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15 無口な人
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結論として、ジャンは疲れているのだということになった。
そりゃそうだろう。俺の知る限りジャンは文字通り朝から晩まで俺のそばにいる。休んでいる様子もないし、むしろ俺の部屋に住んでるんか?と言いたくなるような状態だった。どこのブラック企業だよ。
そんなお疲れのジャンは休むべきというのがブルース兄様たちが出した結論だった。
なんか俺がやらかしたことについて無理やり穏便な解決策を見出したみたいな感じだったな。説明するときのブルース兄様がとても苦い顔をしていた。
というわけで本日からジャンはしばらくお休みである。「二、三日ほど休暇をいただきます」と申し出たジャンはいつも通り青い顔をしていた。もしかして体調不良でいつも顔色悪かったんか? 悪いことをしたな。ジャンには是非二、三日といわず心置きなく体調を整えて欲しい。
しかしジャンがいない生活なんて俺にできるだろうか。なんせここは異世界で、まだこちらに来て日にちも浅い。いままではとりあえずぼけっとしていればジャンが全部やってくれていた。ひとりで生活できるだろうか。でもティアンもいるしなんとかなるだろう。
そう思い朝から気合いを入れた俺であったが、なんの前触れもなく部屋のドアが開け放たれたことで出鼻を挫かれる。
「おい、ユリス」
「……ブルース兄様」
ノックくらいしろよな、こいつ。
露骨に顔を顰める俺を気にする素振りもみせず、ブルース兄様はズカズカ室内に足を踏み入れると、背後に引き連れていた男を顎で示した。
「ジャンの代わりだ。文句は受け付けん」
「は?」
きっぱり言い切ると、ブルース兄様はそのままくるりと背を向けて出て行こうとする。
「ちょっと兄様!」
「俺は忙しい。あとはそいつに聞け」
慌てて追いかけるが、鼻先で派手な音を立ててドアが閉められた。しんと静まり返る室内。
普段は出て行けと言っても根気強く居座るくせに。なんでこんな時だけ素早く出て行くのか。脳筋兄様め。マジで空気が読めないらしい。
ひくりと頬を引き攣らせ、俺はおそるおそる背後を振り返る。俺と目が合うなり、兄様が残していった男は小さく頭を下げる。
「よろしくお願い申し上げます」
淡々とした声は、感情が読みにくい。
騎士団の制服を着ているため騎士であることは間違いない。二十代後半くらいだろうか。黒に近い茶髪をさっぱりと整え、きりっとした表情だ。生真面目な雰囲気で、誠実さが滲み出ている。初めてみる顔だ。
「よ、よろしく」
一応挨拶を返しておくと、男が微かに目を見開いた気がした。
そのまま待ってみるが、相手が口を開く気配はない。えっと、ブルース兄様があとはこの人に聞けって言っていたのだが。どうやら説明する気はないらしい。
うーん、困った。
もしかしたらジャン以上にコミュニケーションが難しい人かもしれない。
※※※
「こんにちは、ユリス様」
「遅い!」
「なんですか? 急に」
ぱちぱちと目を瞬くティアンは、まったくわからないという顔をしている。
ブルース兄様が置いていった騎士さんは無口なんてものじゃなかった。マジでなにも喋らない。
俺が着替えに困れば無言でそっと手を貸してくれるし、椅子も引いてくれる。しかし喋らない。気まずいにも程がある。
ジャンの方がまだマシだ。ジャンは会話こそままならないが一応反応は返してくれるし苦笑いのようなものも見せてくれる。しかしこの騎士さんは終始無表情で、いまだに名前すら名乗ってくれない。俺嫌われてんのか? 初対面なのに?
