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96 優しさ
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翌日。
いつも通り朝食を食べていた俺は、昨日の黒猫の話をぼんやりと思い出していた。なんだか内容が衝撃的過ぎてちょっと整理ができないが、要するにセドリックが可哀想ということだけはわかった。
失恋したサムを励ますよりも先にセドリックを励ます方がいいかもしれない。
かいがいしく俺の世話を焼くジャンの背後。壁際で普段通りに控えるセドリックを観察する。
理不尽な目にあったにも関わらずちゃんと仕事をこなす様は流石プロというべきか。でも黒猫の話だとセドリックは自分を解任したのがオーガス兄様だと知っているんだよな。だったら彼はユリスのことをそんなに恨んでいないのかもしれない。オーガス兄様のことをどう思っているのかは謎だけど。
野菜をどけつつ好きな物だけ食べる俺にジャンがなにか言いたそうにしている。どうせ好き嫌いするなと言いたいのだ。無視無視。
デザートの苺に手を伸ばしてふと思い付く。
セドリックに優しくすると決めた手前、実行せねばならない。小皿に盛られた苺は三つ。
苺を前に固まった俺を見て、ジャンが「どうかなさいましたか?」と顔を青くする。こいつは俺が少しでもおかしな動きをすると絶望顔を見せてくる。どういうつもりなのか。ジャンの問いかけを無視して俺は苺をふたつ口に放り込んだ。美味い。
そうして残ったひとつをセドリックに差し出した。
「あげる」
一瞬だけ変な顔をしたセドリックは「お気遣いなく」と目を伏せてしまう。
「遠慮せずに」
「お口に合いませんでしたか?」
「ううん。美味しいよ」
てかセドリック。もしかして俺が気に食わん食べ物を押し付けていると思ったのか。俺はそんなに性格悪くないぞ。
しばらくセドリックと格闘するが、彼は頑なに拒否してくる。真面目過ぎるのもどうかと思う。
結局彼が受け取ってくれなかった苺は俺の口の中に消えた。美味しかった。
その後も俺は頑張った。
セドリックに優しくするために、戸棚に隠していたクッキーを取り出して差し出したのだが受け取ってもらえなかった。「そんなところに隠してたんですか⁉︎」とジャンが驚愕していたがそんなの無視だ。ちなみにクッキーは横から忍び寄ってきた黒猫にとられた。なんて嫌な猫だ。
そして昼食。
もしかしてセドリックは甘い物が嫌いなのかもしれないと思ってサラダを差し出したがこれも撃沈した。
おかしい。大人はみんな野菜が好きなはずなのに。「好き嫌いはダメですよ」とジャンが弱々しく俺を窘めてきたが勘違いしないでほしい。これは別に俺が嫌いな物を押し付けたとかではなく、大人が好きであろう物をセドリックにあげただけだ。受け取ってもらえなかったけど。
どうしよう。俺の優しさ全然受け取ってもらえない。
困った俺はのこのこやって来たお子様ティアンを引き連れてブルース兄様の部屋に向かった。
「なんか美味しいお菓子ちょうだい」
「なぜ? 理由によっては考えてやらんこともない」
偉そうに腕を組んだブルース兄様は執務机でふんぞり返る。ちなみに猫は部屋に置いて来た。あいつはなんか面倒くさがりな一面がある。一緒に遊んでくれないし愛想も悪い。
「美味しいお菓子食べたいから」
「却下」
正直に答えたのにあっさり却下されてしまった。酷い兄様だ。
「弟には優しくしろ!」
「図々しい奴だな」
帰れと冷たくあしらってくる兄様はダメだ。俺はくるりと背を向けて、ソファーでまったりしているアロンに狙いを定めた。
「アロン」
「俺はなにも持ってませーん。残念でした」
にこりと笑ったアロンは性格が悪い。わざとらしく両手を広げて手ぶらアピールしてくる。しかし俺は知っている。こいつがいつも上着の内ポケットにお菓子を隠し持っていることを。
