冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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136 悪魔との再会(sideマーティー)

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 ユリスが到着したという一報を受けた僕は、ついに来たかとこっそり気合を入れる。鏡の前で入念に服装の乱れがないか確認する。鏡の中の僕は、兄上と同じく眩い金髪に青い目。うん、大丈夫だ。

「心配せずとも完璧ですよ」

 従者のガブリエルが微笑んでいるが、相手はあの悪魔だ。一瞬たりとも隙を見せるわけにはいかない。

 いや、だがたしか兄上がユリスは丸くなったと言っていたな。

「兄上は嘘をつかないからな」

 からりとした性格の兄上だ。次期国王陛下としては心配になるくらい裏表のない性格である。あの兄上が僕を揶揄うために嘘をつくとは思えないというのが最終的に僕の出した結論だった。

 ということは。

 ユリスは成長したのだろう。王立騎士団に所属する、一時期間者としてヴィアン家騎士団に潜り込んでいたサムソンの話を聞く限り、どうもユリスはフランクな性格らしい。

 あの冷酷な悪魔がフランクだと? 一番あいつに似合わない言葉だ。

 だがサムソンが僕に嘘をつく理由もない。彼は誠実な騎士だ。ということはだ。やはりユリスは成長したと考えて間違いないのだと思う。あいつも僕と同じ十歳だ。少しは己の立場や身の振り方を考えられる年齢になったらしい。良いことだと思う。

「よしっ」

 襟を正して客間に足を向ける。ジャネック伯爵家のティアンも同行しているらしいが、まずは久しぶりの再会を楽しむといいとの兄上の計らいでユリスとふたりきりで会えることになっている。

 たどり着いた客間の前には、サムソンと見知らぬヴィアン家の騎士が控えていた。どうやらユリスの新しい護衛騎士らしい。若い男だ。ガブリエルに外で待つように告げて、いよいよやってきた対面の時に息を飲む。

 大丈夫。ユリスは大人しくなったらしいし、話によると冗談も口にしてよく笑うらしい。あの頃の氷の花とは似ても似つかないと評判だ。

 緊張する僕の背中に、ガブリエルがそっと手を添えてくれた。そうだ。この新人従者である彼を不安にさせるわけにはいかない。僕は立派な男だ。

「大丈夫だ。行ってくる」
「お待ちいたしております」

 ようやく決心のついた僕は、足を進める。サムソンが開けてくれたドアをくぐると、中央のテーブルセットで優雅に足を組む黒髪が見えた。

 ユリスだ。

 相変わらず顔だけはいいな。カチャリと小さく音がして、ティーカップが戻される。ゆっくりと顔を上げたユリスが、僕を視界に入れた。

「や、やぁ。久しぶりだな、ユリス。噂によると随分丸くなったらしいが。おまえも成長するんだな。驚きだよ」

 平静を装って彼に近づく。無言で僕の言葉を聞いていたユリスが、ピクリと片眉を持ち上げた。

「おい、誰に口を利いている。馴れ馴れしいぞ」

 鋭く飛んできた冷たい声に、ぎょっと足が止まった。心臓がばくばくと音を立てる。

「下僕風情が。分をわきまえろ」

 あ、兄上の嘘つき……!

 これのどこが丸くなったんだ。まるきり以前のユリスと変わらないじゃないか!

 あと僕は仮にも王子だ。おまえの下僕になった覚えはない。分をわきまえるのはおまえのほうだ! ボケ!

 口には出せない罵倒を必死に飲み込む。悪魔の名に相応しいこの男は、僕が逆らおうものなら徹底的にやり返してくる性悪だ。ここは穏便に終わらせるに限る。大人の対応として黙って聞き流すことにすれば、ユリスが小さく鼻で笑った。

「少し見ないうちに大きくなったか? おまえでも身長伸びるんだな。成長したところで使い道不明の第二王子が。中身も成長するといいな?」

 な、殴りたい!
 なんだこいつ。誰だよ、フランクとか言った奴!

 薄く笑った悪魔は「座らないのか?」と目線で促してくる。早くも退出したい僕は、だが頑張って堪えることにする。外にいるガブリエルに情けない姿は見せられない。

 重い足を引きずって、ユリスの向かいに腰掛けようとして、なにやら黒い物体が椅子に乗っていることに気がついた。

「猫?」

 なぜここに黒猫が。我が物顔で僕の椅子を占領した黒猫は、僕を見上げて「にゃーん」と一声鳴いた。

「僕のペットだ。同じく僕のペットであるおまえに紹介してやろうと思ってな。わざわざ連れてきたんだ。感謝しろよ」
「僕はおまえのペットじゃない」

 なにやら疲れた顔をして黒猫を眺めていたユリスは、すぐに僕を鋭く睨みつけてきた。こっわ。

「で? 何の用だ」

 偉そうに足を組んだユリスが僕に冷たい視線を向けてくる。いやおまえが来たいと手紙をよこしたんだろうが。それはこっちのセリフだ。

 猫に椅子を占領されている以上、座ることは諦めた。「座らないのか?」とユリスが不思議そうにしているが、どうやって座れというのか。追い払うのは可哀想だ。

「元気そうでなによりだ」

 取り繕うように声をかければ、ユリスはたいして興味もなさそうにティーカップを手にとる。

「おまえは僕の下僕だよな?」
「違うが?」

 はっきり否定する僕を無視して、ユリスはちらりと視線を猫に投げた。

「まぁなんだ。僕の言うことはちゃんときけよ」

 彼が突然に偉そうなことを言い出すのはいつものことだ。肯定も否定もせずに聞き流しておく。

 それにしても。

「動物とか好きなんだな」

 あまりイメージがなかったためペットを飼うなど驚いた。しかもここに連れてくるとは。よほど気に入っているらしい。

「名前はなんていうんだ」

 沈黙が続くのも気まずくて、当たり障りのない話題を出せば、なぜかユリスが顰めっ面になった。

「猫」
「は?」
「いや、たしかホコリとか言っていたか?」

 なにやらぶつぶつ呟きはじめたユリス。はっきり言って怖い。やがて「うん」と頷いた彼が顔を上げた。

「特にない」
「……こわ」

 え? ペットなんだよな? 名前ないの? なんで?

「普段は猫と呼べば十分だ」

 冷たいことを言い張るユリス。こいつにはペットに対する愛とかそういうものがないのか?

「それは、猫があまりにも可哀想だろ」

 せめて名前くらいつけてやれと諭すが、ユリスは「別に不満はない。それで通じる。むしろ勝手に下手な名前をつけられる方が迷惑だ」とまるで猫目線のような答えをよこす。

 この悪魔は、なにを言ってるんだ?
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