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第4話 あやかしだって喧嘩したい!
11 猫基準のアドバイス
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「あと少しだ。急ぐぞ」
山瀬さんの声で現実に引き戻される。汗を拭って歩を速める。相変わらず目的地はわからないままだが、周辺は閑静な住宅街だ。僕の家とは反対方向のため普段は足を運ばないエリアだ。物珍し気に周囲を見回していると、山瀬さんがぴたりと足を止めた。
「む。ここにいたのか」
なにが? 山瀬さんの視線を追うとそこには一匹の猫がいた。住宅の塀の上で丸くなっているのは綺麗な毛並みを持つ白猫だった。
「おい、マリ」
マリと呼びかけられた白猫はちらりと視線を寄越す。青みがかった瞳が気だるげに細められた。
「ちょいと話がある。こっちに来てくれ」
「そっちの坊やはなんだい?」
くわっと欠伸をして、白猫が気怠い声を発した。……また猫が喋ったよ。もしかして、マリさんも化け猫なんだろうか。それとも、僕が知らないだけで猫は人語を操るものなのだろうか。
「猫って喋るものなんですか?」
「喋るわけないだろう。山瀬とマリは化け猫だからな」
呆れたように山瀬さんが顔を掻く。よかった、ただの猫は喋らないらしい。僕の常識は間違ってはいなかった。
「こちらは優斗。あやかし相談事務所の人間だ」
「おや。宮下が人間を雇ったっていう噂は本当だったのかい」
ひらり。音もなく着地したマリさんは細い体をうんと伸ばした。山瀬さんみたく普通の猫のふりをしてどこかのお家でお世話になっているのか汚れひとつない美しい白だ。というか僕、猫のあいだで噂になっているのか。まぁ、猫といっても化け猫だけれども。
「それで? 相談事務所がなんの用だい」
住宅街の一角に腰を下ろしたマリさんが余裕たっぷりの態度で話を促す。
「え? いや僕は山瀬さんについて来ただけで」
「山瀬に? 一体あたしになんの用だい」
「なに。おまえが八太と喧嘩したって聞いたからなぁ」
「余計なことを」
猫二匹が対面して人語を操っている様は見ていて違和感しか覚えない。このなんとも言い難い引っ掛かりを誰かと共有したくても、生憎周りには当の猫たちしかいない。やるせない思いを抱えていると、山瀬さんとマリさんが揃ってこちらを見上げてきた。合計四つの瞳が僕を遠慮なく見つめてくる。
「なにを突っ立っているんだ。座ったらどうだ?」
「そうさ。遠慮なんてせずにお座り」
いや、遠慮しているわけではないのだが。
さすがに道端で猫に囲まれて座り込むわけにもいかない。そう伝えれば、二匹は不思議そうに目を瞬いた。
「優斗は変わっているな」
「宮下が選ぶだけはある」
どういう意味だ。あれか? 僕があやかし相談事務所で働くことになったのは僕が変人だからって言いたいのか? 失礼な。
ムッとすれば、仕方がないと猫二匹が立ち上がった。
「優斗のために場所を変えるか」
恩着せがましく言ったのは山瀬さんだ。
「それならいい場所がある」
こっちに来いとマリさんが先導を買って出る。
「一応訊くけど、どこに行くつもりなんですか」
警戒しすぎかもしれないが、相手は化け猫だ。これまでのやり取りからも彼らの感覚を信頼すると痛い目に合うのは学習済みだ。すると、マリさんは得意げに鼻を鳴らした。
「この先によく餌をくれる爺さんがいるのさ。そこの家にお邪魔すればいい」
「無理だから……!」
訊いてよかった。知らずについて行ったら今度こそヤバかった。
「どうしてだい?」
「マリさんは猫だからいいけどね! 僕がいきなり訪ねて行ったらそれこそ変な人ですから」
猫と一緒の感覚で行動させるのはやめて欲しい。
「優斗はだめなことばかりだなぁ」
そんなことでは生きていくのに苦労するぞ。
