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45 側室とは

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 場を取り直すように軽く咳払いをしたブルース兄様。久しぶりの再会だというのに随分と素っ気ない態度だ。相変わらず目力強いし。そしてその目が俺とエリックの仲良く繋がれた手に注がれている。

「あ、そうだ。ブルース兄様」
「なんだ」
「カル先生に会ったよ」
「……そうか」

 ものすごく興味なさそうに言い捨てる間も、ブルース兄様の目は俺とエリックの手に向けられている。
 なんだろう。もしかして兄様も俺と手を繋ぎたいのかな? 恥ずかしくて言い出せないとか? 気はすすまないが俺はできた弟なのでたまには兄様にも気を使ってやろう。そう思って空いている左手を差し出せばひどく怪訝な顔をされた。なんでだよ。

 そういえばカル先生に渡された教科書を棚に押し込んだままだ。べつにいっか。教科書の存在を頭の中から追いやっていると、エリックが握った手をぶらぶらと振ってくる。力が強いため時折俺の体ごと振り回されそうになる。手加減してくれよ。

「マーティーがカル殿に勉強をみてもらっているんだ」
「マーティー?」
「私の弟だ。ユリスも何度か会っただろう?」
「う、うん」

 知らねえ。会ったこともねえよ。
 とりあえずエリックにはマーティーという弟がいるのか。覚えておこう。

「ところで、いつの間に仲良くなられたのですか」

 ブルース兄様が信じられないという顔をしている。もしかしてユリスってエリックと仲悪かったのか? ユリスってなんだか全員と仲悪いな。どういうことだよ。コミュニケーション下手くそなタイプの子供だったのだろうか? これからは俺も初対面の相手には素っ気ない対応をとったほうがいいのだろうかと真剣に悩んでしまう。

 うんうん頭を酷使しているとエリックが生真面目な顔でブルース兄様を見つめていることに気がついた。

「ところでブルース」
「なんでしょう」
「おまえの弟を私にくれないだろうか」
「え、嫌」

 ブルース兄様を差し置いて反射的に嫌だと拒絶すれば、エリックが目を丸くして俺を凝視してくる。ブルース兄様も静かに息を呑んでいる。

「は? おまえは了承しただろう?」
「してない」

 んな覚えはないぞ。くださいってなに? 弟ってそんな気軽にあげたりするものじゃないだろ。そうだよね? え、それともこの世界は弟の譲り合いって普通なの? そんなバカな。

「エリックの弟になるのは嫌。ウザいから」
「おいこら」

 だって事実だろ。いつも俺をペットのように撫で回しているじゃないか。あれウザいんだよ、マジで。
 一気に不機嫌になったエリックは、掴んでいた手をぐっと引き寄せる。十歳児の俺は抵抗できるわけもなくエリックの方へと引っ張られてそのまま抱き上げられてしまう。抱っこはいいけど、絶対に落とすなよ? 意外とがっしりしているエリックにしがみつくと、ポンポンと背中をあやすように叩かれた。まるで子供扱いである。納得いかない。

「ユリスを私の側室にしてやろうと思ってな」
「は? いまなんと?」

 あぁ、その話いまするのね。呑気にふたりを見守っていると、ブルース兄様が予想以上に低い声で応じる。なんだかブチ切れる寸前みたいな雰囲気だ。

「だから側室にしてやると言っている」

 偉そうに言い放ったエリックに、ブルース兄様が盛大に顔を引き攣らせている。後ろのセドリックもピシッと固まっている。なんだか不穏な空気が流れ始めた。

「……お断りします」

 やがて苦々しく吐き出した兄様は、エリックの腕の中にいる俺をキッと睨みつけてくる。

「おいユリス。おまえまさか側室になると言ったのか?」
「い、いってない。保留にしてただけ」
「んなもの保留にするんじゃない! さっさと断れ!」

 こっわ。
 迫力のある大声に首をすくめる。エリックは涼しい顔だ。

「ユリスはブルースにきいてみないとわからないと言っていたが?」
「俺に丸投げするんじゃない!」

 ひぇ。だって俺ひとりじゃあなにもわかんないし。いいじゃん別にそれくらい。

 エリックに抱っこされているのをいいことに、俺は彼の高級そうな服に顔を埋める。ブルース兄様がガミガミと口煩い。全部聞こえないフリをしていると今度は兄様の矛先がエリックに向かう。

「殿下も悪ふざけはやめてください。十歳の子供を側室になんて馬鹿げています」
「じゃあユリスが成人するまでは待ってやる」
「待たなくてよろしい。そもそもユリスは男です」
「だから正室ではなく側室にしたんだが」
「いらん気遣いをしないでいただきたい」

 男とか成人とかなんだか予想もしていなかった単語がぽんぽん飛び交う。

 あれ、結局側室ってなんなんだよ。俺的にはもっと軽い感じで考えていたのに、ブルース兄様の様子をみるにそうでもないのか? 俺なんかやらかしたのか? 我慢できなくなった俺はエリックの袖を引っ張った。しかし俺が口を開くよりもはやく割り込んでくる者がいた。

「いくら従兄弟とはいえ、お身内の、それも同性の子供を側室にするなど国王陛下がお許しにならないと思われますが?」

 全員の視線がそちらに集まる。
 壁際に並ぶ白騎士さんのひとりが眼鏡をくいっと押し上げていた。どうしよう。ものすごく見覚えのある顔です。にこっと人当たりのいい笑顔を浮かべた白騎士さん。

 おそらく全員がその正体に気が付いたのだろう。ブルース兄様がひくりと頬を引き攣らせ、室内に動揺が広がる。

「……アロン、おまえ。これはつまりおまえが王立騎士団からの間者ってことでいいのか?」
「バカ言うな。あんな奴を雇うほど我が騎士団は人員不足ではない」

 ブルース兄様の疑問を一蹴したエリックに、生真面目な表情をしたアロンが食ってかかる。

「殿下! 人員不足でないと私は雇っていただけないのですか?」
「安心しろ。どれだけ人員不足になってもおまえを雇うことはない」
「殿下は相変わらず失礼な方ですね」
「おまえもな。今度こそ不敬罪でしょっぴくぞ」

 へらへらと応じたアロンは、変装用の伊達眼鏡を外した。
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