169 / 580
159 婚約者?
しおりを挟む
婚約者ってあれだよな。結婚相手ってことだよな。俺まだ十歳。びっくり。
驚いて黒猫ユリスを見下ろせば、なぜか毛を逆立ててびっくりしているようだった。いや、マジで本物ユリスも知らないの? どういうことだよ。
「心当たりないんですね」
俺の反応を見たティアンとタイラーがほっと胸を撫で下ろしている。どうやらブルース兄様たちの反応から察するにヴィアン家としても心当たり皆無のようだ。
いやしかし。
「ちょっと会ってみたい」
「ダメですよ」
婚約者だぞ? ユリス側には一切覚えがないとはいえちょっと、いやかなり興味がある。可愛い女の子に会いたい。ちょっとでいいから挨拶すると騒げば、ティアンが何とも言えない表情を作る。
「デニス様は男です。公爵家のご令息です」
男⁉︎
なんだって?
目を見開いて再び黒猫ユリスを見下ろせば『は? 知らない。まったく覚えがない』と返ってきた。こっわ。誰も知らない婚約者って一体。これは果たして本物ユリスに非があるのか、それともデニスとやらが本物ユリス以上に激ヤバなのか。どっちだ。
てか本物ユリスはマジで知らないのか?
こいつはかなりのサイコパスである。気に入らん人間の頭をいきなり花瓶でぶん殴ろうとするくらいにはヤバい奴である。本人に記憶がないだけでは? 昔のことを綺麗さっぱり忘れ去っている可能性もある。
「本当に誰なの。デニスって」
『知らん』
顔を見合わせる俺と黒猫ユリス。「なんでさっきから猫ちゃんに訊くんですか」とティアンが呆れている。どうやら俺が猫とお喋りごっこして遊んでいると思っているらしい。非常に不愉快である。俺はそこまで子供じゃない。
しかし男に興味はない。可愛い女の子だったらラッキーと思っていたのに全然違った。べつに会う必要はないな。ブルース兄様がなんとかしておくって言ってたし。お任せしよう。
そうして俺は外遊びを諦めて、部屋で大人しくティアンと遊んでやることにした。
※※※
部屋で遊ぶのにも飽きてきた。正確にはタイラーが「遊んでばかりいないで、少しはお勉強したらどうですか」とうるさいのが嫌になった。外遊び中はそんなこと言わないのに。部屋に引きこもっているとすぐそばに勉強道具があるため途端に勉強しろとうるさくなる。
そんなこんなでタイラーに苛立ち始めた俺は、床で丸くなる黒猫ユリスを持ち上げた。
『なにをする』
「散歩」
言うなり廊下へと駆け出した俺を、タイラーとジャンが慌てて追いかける。ひとり読書をしていたティアンは遅れて立ち上がる。
『毎度思うのだが、僕を抱えて走る意味がわからない』
「楽しいから!」
『僕はまったく楽しくない』
マジで?
そんなことある?
「俺が楽しいから大丈夫」
『なにも大丈夫ではない』
ぐちぐちと文句を吐き出す黒猫ユリス。そうして廊下をぐるぐる走りまわっていれば、追いついてきたタイラーに首根っこを掴まれた。こいつは俺の扱い方がちょっと雑になりつつある。
「廊下は走らない」
「はーい」
渋々お返事すればタイラーが不満そうに眉間に皺を寄せた。俺の心のこもらない返事が気に食わなかったらしい。気難しい男である。
そうして廊下のど真ん中で小言を口にし始めたタイラーであったが、向こうから歩いてくる人影を見るなりぴたりと口を閉ざした。その顔がみるみる険しいものになる。
首を伸ばして人影を確認すれば、どうやら相手は子供らしい。年齢的にはティアンくらいか?
「ユリス!」
ばっちり目が合うなり駆け寄ってきた少年。廊下は走るんじゃない。俺は今まさにそれで怒られてるんだぞ。
俺よりちょっと背が高い少年は、にこにこと人当たりのいい笑顔で俺に握手を求めてくる。だが生憎と俺は猫を持っていて忙しい。握手を拒否すれば、少年が代わりと言わんばかりに黒猫ユリスをなでなでする。人の猫に勝手に触るな。
「久しぶりだね。会えて嬉しいよ」
勝手に喜び始める少年はなんだか貴族のお坊ちゃんみたいな子だった。ユリスもお坊ちゃんだけど。
明るめの茶髪にくりっと大きな目。俺ほどではないが、なかなかに可愛らしい見た目をしている。
一体誰だ。首を捻っていると、腕の中で黒猫ユリスが目を丸くした。
『あ、もしかしてデニーか』
「デニー?」
誰それ。
黒猫ユリスの言葉を繰り返しただけなのに、目の前の少年がふにゃっと相好を崩す。
「そう! デニーだよ。覚えていてくれて嬉しいな」
そう言って再び黒猫ユリスの頭をもふもふするデニーとやらは、「約束、覚えていてくれたんだ」とふわりと微笑む。
約束?
悪いが俺はなにひとつ知らない。はじめまして状態である。けれども黒猫ユリスがぴしりと固まっている。どうやら約束とやらに覚えがあるらしい。
「……デニス様」
「やぁ、ティアン。君も久しぶりだね」
おずおずとデニー少年に声をかけたティアン。彼が口にした名前に、俺はびっくりして腕の中の黒猫ユリスを落としてしまった。「おっと、危ない」とデニー少年が間一髪で受け止める。
デニスって。
え? こいつが例の婚約者?
