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86 帰りたくない

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「ユリス様。いい加減帰りますよ」
「嫌だ」

 せっかくフランシスの家に来たのに全然ベネットと遊べていない。ろくに会話すらしていない。全てはフランシスのせいだ。無表情で突っ立っているベネットの背中にしがみつけば、ティアンが眉を吊り上げる。

「ユリスくん。そろそろベネットを返して欲しいのだけれど」

 苦笑するフランシスとふたりがかりで俺を引き離しにかかってくる。十歳児相手になんて非情な奴らだ。酷いと泣き真似をすれば「こんな時だけ子供ぶるのはやめなさい」とティアンが偉そうに腰に手をあてる。自分だって大人ぶってるくせに。

「ベネットうちにおいでよ」
「私には勿体無いお言葉でございます」

 丁寧に断ったベネットはつれない。「そんなこと言わずに!」と食い下がるが色よい返事はもらえない。「一体ベネットのどこを気に入ったんだい?」とフランシスがしきりに首を傾げている。どう考えてもこの素敵な長髪以外にないだろう。どうしてそんなわかりきったことを訊くのか。

「ユリス様、そろそろ帰りませんとブルース様が心配されますよ」

 困り顔のロニーとベネットを見比べる。そしてせっかくだからと右手でベネット、左手でロニーと手を繋ぐ。

「みてティアン」
「なんですか」
「両手に花」
「馬鹿なこと言っていないで帰りますよ」

 やれやれとゆるく首を振ったティアン。「またいつでも遊びにおいで」とにこやかなフランシス。

「またベネットに会いにくる」
「できれば僕にも会いにきて欲しいけどね」

 軽くウインクを飛ばしたフランシスはなんだか楽しそうだ。俺がベネットに絡みに行く様子を見るのが好きらしい。

 ちらりとキャリーに目をやる。穏やかな表情だった彼は、俺と目が合った瞬間に一瞬だけ動きを止めたようにみえた。


※※※


「ちゃんとお土産渡してきたよ」

 帰宅するなりブルース兄様に報告すれば、背後のティアンが「ちゃんと?」と首を傾げた。帰り道もこれまた長かった。馬車は揺れるしティアンはうるさいし。ここまで頑張って帰ってきた俺を褒めて欲しい。

「美味しかった」
「食ったのか⁉︎」

 きちんと味の感想も伝えてやればブルース兄様は頭を抱えた。「ちゃんと隠しておけとあれほど言ったのに」とジャンを睨みつけている。可哀想なジャン。

「まさかフランシスに寄越せとねだったわけじゃないよな?」
「フランシスが一緒に食べようって言った」

 だから俺の方からねだったわけではない。しかし横からティアンが「ユリス様が言ったんでしょう」と苦い顔で余計な口を挟んでくる。

 だがお土産を渡すというミッションはきちんと遂行したのだ。俺は満足だ。ベネットにも会えたことだし。

 にこにことブルース兄様を見上げるが、兄様は難しい顔をしていた。よくわからんが兄様も苦労しているんだな。

「兄様も大変だね」
「おまえがそれを言うか」

 キッと俺を睨みつけたブルース兄様は、大きくため息をつく。俺を部屋まで送ってくれた兄様はとても疲れた顔をしていた。なぜ長距離移動してきた俺たちよりも兄様の方が疲れているのか。納得いかない。

 帰り道も長かったためすっかり夕飯の時間だ。本来はもう少し早めに帰宅するつもりだったのだが、俺がベネットとの別れを惜しんだせいで遅くなってしまった。だって思っていた以上にフランシスの家が遠かったし。そんな頻繁に会いに行ける距離ではないからな。ベネットの長髪を目に焼き付けておかなければ。

「すぐに夕飯を準備させる」
「お腹いっぱい」
「はぁ?」

 眉を寄せたブルース兄様。しかし満腹なのは事実なのでどうしようもない。正直夕飯はもう入りそうにない。

「そりゃあ。あれだけ食べればそうでしょうね」

 遠い目をしたティアンは「ケーキにお菓子に、あと帰りの馬車でもなんか食べていましたよね」と俺の食べた物を片っ端から数えていく。ちなみに馬車の中で食べていたのはフランシスにもらったお菓子だ。ベネットと交換でもらったやつ。美味しかった。

「今度は兄様も一緒に行く? ベネットにも会えるよ」

 兄様は返事の代わりに息を吐いた。そして去り際に「遊んでばかりいないで勉強しろ」と非常に嫌なセリフを残していった。

「じゃあ僕も帰りますね」
「ばいばいティアン」

 結局出番のなかったお飾りバッグを手に、ティアンは去って行った。あいつがどこに住んでいるのかは不明だが、割と気軽にやって来るので案外近いところに住んでいるのかもしれないな。
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