呑気にそんなアドバイスを寄越した山瀬さんは、面倒臭いと言わんばかりにゆるりと尻尾を揺らした。
山瀬さんの声で現実に引き戻される。汗を拭って歩を速める。相変わらず目的地はわからないままだが、周辺は閑静な住宅街だ。僕の家とは反対方向のため普段は足を運ばないエリアだ。物珍し気に周囲を見回していると、山瀬さんがぴたりと足を止めた。
「む。ここにいたのか」
なにが? 山瀬さんの視線を追うとそこには一匹の猫がいた。住宅の塀の上で丸くなっているのは綺麗な毛並みを持つ白猫だった。
「おい、マリ」
マリと呼びかけられた白猫はちらりと視線を寄越す。青みがかった瞳が気だるげに細められた。
「ちょいと話がある。こっちに来てくれ」
「そっちの坊やはなんだい?」
くわっと欠伸をして、白猫が気怠い声を発した。……また猫が喋ったよ。もしかして、マリさんも化け猫なんだろうか。それとも、僕が知らないだけで猫は人語を操るものなのだろうか。
「猫って喋るものなんですか?」
「喋るわけないだろう。山瀬とマリは化け猫だからな」
呆れたように山瀬さんが顔を掻く。よかった、ただの猫は喋らないらしい。僕の常識は間違ってはいなかった。
「こちらは優斗。あやかし相談事務所の人間だ」
「おや。宮下が人間を雇ったっていう噂は本当だったのかい」
ひらり。音もなく着地したマリさんは細い体をうんと伸ばした。山瀬さんみたく普通の猫のふりをしてどこかのお家でお世話になっているのか汚れひとつない美しい白だ。というか僕、猫のあいだで噂になっているのか。まぁ、猫といっても化け猫だけれども。
「それで? 相談事務所がなんの用だい」
住宅街の一角に腰を下ろしたマリさんが余裕たっぷりの態度で話を促す。
「え? いや僕は山瀬さんについて来ただけで」
「山瀬に? 一体あたしになんの用だい」
「なに。おまえが八太と喧嘩したって聞いたからなぁ」
「余計なことを」
猫二匹が対面して人語を操っている様は見ていて違和感しか覚えない。このなんとも言い難い引っ掛かりを誰かと共有したくても、生憎周りには当の猫たちしかいない。やるせない思いを抱えていると、山瀬さんとマリさんが揃ってこちらを見上げてきた。合計四つの瞳が僕を遠慮なく見つめてくる。
「なにを突っ立っているんだ。座ったらどうだ?」
「そうさ。遠慮なんてせずにお座り」
いや、遠慮しているわけではないのだが。
さすがに道端で猫に囲まれて座り込むわけにもいかない。そう伝えれば、二匹は不思議そうに目を瞬いた。
「優斗は変わっているな」
「宮下が選ぶだけはある」
どういう意味だ。あれか? 僕があやかし相談事務所で働くことになったのは僕が変人だからって言いたいのか? 失礼な。
ムッとすれば、仕方がないと猫二匹が立ち上がった。
「優斗のために場所を変えるか」
恩着せがましく言ったのは山瀬さんだ。
「それならいい場所がある」
こっちに来いとマリさんが先導を買って出る。
「一応訊くけど、どこに行くつもりなんですか」
警戒しすぎかもしれないが、相手は化け猫だ。これまでのやり取りからも彼らの感覚を信頼すると痛い目に合うのは学習済みだ。すると、マリさんは得意げに鼻を鳴らした。
「この先によく餌をくれる爺さんがいるのさ。そこの家にお邪魔すればいい」
「無理だから……!」
訊いてよかった。知らずについて行ったら今度こそヤバかった。
「どうしてだい?」
「マリさんは猫だからいいけどね! 僕がいきなり訪ねて行ったらそれこそ変な人ですから」
猫と一緒の感覚で行動させるのはやめて欲しい。
「優斗はだめなことばかりだなぁ」
そんなことでは生きていくのに苦労するぞ。
呑気にそんなアドバイスを寄越した山瀬さんは、面倒臭いと言わんばかりにゆるりと尻尾を揺らした。
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