俺の機嫌をとりたい時や、俺を適当に追い払いたい時にそこからお菓子を取り出して渡してくる。俺がお菓子ひとつでどうにかなると思ったら大間違いだぞ。
ビシッと内ポケットのあたりを指差せば、アロンは肩をすくめる。
「今日は持ってませーん」
「嘘だ」
「本当ですよ。ほら」
そう言ってアロンは上着を脱いで渡してくる。俺は必死にポケットを探ったが言葉通りお菓子は出てこなかった。ショックだ。
予定の狂った俺は呆然と立ち尽くす。そんな俺の肩をティアンが控えめに叩いた。
「お菓子漁りに来たんですか?」
こくこくと頷いて肯定すればティアンが呆れたと眉を顰める。
「どんだけ食い意地張ってるんですか」
「俺が食べるわけじゃないもん」
この言葉にブルース兄様が怪訝な顔をした。
「おまえ以外に誰が食べるんだ」
「セドリック」
「はぁ?」
変な声を上げたブルース兄様。突然名前を呼ばれたセドリックも目を見開いている。
「セドリックに美味しいお菓子をあげようと思って」
「なぜ?」
「セドリックは可哀想だから」
副団長を解任されて可哀想な男なのだと説明してやれば、ブルース兄様は「おまえ、自分で解任しておいて何を今更」と頰を引き攣らせた。
いままで無言で成り行きを見守っていたジャンが、気が付いてしまったという表情で口を開く。
「もしかして、それが理由で今朝からやたらセドリック殿に食べ物を分け与えようとしていらっしゃったのですか?」
そういうことだ。
うんうん頷けば、ブルース兄様とティアンが露骨に困惑していた。
「セドリックに優しくしてあげようと思って」
俺の決意を堂々と表明するが、ブルース兄様はあんまり納得していないみたいだ。
「おまえの優しさは食い物を分け与えることなのか? もっとこう、他にやりようがあるだろ」
そうか?
美味しい物をもらうのが一番嬉しいと思うけど。
「セドリック殿は大人なんですよ。ユリス様と同じように考えるのは失礼ですよ」
「ティアン。俺は大人なの。お子様はティアンの方だろ」
「何度でも言いますが僕の方が年上です」
そんなわけないだろ。精神年齢的には俺の方がずっと年上だ。
いつも通り朝食を食べていた俺は、昨日の黒猫の話をぼんやりと思い出していた。なんだか内容が衝撃的過ぎてちょっと整理ができないが、要するにセドリックが可哀想ということだけはわかった。
失恋したサムを励ますよりも先にセドリックを励ます方がいいかもしれない。
かいがいしく俺の世話を焼くジャンの背後。壁際で普段通りに控えるセドリックを観察する。
理不尽な目にあったにも関わらずちゃんと仕事をこなす様は流石プロというべきか。でも黒猫の話だとセドリックは自分を解任したのがオーガス兄様だと知っているんだよな。だったら彼はユリスのことをそんなに恨んでいないのかもしれない。オーガス兄様のことをどう思っているのかは謎だけど。
野菜をどけつつ好きな物だけ食べる俺にジャンがなにか言いたそうにしている。どうせ好き嫌いするなと言いたいのだ。無視無視。
デザートの苺に手を伸ばしてふと思い付く。
セドリックに優しくすると決めた手前、実行せねばならない。小皿に盛られた苺は三つ。
苺を前に固まった俺を見て、ジャンが「どうかなさいましたか?」と顔を青くする。こいつは俺が少しでもおかしな動きをすると絶望顔を見せてくる。どういうつもりなのか。ジャンの問いかけを無視して俺は苺をふたつ口に放り込んだ。美味い。
そうして残ったひとつをセドリックに差し出した。
「あげる」
一瞬だけ変な顔をしたセドリックは「お気遣いなく」と目を伏せてしまう。
「遠慮せずに」
「お口に合いませんでしたか?」
「ううん。美味しいよ」
てかセドリック。もしかして俺が気に食わん食べ物を押し付けていると思ったのか。俺はそんなに性格悪くないぞ。
しばらくセドリックと格闘するが、彼は頑なに拒否してくる。真面目過ぎるのもどうかと思う。
結局彼が受け取ってくれなかった苺は俺の口の中に消えた。美味しかった。
その後も俺は頑張った。