ジャンには心置きなく休暇を楽しんでこいと言ったが撤回したい。早く帰ってきてくれ、ジャン。
そんなこんなで非常に困った時間を過ごしていた俺であったが、頼みのティアンがやって来たのは昼食を食べてすっかり寛いでいた頃だった。
「もっと早く来い」
「無理ですよ。僕、朝は勉強があるので。むしろなんでユリス様はいつも暇そうにしているのですか?」
「暇じゃない。忙しい」
「はぁ。まぁそういうことにしておいてあげてもいいですけど」
上から目線で言ってのけたティアンは、壁際に佇む例の騎士さんに眉を顰めた。
「あの従者はどうしたんですか?」
「しばらくお休み。ジャンは疲れてるから」
「なるほど。クビにしたんですね。いいんじゃないですか」
こいつ人の話聞いてないのか? クビじゃなくて休暇だって言ってるだろうが。
訂正するが、ティアンは不思議そうな顔をしている。その目が、じっと騎士さんを見据えている。
「で? あの人は? これから処刑するんですか?」
「しないよ⁉︎」
びっくりした。急に何を言い出すんだ、こいつ。あまりの驚きに大声を出せば、ティアンが「え」と驚愕の声を上げた。なんでおまえが驚くんだ。
「でもあの人元副団長ですよね。処刑しないならなんであの人がここに居るんですか」
こいつどういう思考回路してんだ。
今更こそこそと小声になるティアンの言葉に耳を疑う。
「え、あの人副団長なの?」
「いや、元ですよ。元。もちろん今は違います」
なにがもちろんなんだ。
てか今は違うって。なんで?
慌てて手を振るティアンは、こてんと首を傾げる。
「もしかして従者の代わりですか?」
「そうだよ。ブルース兄様がそう言ってた」
「あぁ、なるほど」
何やら納得顔で頷いたティアンはそれきり騎士さんへの興味を失ったようだった。てか副団長といえば何かあったんじゃなかったっけ? ジャンやアロンが事あるごとに副団長の件云々と口を滑らせていたことを思い出す。
それにしても。
やっぱり子供の考えていることはよくわからない。なんで急に処刑なんて物騒な単語が出てくるのか。子供の相手も大変だな。
そりゃそうだろう。俺の知る限りジャンは文字通り朝から晩まで俺のそばにいる。休んでいる様子もないし、むしろ俺の部屋に住んでるんか?と言いたくなるような状態だった。どこのブラック企業だよ。
そんなお疲れのジャンは休むべきというのがブルース兄様たちが出した結論だった。
なんか俺がやらかしたことについて無理やり穏便な解決策を見出したみたいな感じだったな。説明するときのブルース兄様がとても苦い顔をしていた。
というわけで本日からジャンはしばらくお休みである。「二、三日ほど休暇をいただきます」と申し出たジャンはいつも通り青い顔をしていた。もしかして体調不良でいつも顔色悪かったんか? 悪いことをしたな。ジャンには是非二、三日といわず心置きなく体調を整えて欲しい。
しかしジャンがいない生活なんて俺にできるだろうか。なんせここは異世界で、まだこちらに来て日にちも浅い。いままではとりあえずぼけっとしていればジャンが全部やってくれていた。ひとりで生活できるだろうか。でもティアンもいるしなんとかなるだろう。
そう思い朝から気合いを入れた俺であったが、なんの前触れもなく部屋のドアが開け放たれたことで出鼻を挫かれる。
「おい、ユリス」
「……ブルース兄様」
ノックくらいしろよな、こいつ。
露骨に顔を顰める俺を気にする素振りもみせず、ブルース兄様はズカズカ室内に足を踏み入れると、背後に引き連れていた男を顎で示した。
「ジャンの代わりだ。文句は受け付けん」
「は?」
きっぱり言い切ると、ブルース兄様はそのままくるりと背を向けて出て行こうとする。
「ちょっと兄様!」
「俺は忙しい。あとはそいつに聞け」
慌てて追いかけるが、鼻先で派手な音を立ててドアが閉められた。しんと静まり返る室内。