驚いて黒猫ユリスを見下ろせば、なぜか毛を逆立ててびっくりしているようだった。いや、マジで本物ユリスも知らないの? どういうことだよ。
「心当たりないんですね」
俺の反応を見たティアンとタイラーがほっと胸を撫で下ろしている。どうやらブルース兄様たちの反応から察するにヴィアン家としても心当たり皆無のようだ。
いやしかし。
「ちょっと会ってみたい」
「ダメですよ」
婚約者だぞ? ユリス側には一切覚えがないとはいえちょっと、いやかなり興味がある。可愛い女の子に会いたい。ちょっとでいいから挨拶すると騒げば、ティアンが何とも言えない表情を作る。
「デニス様は男です。公爵家のご令息です」
男⁉︎
なんだって?
目を見開いて再び黒猫ユリスを見下ろせば『は? 知らない。まったく覚えがない』と返ってきた。こっわ。誰も知らない婚約者って一体。これは果たして本物ユリスに非があるのか、それともデニスとやらが本物ユリス以上に激ヤバなのか。どっちだ。
てか本物ユリスはマジで知らないのか?
こいつはかなりのサイコパスである。気に入らん人間の頭をいきなり花瓶でぶん殴ろうとするくらいにはヤバい奴である。本人に記憶がないだけでは? 昔のことを綺麗さっぱり忘れ去っている可能性もある。
「本当に誰なの。デニスって」
『知らん』
顔を見合わせる俺と黒猫ユリス。「なんでさっきから猫ちゃんに訊くんですか」とティアンが呆れている。どうやら俺が猫とお喋りごっこして遊んでいると思っているらしい。非常に不愉快である。俺はそこまで子供じゃない。
しかし男に興味はない。可愛い女の子だったらラッキーと思っていたのに全然違った。べつに会う必要はないな。ブルース兄様がなんとかしておくって言ってたし。お任せしよう。
そうして俺は外遊びを諦めて、部屋で大人しくティアンと遊んでやることにした。
※※※
部屋で遊ぶのにも飽きてきた。正確にはタイラーが「遊んでばかりいないで、少しはお勉強したらどうですか」とうるさいのが嫌になった。外遊び中はそんなこと言わないのに。部屋に引きこもっているとすぐそばに勉強道具があるため途端に勉強しろとうるさくなる。
そんなこんなでタイラーに苛立ち始めた俺は、床で丸くなる黒猫ユリスを持ち上げた。
『なにをする』
「散歩」
言うなり廊下へと駆け出した俺を、タイラーとジャンが慌てて追いかける。ひとり読書をしていたティアンは遅れて立ち上がる。
『毎度思うのだが、僕を抱えて走る意味がわからない』
「楽しいから!」
『僕はまったく楽しくない』
マジで?
そんなことある?
「俺が楽しいから大丈夫」
『なにも大丈夫ではない』
ぐちぐちと文句を吐き出す黒猫ユリス。そうして廊下をぐるぐる走りまわっていれば、追いついてきたタイラーに首根っこを掴まれた。こいつは俺の扱い方がちょっと雑になりつつある。
「廊下は走らない」
「はーい」
渋々お返事すればタイラーが不満そうに眉間に皺を寄せた。俺の心のこもらない返事が気に食わなかったらしい。気難しい男である。
そうして廊下のど真ん中で小言を口にし始めたタイラーであったが、向こうから歩いてくる人影を見るなりぴたりと口を閉ざした。その顔がみるみる険しいものになる。
首を伸ばして人影を確認すれば、どうやら相手は子供らしい。年齢的にはティアンくらいか?
「ユリス!」
ばっちり目が合うなり駆け寄ってきた少年。廊下は走るんじゃない。俺は今まさにそれで怒られてるんだぞ。
俺よりちょっと背が高い少年は、にこにこと人当たりのいい笑顔で俺に握手を求めてくる。だが生憎と俺は猫を持っていて忙しい。握手を拒否すれば、少年が代わりと言わんばかりに黒猫ユリスをなでなでする。人の猫に勝手に触るな。
「久しぶりだね。会えて嬉しいよ」
勝手に喜び始める少年はなんだか貴族のお坊ちゃんみたいな子だった。ユリスもお坊ちゃんだけど。
明るめの茶髪にくりっと大きな目。俺ほどではないが、なかなかに可愛らしい見た目をしている。
一体誰だ。首を捻っていると、腕の中で黒猫ユリスが目を丸くした。
『あ、もしかしてデニーか』
「デニー?」
誰それ。
黒猫ユリスの言葉を繰り返しただけなのに、目の前の少年がふにゃっと相好を崩す。
「そう! デニーだよ。覚えていてくれて嬉しいな」
そう言って再び黒猫ユリスの頭をもふもふするデニーとやらは、「約束、覚えていてくれたんだ」とふわりと微笑む。
約束?
悪いが俺はなにひとつ知らない。はじめまして状態である。けれども黒猫ユリスがぴしりと固まっている。どうやら約束とやらに覚えがあるらしい。
「……デニス様」
「やぁ、ティアン。君も久しぶりだね」
おずおずとデニー少年に声をかけたティアン。彼が口にした名前に、俺はびっくりして腕の中の黒猫ユリスを落としてしまった。「おっと、危ない」とデニー少年が間一髪で受け止める。
デニスって。
え? こいつが例の婚約者?
350
お気に入りに追加
3,005
あなたにおすすめの小説
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる