あやかしだって困ってるんです！～それ僕が解決するんですか？～

第5話 あやかしだって前進したい！

１０ 黒

　山瀬さんのせいで無駄な時間を消費してしまった。

「では、開けるぞ」

　少年姿に戻った彼は、悪びれる様子もなく二〇一号室の扉に手をかけている。その真剣な表情を見ていると文句のひとつも言えなくなるからやっぱりイケメンはズルい。

「よし、開いたぞ」

　そんなことを考えている間に、山瀬さんはあっさりと扉を突破した。いままでの苦労はなんだったのか。唖然とする僕を横目に、彼はさっさと中へ上がってしまう。

「ちょっと山瀬さん。靴脱いで」

　慌てて指摘すれば、一歩踏み出していた山瀬さんがぴたりと動きを止めた。土足で上がれば、絶対に朱音に怒られるぞ。

「あぁ、そうか。猫には靴を履く習慣がないからな。ついつい忘れてしまうのだ」

　そんなことを言いながら、靴を脱ぎ捨てる。

「では、行くぞ」
「待ってくださいって」

　山瀬さんが脱ぎ捨てた靴を揃えて、僕も後に続く。朱音の家を訪れるのは、これが二度目だ。室内は静まり返っており、朱音が顔を出す様子もない。深呼吸をして、心を落ち着ける。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、山瀬さんは遠慮なしに進んでいく。そして、僕が心の準備をする前に部屋へと突入してしまった。

「待たせたなぁ！」
「そんな勢いよく乗り込まなくても」

　もう少し静かに行動した方がよいのでは？
　けれども、僕の提案はすぐに吹き飛んだ。

「……遅かったか」

　室内を一瞥して、山瀬さんが忌々し気に吐き捨てた。

　黒い。

　一目見て思ったのは、それだった。
　黒いなにかが、室内で蹲っている。
　微かに上下している様から、生き物だと遅れて気が付く。

「あれは……？」

　思わず、前に居た山瀬さんの裾を掴む。思案するように腕を組んだ彼は、やがて黒い瞳で僕を見上げた。

「なんだと思う？」

　問われて、返答に詰まる。
　ここは朱音の部屋で、だから――。

「もしかして、朱音？」

　自信がなくて、まさかと思いつつも答えれば、山瀬さんがゆっくりと頷いた。
　部屋の中央で蹲る黒い影は、よくよく目を凝らせば手足や耳、目などが確認できた。その姿かたちは、大型犬を彷彿とさせる。

　山瀬さんが猫で、朱音が犬？　説明を求めて山瀬さんを見遣れば、ふうっと息を吐き出した。

「朱音は犬神だ」