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127 汚い大人

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 猫になれたことを自慢してやろうと思い至った俺はティアンとジャンを引き連れてオーガス兄様の部屋に向かった。いつもは面倒くさいと言って部屋から出ない黒猫ユリスも『絶対に余計なことを言うだろ』と俺に疑いの目を向けながらついてくる。後ろをもふもふがついてくるのって最高だな。

 こまめに背後のもふもふを確認しながら二階に上がった俺は、オーガス兄様の部屋へ突入を試みるが邪魔が入った。

「何度言わせるんですか。ノックはしないとダメですよ」
「オーガス兄様いるー?」

 偉そうに注意してくるティアン。言われた通りにどんどんドアを叩いてやれば、中からニックが顔を見せた。苦い顔をした彼は「そんなに強く叩かなくとも聞こえています」と苦言を呈してくる。それをまるっと無視して部屋に突入した。

 ニックと仲良くなることに成功したからだろう。以前はドアの前に立ち塞がって俺を頑なに通してくれなかったニックだが、今ではすんなりオーガス兄様の部屋に入れてくれる。その度にオーガス兄様はちょっと嫌そうな顔をみせるけど。

「オーガス兄様! ちょっと聞いて」
「やあ、ユリス」

 書類から顔を上げたオーガス兄様は「今日も元気だね。僕にもその元気分けて欲しいくらいだよ。マジで仕事終わんなくてさ。なんかもう嫌になっちゃうよね」とネガティブを発揮している。

「俺、昨日ついに猫になってしまった!」
「は?」

 ん? なんだか語気強めな「は?」だった。気にせず「羨ましいだろ」と胸を張れば、オーガス兄様は呆然と立ち上がった。

「え、は、な」
「どうしたの?」

 急に言葉を忘れたらしいオーガス兄様は目を見開いている。マジでどうしたん? オーガス兄様はだいたいいつも挙動不審だが、今回はいつにも増して不審だ。

 困った俺はティアンに助けを求めるが、彼も困惑顔で状況をよくわかっていないみたいだった。

「……相手は誰?」

 やがてオーガス兄様が搾り出すように声を発した。相手ってなに。
 え! まさか黒猫ユリスとの入れかわりがバレているのか? 普段からボケてるオーガス兄様のことだから全く気が付かれていないと思っていたのに。

 びっくりして足元の黒猫ユリスを見遣るが、なんだか楽しそうにニヤニヤしていた。わるにゃんこが笑っている。どうやら正体バレという危機的状況ではないらしい。

 じゃあなんだこの質問は。

 立ち尽くしていると、ニックが「え? それマジですか?」と驚きに満ちた表情で俺を見下ろしていた。とりあえずうんうん頷けば、ひくりと頰を引き攣らせている。

 もしかしてまたオーガス兄様の勢いある勘違いか? だが勘違い要素なんてあったか?

 先程の発言を思い返してみるが特にヤバそうな言葉は見当たらない。もしかしてアロンとキスした件がすでにオーガス兄様の耳に入っているとか? それで何か邪推しているのかもしれない。

 とりあえず「昨日アロンとキスした」とだけお伝えしておけば「はぁ⁉︎」とものすごい絶叫が返ってきた。うるさい。

「あのクソ野郎! ついに手を出しやがった!」

 よくわからんが、アロンがクソ野郎なことも俺にキスしてきたことも事実なのでこくこく頷いておく。

 拳を握った兄様は肩を震わせている。オーガス兄様がお怒りになるのは珍しいな。それだけアロンがクソ野郎ということだろう。

 ティアンとこっそり顔を見合わせていた時である。今まで気配を消していたジャンがおずおずと前に出る。

「あ、あのオーガス様」
「あいつ! 今度こそクビにしたい! いやマジで! ブルースは知ってんのか⁉︎」

 ジャンをガン無視したオーガス兄様は「ブルース呼んできて!」とニックに命令している。だがそれを制止すべくジャンが動いた。入口ドアに立ち塞がったジャンは「あの、ユリス様の夢の話でございます」とニックに縋っている。普段はオロオロしているジャンが珍しい。なんとかして止めなければという気迫を感じるような感じないような。

「……夢?」

 夢ではないけれどな。きょとんと目を瞬くオーガス兄様に教えてやる。

「ついに猫になるという野望を達成した。黒猫になったの。羨ましいだろ」
「という夢を見たんですよね?」

 後ろからティアンが余計な口を挟んでくる。夢ではない。現実だ。俺は確かに黒猫ユリスになったのだ。

 ふんっと胸を張れば、オーガス兄様が顔色を悪くする。

「なんか汚い大人でごめんね⁉︎」
「お、おう」

 よくわからんが謝罪されてしまった。

「いやもうなんか、自分が嫌になる。変なことばっか考えちゃってさ。心が穢れてるんだよ。こんな汚い大人になるなんて」

 一体どこで道を間違えてしまったんだ、と嘆く兄様は頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。よくわからんが落ち込んでいるらしい。ペシペシ頭を叩いて励ましてやると「やめなさい」とティアンが腕を掴んできた。

「てっきり男同士のアレな話かと。変なこと言ってごめんね。忘れて」
「アレな話ってなに?」
「訊かないでよぉ」

 タチネコ的な話かと、と小さく呟いてめそめそ泣き始めたオーガス兄様。またかよ。こいつ長男のくせにすぐ泣くな。

「どうしてこう変な思考になってしまうのか」
「思春期なんじゃない?」

 人が変になるのはだいたい思春期だと相場が決まっている。励ましの意味でぽんぽん頭を叩き続けているとオーガス兄様は顔を覆ってしまう。

「絶対に違うし、君にそういうこと言われたくない」

 気難しい兄様だな。だがこの人二十四と言っていたな。遅めの思春期かな?
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