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175 子分の不満

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「今日って授業がある日では?」

 サボったらダメですよ、とお兄さんぶるティアンを適当にあしらって俺は騎士棟前で仁王立ちしていた。

 今日こそ決着をつけなければならない。

 お目当ての人物はそろそろここを通りかかるはずである。アロンからの情報だ。間違いはないだろう。

 午後。俺の元にのこのこやってきたティアンを引き連れて、俺は騎士棟前に張り込んでいた。背後には困り顔のジャンと、呆れ顔のタイラーがいる。

「ユリス様。お勉強しないとダメですよ。そろそろカル先生がいらっしゃる時間です」

 部屋に戻ろうとうるさいタイラーに構っている暇はない。

「あ! 来た!」

 お目当ての人物を見つけた俺は、気合を入れるために拳を握った。

「子分その2!」
「げぇ」

 俺の顔を見るなり嫌な顔をしたニックは、そのまま回れ右しそうな勢いであった。

「ニック!」
「なんですか、ユリス様」

 俺忙しいんですけど、と多忙アピールをしてくるニックは騎士棟に用があるらしい。いつも昼過ぎのこの時間になると騎士棟にある食堂へと足を運んでいるとアロンに教えてもらっていた。

 ジャンとタイラーは交代で食事をとる。俺をひとりにしないという強い意志を感じる。もうちょっと俺から目を離しても大丈夫だと思う。

 屋敷の方にも厨房はあるが、なぜかニックは毎日騎士棟の方で食事を取るらしい。そこら辺は個人の自由だからどうでもいいけど。

 そうして遅めの昼食をとりにきたニックを待ち構えていた俺は、早速本題に入ることにする。はやくしないとタイラーがうるさいからな。

「俺のどこが不満なんだ!」
「……その話、今じゃないとだめですか?」
「うん、だめ」

 俺は最近ニックに避けられている気がする。彼のことを呼んでも一回で返事しなかったり、酷い時には無言で睨んできたりもする。そんなに嫌われるようなことをしただろうか。

 ニックはなんかセドリックの信者らしく(アロン情報なので真偽は定かではない)、俺がセドリックを解任したと勘違いしていた彼が俺に冷たくするのはまだ理解できる。

 しかしその誤解は解けたはず。セドリックを解任したのがオーガス兄様だと知ったニックはめっちゃ怒っていた。しばらくオーガス兄様をすごい目で睨んでいた。オーガス兄様がずっとビクビクしていた。

 俺がセドリック解任の件とは無関係と分かった以上、ニックは俺の親友になったはずである。それなのに最近ニックの俺に対する態度が冷たい。これは何か俺に対して不満があるものと思われる。察しの良くておまけに気遣いもできる俺は早速行動へと移した。

「で? 俺のなにが不満?」
「べつに不満と言う程では」

 視線を彷徨わせたニックは、困ったように頬を掻いている。

 ニックが俺に対して不満を抱いているというのであれば、それを解決するまでだ。俺だって大人である。ちょっとくらいなら妥協する。そう思って問いただすのだが、ニックはなかなか不満を口にしない。

「不満ないの? じゃあなんで俺に冷たいの。わかった。俺が美少年過ぎて近寄り難いってこと⁉︎」
「相変わらず自己評価高くて羨ましいですね」

 だってユリスは美少年だ。黒髪黒目のクール系美少年だ。

「あのですね、ユリス様」
「俺に恋人ができて嫉妬してるのか⁉︎」
「話聞いてくださいね? いちいちそんなんで嫉妬なんてしません」
「でもアロンは嫉妬してたよ。俺のことが羨ましいって言ってた」
「いや、あの人はユリス様ではなくお相手の方に嫉妬を。いやどうでもいいんですよ、この話は」

 どうでもよくないが?
 俺に恋人できたんだぞ? すぐに別れたけど。それでも重大事件であることに変わりはない。

「あのね、すごく大変だったんだから。お付き合い」
「そうですか。ユリス様に恋愛ははやかったってことですね」
「違う」

 今回は相手が悪かっただけだ。顔だけで決めてその後苦労した。性格大事と身をもって知った。

「あの、もういいですか? 俺、時間ないんで」
「俺もない。もうすぐカル先生くる」
「じゃあここでお開きにしましょう!」

 お疲れ様です、と頭を下げて先を行こうとするニックを慌てて引きとめる。

「まだ話は終わってないぞ!」
「勘弁してくださいよ」

 眉尻を下げたニックは、タイラーに「どうにかしろ」と偉そうに指示している。それを受けてタイラーが俺の肩に手を置いた。

「ユリス様。そろそろ授業の時間ですよ。お部屋に戻りましょうね」
「だってニックが。俺の子分のくせに」
「それですよ!」

 なにが?

 突然大声を出したニックは、再度「それですよ!」と肩を怒らせる。

「子分というその呼び方が気に入りません」

 なんだって?

「でも俺の子分じゃん」
「違います。そこまで成り下がった覚えはありません」

 だから成り下がりってなに。俺への悪口じゃん。

 ぽかんとしていれば「そういえば子分と呼びかけた時だけ返事してなかったですね」とティアンがわかったように頷いていた。そうなの?

 だがニックの不満は理解した。子分呼びが気に食わないということだ。なるほど。

「じゃあなんて呼べばいい?」
「普通に名前でお願いします」
「ニック」
「はい。それで」

 理解した。

「じゃあ俺のこともユリスって呼んでね」
「もう呼んでます。ユリス様」

 よしよし。

「解決!」

 ぱんぱん手を叩いて解散するよう告げれば、ニックが「ではそういうことで」と一礼してから素早く去っていく。

 後に残された俺も軽く肩をすくめる。ひと仕事終えて満足した。これでニックとの仲も改善したと言っていい。

「ほら、はやく戻りますよ」

 俺の手を引くティアンに先導されて、自室へ戻るとカル先生がいた。

「どこに行ってたんですか?」

 教科書を広げながら首を捻るカル先生。

「子分の面倒みてきた」
「はぁ、そうですか」

 自分から切り出したくせに興味なさ気に流したカル先生。どうやら早く授業を始めたいらしい。

「憂うつだ」
「はいはい。変なこと言ってないで真面目に聞いてくださいね」

 こうして俺は退屈な授業をなんとか乗り切るべく気合を入れたのだった。
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