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閑話9 成り上がり
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「はい、どうぞ」
受け取ったキャンディーをじっと眺める。ついで渡してきたアロンを見る。俺の視線を受けて、アロンが小首を傾げた。
「あれ? いりませんでしたか?」
「……いる」
いるけれども。
「なんか、キャンディーってあんまりもらっても嬉しくないかもしれないと気付いてしまった」
「おっと。嫌なことに気付きましたね?」
芝居がかった仕草で肩をすくめてみせたアロンは、「じゃあこれで勘弁してください」と二個目のキャンディーを俺の掌にのせてくる。数の問題ではない。
「もっといいものがいい」
「いいもの? 酒?」
「違う」
クソ野郎め。
俺はどうみても十歳児でしょうが。アルコールはお断りです。
「ケーキが一番いいもの」
もらって嬉しいお菓子不動の一位である。異論は認めない。だがアロンは「ケーキは持ち運べないのでちょっと」と眉を寄せている。そうだね。ポケットに入れておくのは無理だね。俺が悪かったよ。
「次回から期待している」
「責任重大ですね」
とりあえず今回はキャンディーで勘弁してやろう。
「人の弟を餌付けするな」
一連のやり取りを静観していたブルース兄様がぼそっと呟いたが誰も聞いていない。どんまい。
最近の俺は午前中にまず遊び相手を探すのが日課となっている。大抵はアロンだ。だがアロンにも一応仕事があるらしい。いつものんびりしているだけな気もするが、たまに仕事の日がある。忙しい時は彼からお詫びのお菓子だけもらって引き返すのがお決まりになっている。毎度ブルース兄様が苦い顔をしている。どうやら俺がアロンからお菓子をもらっているのが羨ましいみたいだ。たまには兄様にも分けてやらんこともない。たまにはな。
そう思って一度キャンディーを横流ししたのだが、兄様は怪訝な顔をするだけで受け取らなかった。なぜ。もしやキャンディーではなくもっといいお菓子をよこせということだろうか。我儘な兄を持つと大変である。
「ユリス様ってナチュラルにブルース様を貶しますよね」
「? べつに貶してはない」
アロンはたまに意味不明なことを言う。アロンだから仕方ない。
そうして、もらって嬉しいお菓子ランキング下位のキャンディーをポケットに詰め込んだ俺は自室へと戻っていった。
※※※
「おい、頼んでた仕事はどうなった」
「今からやろうと思ってたんです。団長のせいで途端にやる気がなくなりました。どうしてくれるんですか」
クソ野郎がなんか喚いとる。
お散歩中の出来事である。外遊びを渋るティアン、それにジャンとタイラーを引き連れて騎士棟近くをうろうろしていた時だ。なにやら向こうから声がするので近寄ってみれば、睨み合うアロンとクレイグ団長がいた。
アロンが勉強しなさいと言われて「今やろうとしてたの!」と捻くれる子供みたいなこと言ってる。嫌な大人だな。
じっと見つめていれば、こちらに気が付いたクレイグ団長が「これはユリス様」と頭を下げてくれる。それにぺこりとお辞儀を返して、俺はアロンを見上げた。
「仕事サボったらダメだよ」
「ユリス様こそ。お勉強サボったらダメですよ」
嫌な大人だな。
聞こえなかったことにして「団長の言うこときかないと」と注意すれば、「ユリス様こそ。お兄様の言うこときかないとダメですよ」と返ってきた。うるさい。
そうして俺を言い負かしたアロンは、再びクレイグ団長に狙いを定めたらしい。「俺のことは気にしないでください」と無茶な要求を突きつけている。
「おまえが仕事を真面目にやってくれれば気にしないが?」
「だから今からやろうと思ってたんですよ。成り上がり伯爵は黙っててください」
でた。成り上がり伯爵。
よくわからんが、アロンはたまにクレイグ団長に向かってこの言葉を吐き捨てている。クソ野郎の言うことだ。あまり良い意味ではないのだろう。
横で成り行きを見守っていたティアンが露骨に表情を曇らせた。これはチャンスとばかりに彼の裾を引っ張って訊ねてみる。
「成り上がり伯爵ってなに?」
「気にしないでください」
気になる。非常に気になる。教えてとごねれば、ティアンがこそっと教えてくれた。
「父上はもともと伯爵家の人間ではないんです」
「マジ?」
クレイグ団長って元は伯爵じゃなかったんだ。目を丸くする俺に、ティアンは簡潔に成り上がりについて教えてくれた。
いわく、もともと下級貴族であったクレイグ団長はヴィアン家騎士団にて功績をあげて出世。伯爵家のお嬢様であったティアンの母親と結婚して伯爵の地位を得たのだという。要するに伯爵家に婿入りしたのだとか。
「へー」
色々あるんだね。
つまりアロンからすれば生粋の伯爵家の出身ではないクレイグ団長は目の敵らしい。よくわからんけど。
「とはいえそんなの気にしているのはアロン殿くらいですよ。跡継ぎがいない貴族が親戚筋から迎え入れるなんて別に珍しいことでもないですし」
「つまりアロンは器の小さい男ってことか」
「そういうことです」
得意気に頷いたティアン。