セドリックに優しくするために、戸棚に隠していたクッキーを取り出して差し出したのだが受け取ってもらえなかった。「そんなところに隠してたんですか⁉︎」とジャンが驚愕していたがそんなの無視だ。ちなみにクッキーは横から忍び寄ってきた黒猫にとられた。なんて嫌な猫だ。
そして昼食。
もしかしてセドリックは甘い物が嫌いなのかもしれないと思ってサラダを差し出したがこれも撃沈した。
おかしい。大人はみんな野菜が好きなはずなのに。「好き嫌いはダメですよ」とジャンが弱々しく俺を窘めてきたが勘違いしないでほしい。これは別に俺が嫌いな物を押し付けたとかではなく、大人が好きであろう物をセドリックにあげただけだ。受け取ってもらえなかったけど。
どうしよう。俺の優しさ全然受け取ってもらえない。
困った俺はのこのこやって来たお子様ティアンを引き連れてブルース兄様の部屋に向かった。
「なんか美味しいお菓子ちょうだい」
「なぜ? 理由によっては考えてやらんこともない」
偉そうに腕を組んだブルース兄様は執務机でふんぞり返る。ちなみに猫は部屋に置いて来た。あいつはなんか面倒くさがりな一面がある。一緒に遊んでくれないし愛想も悪い。
「美味しいお菓子食べたいから」
「却下」
正直に答えたのにあっさり却下されてしまった。酷い兄様だ。
「弟には優しくしろ!」
「図々しい奴だな」
帰れと冷たくあしらってくる兄様はダメだ。俺はくるりと背を向けて、ソファーでまったりしているアロンに狙いを定めた。
「アロン」
「俺はなにも持ってませーん。残念でした」
にこりと笑ったアロンは性格が悪い。わざとらしく両手を広げて手ぶらアピールしてくる。しかし俺は知っている。こいつがいつも上着の内ポケットにお菓子を隠し持っていることを。
俺の機嫌をとりたい時や、俺を適当に追い払いたい時にそこからお菓子を取り出して渡してくる。俺がお菓子ひとつでどうにかなると思ったら大間違いだぞ。
ビシッと内ポケットのあたりを指差せば、アロンは肩をすくめる。
「今日は持ってませーん」
「嘘だ」
「本当ですよ。ほら」
そう言ってアロンは上着を脱いで渡してくる。俺は必死にポケットを探ったが言葉通りお菓子は出てこなかった。ショックだ。
予定の狂った俺は呆然と立ち尽くす。そんな俺の肩をティアンが控えめに叩いた。
「お菓子漁りに来たんですか?」
こくこくと頷いて肯定すればティアンが呆れたと眉を顰める。
「どんだけ食い意地張ってるんですか」
「俺が食べるわけじゃないもん」
この言葉にブルース兄様が怪訝な顔をした。
「おまえ以外に誰が食べるんだ」
「セドリック」
「はぁ?」
変な声を上げたブルース兄様。突然名前を呼ばれたセドリックも目を見開いている。
「セドリックに美味しいお菓子をあげようと思って」
「なぜ?」
「セドリックは可哀想だから」
副団長を解任されて可哀想な男なのだと説明してやれば、ブルース兄様は「おまえ、自分で解任しておいて何を今更」と頰を引き攣らせた。
いままで無言で成り行きを見守っていたジャンが、気が付いてしまったという表情で口を開く。
「もしかして、それが理由で今朝からやたらセドリック殿に食べ物を分け与えようとしていらっしゃったのですか?」
そういうことだ。
うんうん頷けば、ブルース兄様とティアンが露骨に困惑していた。
「セドリックに優しくしてあげようと思って」
俺の決意を堂々と表明するが、ブルース兄様はあんまり納得していないみたいだ。
「おまえの優しさは食い物を分け与えることなのか? もっとこう、他にやりようがあるだろ」
そうか?
美味しい物をもらうのが一番嬉しいと思うけど。
「セドリック殿は大人なんですよ。ユリス様と同じように考えるのは失礼ですよ」
「ティアン。俺は大人なの。お子様はティアンの方だろ」
「何度でも言いますが僕の方が年上です」
そんなわけないだろ。精神年齢的には俺の方がずっと年上だ。
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