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20 おかえりジャン

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「長らくお側を離れたこと深くお詫び申し上げます」
「それはいいけど。ちゃんと休めた?」
「はい。もちろんでございます」

 宣言通り三日の休暇の後、舞い戻ってきたジャンは相変わらず青い顔をしていた。なぜ? ちゃんと休めてないのかな? 謎である。

 朝、顔を合わせるなり深々とお辞儀してきたジャンの背後には、ここ三日ですっかり見慣れた元副団長さんがいる。
 彼はジャンの代わりとして来ていただけだからおそらくこれでお役御免なのだろう。そう思っていたのに、元副団長さんが部屋から出ていく気配がない。なんでだろう。

 俺の困惑を嗅ぎ取ったジャンが元副団長さんを指し示す。

「ユリス様の護衛にとのことです」

 護衛。果たして家の中で必要なものなのか。しかしユリスは貴族らしいからな。安全のためにも必要なのだろう。今まで居なかったのになぜ突然にという感じもするが。

「じゃあ改めてよろしく。えっと?」

 そういえば名前を聞いていない。

「よろしくお願い申し上げます、ユリス様。どうぞ私のことはセドリックとお呼びください」

 元副団長さん、もといセドリックは綺麗なお辞儀をしてみせる。ジャンよりよほど従者っぽい丁寧な仕草だ。

「うん。よろしく、セドリック」

 握手を求めて手を差し出せば、セドリックが小さく息を呑む。

「ご容赦くださいませ」
「ん?」

 結局セドリックは握手に応じてくれなかった。あれか? 使用人が主人と握手なんてできない的な話かな? でもアロンだったらにこやかに応じてくれそうな気がするけど。

 セドリックはどうやら生真面目な性格らしい。

 さすがは元とはいえ副団長。常に気配を消して控えているためたまに存在を忘れそうになるくらいだ。心臓に悪い。

 側に控える人数が増えただけで俺の日常はたいして変わりない。ジャンは変わらずオロオロしているし、セドリックも基本的には口を閉ざしたまま。うーん、気まずい。

 ティアンがやって来るまで時間がある。どうやって時間を潰そうか。腕を組んで真剣に考えていると、なにやらジャンがテーブルの端にそっと乗せた。つられて確認した俺は「うぇ」と顔を顰める。
 ジャンが置いたのはヴィアン家に関する書物だ。どうやらうちに関する歴史がつらつらと書き連ねられている代物らしい。てかお家の歴史をまとめた本があるってどういうことだよ。どうやらヴィアン家は相当に大きな家らしい。お抱え騎士団もあるしなぁ。

 そういえば家庭教師のカル先生がヴィアン家について勉強しておくようにと言っていたな。あの時ジャンは休暇中でいなかったはずなのに、なぜこれを持って来るのか。もしやティアンが告げ口したのか。そうに違いない。ティアンめ!

 ここにいない口煩い子供を恨めしく思っても仕方がない。

 俺はジャンの差し出した本を見なかったことにした。

「ユリス様。こちらで予習しておくようにとカル殿から言付かっております」

 ジャン。おまえ普段はろくに会話しないくせに。なんでこんな時だけ饒舌なのか。

 ジャンに言われてばっちり目があった以上、聞こえなかったフリは無理がある。しかし勉強はしたくない。なんで午後から授業があるのに、さらに午前中まで勉強しないといけないのか。俺は前世でも勉強嫌いな高校生だったんだぞ。

 よし、普通に無視しよう。

 ひとつ頷いて席を立つ。目を丸くするジャンをスルーして廊下へ出る。案の定、ジャンは苦言を呈することなく付いてくる。セドリックも無言で後に続く。

 とりあえず逃亡成功だ。


※※※


 ところで逃亡先はどうするか。俺はあまり屋敷内には詳しくない。屋敷の外なんてもっとダメだ。どうもユリスは引き篭もり気質だったらしい。俺が外出しないことについて苦言を呈する者はいない。それどころか庭遊びをすれば「最近元気だな」とブルース兄様に怪訝な顔をされる始末である。子供は遊ぶのが仕事でしょうが!

「ブルース兄様は?」
「自室にいらっしゃるかと」

 お?
 てことは。自然と俺の足は屋敷の裏に向かう。行き先を察したらしいジャンが挙動不審となる。いつものことだ。

「ユ、ユリス様。騎士団にはあまり近づくなとブルース様が」
「バレなきゃ大丈夫!」

 ぐっと親指を立ててみせれば、ジャンが口元を覆って何事かを飲み込むような仕草をする。わかりやすく目を泳がせていたが、それ以上なにも言ってこないので俺は足を止めることなく前に進んだ。セドリックも無表情で付いてくる。

 まっすぐ騎士団に向かうと注目の的なので森の方へと迂回してからこっそり近づく。セドリックはさすが騎士というべきか、落ち葉や枝の多い場所でも足音ひとつ立てることなくスムーズに進んでいる。
 一方のジャンはあわあわと無駄な動きが多く、なんというか、うん。そのうち見つかりそうだ。べつにいいけど。

 そうして訓練場が見える位置に到着した俺は、木陰に隠れてさっそくお目当ての人物を探す。

 そう! 長髪男子くんである!

 ティアンはあまり乗り気ではなかったからな。あいつとはことごとく趣味が合わない。まぁ、ティアンはまだ子供だし。精神年齢高校生の俺と噛み合わないのも無理はないさ。

 今日もカッコいい長髪男子くんは、剣を構えて素振りしているところだった。うーん、憧れる。マジで飽きずに見ていられる。あわよくばお友達になりたいが俺にはハードルが高い。せめてお名前だけでも聞き出したい。

 悶々と頭を悩ませていると、両肩にぽんっと手を置かれた。ジャン? いや、ジャンはそんなことしないし、おそらくセドリックでもないはず。

 じゃあ一体誰が?

「こんなところで何をしていらっしゃるのですか?」
「アロン!」

 涼しげな声に振り返ると、にこりと微笑んだアロンがいた。
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