよな。
いきなり偽ユリスとか白状されてもそうなるよな。ブルース兄様だったら「くだらないことを言うんじゃない」と一蹴するかもしれない。普通は冗談だと流すところだ。だが相手はマーティーである。十年しか生きていないベイビーである。対処の仕方がわからないのだろう。フリーズしている。
もしかしたら「僕を馬鹿にしてるのか!」とかなんとか言って大泣きするかもしれない。どっちにしろ信じることはないと思う。こんな突拍子もない話。いくらマーティーでも鵜呑みにはしないだろう。
だってこの世界における魔法はほとんど飾りみたいな扱いである。そんな世界において人間が猫になったり、中身が入れ替わったり、なんていうのはやはりお伽話扱いになるのだ。現実ではあり得ないとされている。
またしても国家転覆云々と騒がれても面倒だな。てか、はよリアクションしろよ。何分待たせるつもりだ。ツッコミまでの時間が長すぎるって。ひと言「そんなわけないだろ」と吐き捨てれば終わる場面である。なにをそんなに考えているのか。さすがエリックの弟。笑いのセンスが終わってる。
そうしてたっぷりと固まったマーティーは、やがて静かに目を見開いた。
「……それは、本当に?」
おいおい、マジかよ。信じるのかよ、こいつ。どういう思考なの? 正気か。黙って様子を見守っていた黒猫ユリスも、『そういやマーティーも馬鹿だったな』と毒を吐いている。ところで、「も」ってなに? 他に誰が馬鹿だって? まさか俺か?
びっくりするあまり「え? 今の信じるの? 正気かよ」と馬鹿正直に心の声を漏らしたところ、マーティーがカッと拳を握りしめた。
「嘘なのか⁉︎ なんでそんな嘘つくんだ!」
「信じたのか」
「信じるわけないだろ! 馬鹿にするな!」
信じていないと今さらな主張を繰り広げるマーティーは、顔が赤かった。どうやらマジで一瞬信じたらしい。
「さすがベイビー。ピュアだな」
「誰がベイビーだ!」
「まぁ、嘘じゃないけど」
「……?」
ぴたりと動きを止めて、ぱちぱちと目を瞬いたマーティー。黒猫ユリスが『やっぱりおまえが一番の馬鹿だ』と突然俺のことを罵ってくる。
「嘘ではない、とは?」
「だから。俺ユリスじゃないよ。本物ユリスはその猫」
「……意味がわからない」
再びフリーズしかけるマーティーに、俺は黒猫を押し付ける。ふにゃふにゃと地味に暴れる黒猫をおそるおそる受け取ったマーティーは、困惑していた。
「俺ユリスじゃないもん。これはマジ」
「いや、そんなわけ」
「ユリスって前からこんな性格だった?」
己を指さして問いかければ、マーティーが「いや」と言葉を切る。そして考え込むように視線を彷徨わせた彼は、無意識にガブリエルを探しているようにも見えた。残念ながらガブリエルはこの場にはいない。
「……僕の知るユリスは、もっと冷酷だ。あいつは人を揶揄って遊ぶのが趣味の嫌な奴だ。悪魔だよ」
酷い言いようである。
「だが、おまえがこの間、王宮に来た時。初めに顔を合わせたユリスはいつものユリスだった。その後に会った時はなぜかちょっと幼い感じがしたが」
「誰が幼いだ」
ふざけるな。こっちは前世高校生だぞ。断然マーティーや本物ユリスよりも年上だ。ちょっとだけ腹を立てた俺とは対照的に、黒猫ユリスがくすくす笑っている。
「最初に会ったのが本物ユリスで、次に会ったのが俺だよ」
「……二重人格というやつか?」
「違う」
答えを捻り出したマーティーであるが、不正解だ。
「だから! 俺は偽ユリスで、こっちの猫が本物ユリスなの。わかる⁉︎」
「なんで僕がキレられないといけないんだ」
ちょっと嫌そうな顔をしたマーティーは、だが俺の言葉を飲み込むように真剣に考え始める。顎に手を当てて、「でも」と首を捻っている。
「僕がこの前会った、おまえの言葉を借りると本物ユリスとやらか? なんでその後、偽ユリスに代わるんだ」
「あのね、この黒猫とキスすると入れ替われるんだ」
ぽかんとするマーティーは、多分俺の話を半分も理解できていない。
『もう諦めろ。馬鹿が馬鹿に説明するなんて無謀だ。時間の無駄だぞ』
「どういう意味だ」
思わず黒猫ユリスをぺしっと叩けば、マーティーが「なにが?」と困惑していた。
「違う。今のはこの猫に言ったの」
「猫に?」
「この猫喋るんだよ。本物ユリスだから」
「しゃべ……?」
意味がわからない、と首を振るマーティー。わかれよ。俺の説明、そんなに下手くそか?
