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117 お泊まり

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「今夜はユリス様のお部屋にお泊まりしてもいいですか?」
「え、いやだ」

 クレイグ団長に呼ばれていたティアン。ようやく戻ってきたと思ったら唐突にそんなことを言い始めた。片手には荷物の詰まったバッグを持っている。なかなか戻ってこないと思っていたら、どうやら一度帰宅してお泊まり準備をしてきたらしい。俺まだいいって言ってないのに。

 ブルース兄様はセドリックを引き連れて去って行った。俺の部屋にはジャンとティアン、そして黒猫ユリスがいる。お子様ばっかりだ。俺が面倒みないといけない状況になってしまった。

 丁重にお断りすれば、ティアンは眉を寄せる。

「なぜですか」
「夜はゆっくりしたい」
「朝昼晩ずっとゆっくりしているじゃないですか」

 失礼な奴だな。昼間はやることがたくさんある。お菓子泥棒アロンからお菓子を守ったり、黒猫ユリスをもふもふしたり、ティアンと庭で遊んであげたり、ジャンに見つからないよう隠しお菓子を確認したりとか色々。

「夜はひとりでゆっくりしたいの。ティアンの面倒みている暇はないの」

 だから遠慮してくれと言ったのだが、なぜかティアンは拳を握りしめた。

「何度でも言いますが! 僕がユリス様の面倒をみているんです! そこは譲りません!」

 偉そうに腰に手をあてたティアン。どうやらクレイグ団長にお泊まりしてこいと言われたらしい。なんて余計なことを。どうやらアリーお兄さんのことを警戒しているらしい。確かに怪しいお兄さんではあったがお菓子をくれるいい人である。だがブルース兄様は相当彼を警戒しているらしい。

 ヴィアン家の騎士たちがこれだけ見回りを強化しているにも関わらず、捕えられないどころか俺に二度目の接触を許してしまったことに危機感を抱いているようだ。俺をひとりにしないためにティアンを送り込んできたってところか。

「ジャンでいいよ。ティアンじゃなくて」
「別に僕でもいいじゃないですか。それにジャンに任せるのは可哀想です」

 なぜ?
 でも確かにジャンは俺に対してオドオドしているからな。夜中も一緒となると彼はきっとストレスでどうにかなってしまうだろう。あの困った性癖が出てきても困る。

「……大人しくできる?」
「僕をなんだと思っているんですか」
「猫は貸さないから」
「貸して欲しいなんて言ってません」

 仕方がない。ここは大人の俺が折れてやろう。


※※※


「そろそろ寝ますよ」
「今いいとこなの。先に寝てていいよ」

 セドリックもジャンも今日は早めに自室に引き上げて行った。ティアンがいるから大丈夫という判断らしい。セドリックはただでさえ最近忙しそうだからな。俺のことは気にせずゆっくり休んで欲しい。

 俺の部屋に残ったティアンは「夜ふかししない!」と口煩い。泊めてもらっている身で随分と偉そうだ。

 一方の俺は新しいお菓子の隠し場所を考えているところだった。昼間にセドリックにもらった焼き菓子のあまりを一体どこに置いておくべきか。ティアンがちらちらとこちらを見てくるのが鬱陶しい。こいつは口が軽いからな。隠しお菓子の場所をジャンに教えてしまうかもしれない。

 俺としてはティアンが寝た後にこっそり隠したいのだが、ティアンはなかなか寝ない。それどころか俺に早く寝ろと偉そうに命令してくる。

「先程からなにをコソコソとしているんですか」

 ついには業を煮やしたらしいティアンが俺の手元を覗き込んでくる。そうしてお菓子を捉えたその目が吊り上がる。

「こんな時間にお菓子なんて食べたらいけません!」
「食べないから! 隠すだけ!」
「隠さない!」

 俺の手から焼き菓子を引ったくったティアンは「まったくもう! 油断も隙もないですね」と肩を怒らせている。返せよ、俺のお菓子。

「それ俺のなんだけど?」
「明日食べましょうね。いま何時だと思っているんですか」

 明日食べましょうってなに? なんでティアンが食べるタイミングを決めるんだよ。てかまさか一緒に食べるつもりか? 俺のだよ。おまえの分はない。

 ありったけの大声で返せと騒いでやれば、なんだか廊下が騒がしくなっていることに気がついた。「あ、ちょっとユリス様、静かにしてください」とティアンが俺の口を塞ごうと手を伸ばしてくる。それを回避するため逃げ回っていれば、ノックもなしに寝室のドアが開け放たれた。

「……なにをやっているんだ」

 顔を覗かせたブルース兄様は不機嫌だった。背後にはセドリックの姿も見える。俺の大声を聞いて駆けつけてきたらしいふたりに、ティアンの悪行を報告してやる。

「ティアンが俺のお菓子とった!」
「うるさい! はやく寝ろ!」

 なぜか俺を一喝した兄様は苛立ったようにドアを閉めて帰って行った。

 なんだあれ。
 取り残されたセドリックは、俺にチラリと視線を投げると「ユリス様、もう夜も遅いのでお静かに」と言って戻って行った。

「……ティアン、静かにしないとダメだよ」
「……こっちのセリフです」
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