「全部聞こえてますからね?」
クソ野郎がなんか言ってる。無視だ、無視。
受け取ったキャンディーをじっと眺める。ついで渡してきたアロンを見る。俺の視線を受けて、アロンが小首を傾げた。
「あれ? いりませんでしたか?」
「……いる」
いるけれども。
「なんか、キャンディーってあんまりもらっても嬉しくないかもしれないと気付いてしまった」
「おっと。嫌なことに気付きましたね?」
芝居がかった仕草で肩をすくめてみせたアロンは、「じゃあこれで勘弁してください」と二個目のキャンディーを俺の掌にのせてくる。数の問題ではない。
「もっといいものがいい」
「いいもの? 酒?」
「違う」
クソ野郎め。
俺はどうみても十歳児でしょうが。アルコールはお断りです。
「ケーキが一番いいもの」
もらって嬉しいお菓子不動の一位である。異論は認めない。だがアロンは「ケーキは持ち運べないのでちょっと」と眉を寄せている。そうだね。ポケットに入れておくのは無理だね。俺が悪かったよ。
「次回から期待している」
「責任重大ですね」
とりあえず今回はキャンディーで勘弁してやろう。
「人の弟を餌付けするな」
一連のやり取りを静観していたブルース兄様がぼそっと呟いたが誰も聞いていない。どんまい。
最近の俺は午前中にまず遊び相手を探すのが日課となっている。大抵はアロンだ。だがアロンにも一応仕事があるらしい。いつものんびりしているだけな気もするが、たまに仕事の日がある。忙しい時は彼からお詫びのお菓子だけもらって引き返すのがお決まりになっている。毎度ブルース兄様が苦い顔をしている。どうやら俺がアロンからお菓子をもらっているのが羨ましいみたいだ。たまには兄様にも分けてやらんこともない。たまにはな。
そう思って一度キャンディーを横流ししたのだが、兄様は怪訝な顔をするだけで受け取らなかった。なぜ。もしやキャンディーではなくもっといいお菓子をよこせということだろうか。我儘な兄を持つと大変である。
「ユリス様ってナチュラルにブルース様を貶しますよね」
「? べつに貶してはない」
アロンはたまに意味不明なことを言う。アロンだから仕方ない。
そうして、もらって嬉しいお菓子ランキング下位のキャンディーをポケットに詰め込んだ俺は自室へと戻っていった。
※※※
「おい、頼んでた仕事はどうなった」
「今からやろうと思ってたんです。団長のせいで途端にやる気がなくなりました。どうしてくれるんですか」
クソ野郎がなんか喚いとる。
お散歩中の出来事である。外遊びを渋るティアン、それにジャンとタイラーを引き連れて騎士棟近くをうろうろしていた時だ。なにやら向こうから声がするので近寄ってみれば、睨み合うアロンとクレイグ団長がいた。
アロンが勉強しなさいと言われて「今やろうとしてたの!」と捻くれる子供みたいなこと言ってる。嫌な大人だな。
じっと見つめていれば、こちらに気が付いたクレイグ団長が「これはユリス様」と頭を下げてくれる。それにぺこりとお辞儀を返して、俺はアロンを見上げた。
「仕事サボったらダメだよ」
「ユリス様こそ。お勉強サボったらダメですよ」
嫌な大人だな。
聞こえなかったことにして「団長の言うこときかないと」と注意すれば、「ユリス様こそ。お兄様の言うこときかないとダメですよ」と返ってきた。うるさい。
そうして俺を言い負かしたアロンは、再びクレイグ団長に狙いを定めたらしい。「俺のことは気にしないでください」と無茶な要求を突きつけている。
「おまえが仕事を真面目にやってくれれば気にしないが?」
「だから今からやろうと思ってたんですよ。成り上がり伯爵は黙っててください」
でた。成り上がり伯爵。
よくわからんが、アロンはたまにクレイグ団長に向かってこの言葉を吐き捨てている。クソ野郎の言うことだ。あまり良い意味ではないのだろう。
横で成り行きを見守っていたティアンが露骨に表情を曇らせた。これはチャンスとばかりに彼の裾を引っ張って訊ねてみる。
「成り上がり伯爵ってなに?」
「気にしないでください」
気になる。非常に気になる。教えてとごねれば、ティアンがこそっと教えてくれた。
「父上はもともと伯爵家の人間ではないんです」
「マジ?」
クレイグ団長って元は伯爵じゃなかったんだ。目を丸くする俺に、ティアンは簡潔に成り上がりについて教えてくれた。
いわく、もともと下級貴族であったクレイグ団長はヴィアン家騎士団にて功績をあげて出世。伯爵家のお嬢様であったティアンの母親と結婚して伯爵の地位を得たのだという。要するに伯爵家に婿入りしたのだとか。
「へー」
色々あるんだね。
つまりアロンからすれば生粋の伯爵家の出身ではないクレイグ団長は目の敵らしい。よくわからんけど。
「とはいえそんなの気にしているのはアロン殿くらいですよ。跡継ぎがいない貴族が親戚筋から迎え入れるなんて別に珍しいことでもないですし」
「つまりアロンは器の小さい男ってことか」
「そういうことです」
得意気に頷いたティアン。
「全部聞こえてますからね?」
クソ野郎がなんか言ってる。無視だ、無視。
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