「ベイビーには難しい話だったか」
やれやれと大袈裟に肩をすくめてやれば、案の定、マーティーが「僕はベイビーじゃない!」と挑んでくる。
「わかった。おまえの話は理解した。僕はベイビーじゃないからな」
突然物分かりの良くなったマーティーは、「だったらちょっと入れ替わってみせろ」とようやく話を理解したらしい発言をし始めた。
ふむ。それはいいかもしれない。いくら口で説明しても、マーティーは完全には理解しないだろう。であれば実践あるのみ。いいよ、と二つ返事で了承して、黒猫ユリスを引き寄せる。
「そんな雑に扱ってやるなよ。猫が可哀想だろ」
「だからこれは本物ユリスなの」
なんにもわかっていないらしいマーティーをよそに、黒猫ユリスが『本当にいいのか?』と念押ししてくる。
『そもそもマーティーに入れ替わりの件を教えてやる必要がどこにある?』
「だってなんか怪しまれてたし」
『あんなの言いがかりレベルだろ。放っておけばよかったんだ』
「そう言われてもな」
『いいのか? もしマーティーが言いふらすようなら始末するぞ』
「そういうこと言うな」
どんな思考してんだよ。ひとりで猫とお喋りする俺を、マーティーが変な顔で見つめている。
「マーティー。俺が偽ユリスで、本物ユリスはこの猫だって誰にも言ったらダメだよ」
「はぁ」
「もしかしてベイビーだから内緒話の自信ないのか?」
「馬鹿にするな! 秘密くらい守れる!」
ならいいけど。そうして俺は、ジト目になる黒猫ユリスを抱きあげてキスをした。
まぁ、そうだよな。
いきなり偽ユリスとか白状されてもそうなるよな。ブルース兄様だったら「くだらないことを言うんじゃない」と一蹴するかもしれない。普通は冗談だと流すところだ。だが相手はマーティーである。十年しか生きていないベイビーである。対処の仕方がわからないのだろう。フリーズしている。
もしかしたら「僕を馬鹿にしてるのか!」とかなんとか言って大泣きするかもしれない。どっちにしろ信じることはないと思う。こんな突拍子もない話。いくらマーティーでも鵜呑みにはしないだろう。
だってこの世界における魔法はほとんど飾りみたいな扱いである。そんな世界において人間が猫になったり、中身が入れ替わったり、なんていうのはやはりお伽話扱いになるのだ。現実ではあり得ないとされている。
またしても国家転覆云々と騒がれても面倒だな。てか、はよリアクションしろよ。何分待たせるつもりだ。ツッコミまでの時間が長すぎるって。ひと言「そんなわけないだろ」と吐き捨てれば終わる場面である。なにをそんなに考えているのか。さすがエリックの弟。笑いのセンスが終わってる。
そうしてたっぷりと固まったマーティーは、やがて静かに目を見開いた。
「……それは、本当に?」
おいおい、マジかよ。信じるのかよ、こいつ。どういう思考なの? 正気か。黙って様子を見守っていた黒猫ユリスも、『そういやマーティーも馬鹿だったな』と毒を吐いている。ところで、「も」ってなに? 他に誰が馬鹿だって? まさか俺か?