普段は出て行けと言っても根気強く居座るくせに。なんでこんな時だけ素早く出て行くのか。脳筋兄様め。マジで空気が読めないらしい。
ひくりと頬を引き攣らせ、俺はおそるおそる背後を振り返る。俺と目が合うなり、兄様が残していった男は小さく頭を下げる。
「よろしくお願い申し上げます」
淡々とした声は、感情が読みにくい。
騎士団の制服を着ているため騎士であることは間違いない。二十代後半くらいだろうか。黒に近い茶髪をさっぱりと整え、きりっとした表情だ。生真面目な雰囲気で、誠実さが滲み出ている。初めてみる顔だ。
「よ、よろしく」
一応挨拶を返しておくと、男が微かに目を見開いた気がした。
そのまま待ってみるが、相手が口を開く気配はない。えっと、ブルース兄様があとはこの人に聞けって言っていたのだが。どうやら説明する気はないらしい。
うーん、困った。
もしかしたらジャン以上にコミュニケーションが難しい人かもしれない。
※※※
「こんにちは、ユリス様」
「遅い!」
「なんですか? 急に」
ぱちぱちと目を瞬くティアンは、まったくわからないという顔をしている。
ブルース兄様が置いていった騎士さんは無口なんてものじゃなかった。マジでなにも喋らない。
俺が着替えに困れば無言でそっと手を貸してくれるし、椅子も引いてくれる。しかし喋らない。気まずいにも程がある。
ジャンの方がまだマシだ。ジャンは会話こそままならないが一応反応は返してくれるし苦笑いのようなものも見せてくれる。しかしこの騎士さんは終始無表情で、いまだに名前すら名乗ってくれない。俺嫌われてんのか? 初対面なのに?
ジャンには心置きなく休暇を楽しんでこいと言ったが撤回したい。早く帰ってきてくれ、ジャン。
そんなこんなで非常に困った時間を過ごしていた俺であったが、頼みのティアンがやって来たのは昼食を食べてすっかり寛いでいた頃だった。
「もっと早く来い」
「無理ですよ。僕、朝は勉強があるので。むしろなんでユリス様はいつも暇そうにしているのですか?」
「暇じゃない。忙しい」
「はぁ。まぁそういうことにしておいてあげてもいいですけど」
上から目線で言ってのけたティアンは、壁際に佇む例の騎士さんに眉を顰めた。
「あの従者はどうしたんですか?」
「しばらくお休み。ジャンは疲れてるから」
「なるほど。クビにしたんですね。いいんじゃないですか」
こいつ人の話聞いてないのか? クビじゃなくて休暇だって言ってるだろうが。
訂正するが、ティアンは不思議そうな顔をしている。その目が、じっと騎士さんを見据えている。
「で? あの人は? これから処刑するんですか?」
「しないよ⁉︎」
びっくりした。急に何を言い出すんだ、こいつ。あまりの驚きに大声を出せば、ティアンが「え」と驚愕の声を上げた。なんでおまえが驚くんだ。
「でもあの人元副団長ですよね。処刑しないならなんであの人がここに居るんですか」
こいつどういう思考回路してんだ。
今更こそこそと小声になるティアンの言葉に耳を疑う。
「え、あの人副団長なの?」
「いや、元ですよ。元。もちろん今は違います」
なにがもちろんなんだ。
てか今は違うって。なんで?
慌てて手を振るティアンは、こてんと首を傾げる。
「もしかして従者の代わりですか?」
「そうだよ。ブルース兄様がそう言ってた」
「あぁ、なるほど」
何やら納得顔で頷いたティアンはそれきり騎士さんへの興味を失ったようだった。てか副団長といえば何かあったんじゃなかったっけ? ジャンやアロンが事あるごとに副団長の件云々と口を滑らせていたことを思い出す。
それにしても。
やっぱり子供の考えていることはよくわからない。なんで急に処刑なんて物騒な単語が出てくるのか。子供の相手も大変だな。
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