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56 内緒話

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「馬に乗らないと遠出もできませんよ」
「一生家に引き篭もるから大丈夫」
「まったく大丈夫ではないですね」

 だって怖いんだから仕方がない。体の大きな馬の側にいるのも耐えられなくなってきて、そそくさと距離をとる。

「さよならクレイグ団長。もう馬はいいかな」

 このまま逃走してしまおうとクレイグ団長に手を振れば、「またいつでもお声がけください」と柔和な返答があった。俺が乗馬したいと言うことはこの先ないだろうから気にしないで欲しい。

 早く部屋に戻ろう。セドリックは片付けがあるとかでクレイグ団長と一緒になって馬の手綱を握っている。ジャンと共に歩き出せば、ティアンもついてきた。

「なんでついてくんの?」
「僕はユリス様のお側付きなのですが」

 てっきり父親であるクレイグ団長の手伝いでもするのかと思っていたのに。午前中のうちにティアンが俺に引っ付いて回るのは珍しいな。

 騎士棟付近を通りかかれば、訓練中らしき騎士たちとすれ違う。ロニーがいたりしないかな、と視線を巡らせるが特徴的な長髪は見当たらない。残念。

「ねぇ、ティアン」
「なんですか」
「サムって知ってる?」
「うちに紛れていた間者ですよね。王立騎士団の第何部隊だかの副隊長と聞きましたけど」
「サムがなんでうちに潜入してたか知ってる?」
「王太子殿下の悪戯でしょう」

 違うんだな、それが。
 詳しい話を知らないらしいティアンは「違うんですか?」と目を瞬いている。まぁティアンはまだ子供だし。気がつかなくとも無理はない。これはブルース兄様たちでさえ見抜けなかったことなのだから。

「あのね、ここだけの話なんだけどね」
「はぁ」
「サムってロニーのことが好きなんだよ」
「……はい? なんですって?」

 怪訝な顔をしたティアンは、ちらりとジャンの様子を伺う。どうやら俺の話を信じていないらしい。

「これはマジな話だから」
「誰に聞いたんですか」
「サム」
「サム本人が言ったんですか⁉︎」
「まあね」

 なんかたぶんそんな感じのことを言っていたような気がする。照れ隠しのためかはっきり「好き」とは言わなかったけど。態度でわかる。

「あ、でもこの話は内緒だよ。誰にも言わないって約束だから」

 絶対に口外するなよと言い含めれば、ティアンは「よくわかりませんけど」と偉そうに腕を組む。

「ユリス様が恐ろしく口が軽いということだけはわかりました」
「俺口堅いよ」
「どの口が言ってるんですか」

 俺だって誰彼かまわず広めたりしない。ちゃんと伝える相手は絞ってるからセーフだ。

「でね、サムとロニーの応援をしてあげようと思うんだけど」
「それたぶん余計なお世話だと思うのでやめた方がよろしいかと」
「そうかな?」

 でもティアンはお子様だしな。こういう恋愛ごとにはまだ縁がないんだと思う。この件に関してはこいつの助言はあてにならないな。

「これからなにされるんですか。今日はカル先生は来ないですよね」

 俺の内緒話を信じていないのか、ティアンはあっさり話題を変えてしまう。まだ恋愛ごとに興味が持てないお年頃なのだろう。

「いつも午前中は何されてるんですか?」
「庭で遊んだり、部屋でゴロゴロしたり」
「もっと有意義な時間の使い方をした方がいいですよ」
「十分有意義だよ」

 ティアンは部屋でダラダラしない派の人間か? 嘘だろ。

「もう少し活動的になりましょうよ。家に引き篭もってどうするんですか」

 そんなこと言われても。てか家の外に出ていいの? なんか護衛とか物々しいことになりそうだから遠慮してたのに。

「だったら街にでも遊びに行きません? 俺が案内しますよ」

 突然割り込んできた第三者の声に、足を止める。

「いつからいたの、アロン」
「少し前から。俺気配消すの得意なんです」

 そんな胸を張られても反応に困るよ。よほど驚いたのかティアンが目を見開いている。ジャンはたいして驚いていなかったからたぶん気がついていたのだろう。教えてくれよ。

 どうですか? と小首を傾げるアロンは、さり気なく俺と手を繋いでくる。それを目敏く発見したティアンが振り払おうと俺らの間に強引に割って入ってくる。やめろ。

「街には行ってみたいけど、アロンはべつについてこなくていいよ」
「酷いですね」

 だってアロンはクソ野郎だし。変なトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。しかし街には行ってみたい。馬から街へと興味が移った俺は、すっかりその気になってしまう。

「いつ行く? いまから?」
「今からでも構いませんけど」
「ユリス様は冷めやすいので。明日になればやっぱり行かないと言い出しますよ」

 どうやらティアンはさっきのことを根に持っているらしい。器の小さい男だな。
 行きたい行きたいと騒げば、アロンは「じゃあ行きましょうか」と陽気にのってきてくれる。普段はクソ野郎だけど楽しいことには全力で向き合うこの姿勢だけは尊敬してやらなくもない。

「でもその前にブルース様に報告しておかないと」

 後のことは任せてくださいと胸を叩いて、アロンは颯爽と消えていった。

「えっと。ティアンもいく?」

 一応誘っておいてやるか。声をかけると、ティアンは「行くに決まってるでしょう」と偉そうな返答をよこした。決まってねぇよ、図々しいな。
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