びっくりするあまり「え? 今の信じるの? 正気かよ」と馬鹿正直に心の声を漏らしたところ、マーティーがカッと拳を握りしめた。
「嘘なのか⁉︎ なんでそんな嘘つくんだ!」
「信じたのか」
「信じるわけないだろ! 馬鹿にするな!」
信じていないと今さらな主張を繰り広げるマーティーは、顔が赤かった。どうやらマジで一瞬信じたらしい。
「さすがベイビー。ピュアだな」
「誰がベイビーだ!」
「まぁ、嘘じゃないけど」
「……?」
ぴたりと動きを止めて、ぱちぱちと目を瞬いたマーティー。黒猫ユリスが『やっぱりおまえが一番の馬鹿だ』と突然俺のことを罵ってくる。
「嘘ではない、とは?」
「だから。俺ユリスじゃないよ。本物ユリスはその猫」
「……意味がわからない」
再びフリーズしかけるマーティーに、俺は黒猫を押し付ける。ふにゃふにゃと地味に暴れる黒猫をおそるおそる受け取ったマーティーは、困惑していた。
「俺ユリスじゃないもん。これはマジ」
「いや、そんなわけ」
「ユリスって前からこんな性格だった?」
己を指さして問いかければ、マーティーが「いや」と言葉を切る。そして考え込むように視線を彷徨わせた彼は、無意識にガブリエルを探しているようにも見えた。残念ながらガブリエルはこの場にはいない。
「……僕の知るユリスは、もっと冷酷だ。あいつは人を揶揄って遊ぶのが趣味の嫌な奴だ。悪魔だよ」
酷い言いようである。
「だが、おまえがこの間、王宮に来た時。初めに顔を合わせたユリスはいつものユリスだった。その後に会った時はなぜかちょっと幼い感じがしたが」
「誰が幼いだ」
ふざけるな。こっちは前世高校生だぞ。断然マーティーや本物ユリスよりも年上だ。ちょっとだけ腹を立てた俺とは対照的に、黒猫ユリスがくすくす笑っている。
「最初に会ったのが本物ユリスで、次に会ったのが俺だよ」
「……二重人格というやつか?」
「違う」
答えを捻り出したマーティーであるが、不正解だ。
「だから! 俺は偽ユリスで、こっちの猫が本物ユリスなの。わかる⁉︎」
「なんで僕がキレられないといけないんだ」
ちょっと嫌そうな顔をしたマーティーは、だが俺の言葉を飲み込むように真剣に考え始める。顎に手を当てて、「でも」と首を捻っている。
「僕がこの前会った、おまえの言葉を借りると本物ユリスとやらか? なんでその後、偽ユリスに代わるんだ」
「あのね、この黒猫とキスすると入れ替われるんだ」
ぽかんとするマーティーは、多分俺の話を半分も理解できていない。
『もう諦めろ。馬鹿が馬鹿に説明するなんて無謀だ。時間の無駄だぞ』
「どういう意味だ」
思わず黒猫ユリスをぺしっと叩けば、マーティーが「なにが?」と困惑していた。
「違う。今のはこの猫に言ったの」
「猫に?」
「この猫喋るんだよ。本物ユリスだから」
「しゃべ……?」
意味がわからない、と首を振るマーティー。わかれよ。俺の説明、そんなに下手くそか?
「ベイビーには難しい話だったか」
やれやれと大袈裟に肩をすくめてやれば、案の定、マーティーが「僕はベイビーじゃない!」と挑んでくる。
「わかった。おまえの話は理解した。僕はベイビーじゃないからな」
突然物分かりの良くなったマーティーは、「だったらちょっと入れ替わってみせろ」とようやく話を理解したらしい発言をし始めた。
ふむ。それはいいかもしれない。いくら口で説明しても、マーティーは完全には理解しないだろう。であれば実践あるのみ。いいよ、と二つ返事で了承して、黒猫ユリスを引き寄せる。
「そんな雑に扱ってやるなよ。猫が可哀想だろ」
「だからこれは本物ユリスなの」
なんにもわかっていないらしいマーティーをよそに、黒猫ユリスが『本当にいいのか?』と念押ししてくる。
『そもそもマーティーに入れ替わりの件を教えてやる必要がどこにある?』
「だってなんか怪しまれてたし」
『あんなの言いがかりレベルだろ。放っておけばよかったんだ』
「そう言われてもな」
『いいのか? もしマーティーが言いふらすようなら始末するぞ』
「そういうこと言うな」
どんな思考してんだよ。ひとりで猫とお喋りする俺を、マーティーが変な顔で見つめている。
「マーティー。俺が偽ユリスで、本物ユリスはこの猫だって誰にも言ったらダメだよ」
「はぁ」
「もしかしてベイビーだから内緒話の自信ないのか?」
「馬鹿にするな! 秘密くらい守れる!」
ならいいけど。そうして俺は、ジト目になる黒猫ユリスを抱きあげてキスをした。
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