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第3話 あやかしだって青春したい!
9 私って変?
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やって来たのは、先程まで僕らが寛いでいた朱音の自宅だった。今回もあやかし相手の相談事である。下手に外で喋るよりはこちらの方がいろいろと安心だろうという配慮からだ。
「座ったらどうなんだ?」
つい一時間ほど前の僕と同じく物珍し気に朱音の部屋を見回す恵さんに、朱音が眉を寄せる。けれども、恵さんはそんなことはお構いなしに嬉々とした表情で一通り物色して、笑顔で振り返った。
「驚くほど個性のない部屋だね!」
「悪かったな」
つまりは、ごく普通の部屋と言いたいらしい。たぶん。どこか悪意を感じたのは気のせいだろう。
満足したのか、ようやく腰を下ろした恵さんは、今度はテーブルの上に置かれたままになっていたケーキの残骸を見つけてあっと声を上げた。
「朱音くん。誰とケーキ食べてたの? もしかして彼女?」
恵さんはおそらく好奇心の塊なのだろう。気になったことは遠慮せずにどんどん突っ込んでいくスタイルらしい。だが残念ながら今回は彼女の期待には沿えない。
「違う。さっきまで優斗さんと一緒だったんだよ。だよな?」
目を向けられて頷く。
「うん。残念ながら」
「なにが残念なんだ」
「彼女じゃなくて悪かったねってことだよ」
ちなみに僕は先程と同じくベッドを背後にして座っている。その横に朱音。丁度ふたりで恵さんと向かい合う形に落ち着いた。ケーキを食べた相手が僕だと知った恵さんはつまらなそうに唇を尖らせた。
「なんだぁ。朱音くんに彼女ができたら全力で弄ってやろうと思ってたのに」
「よし。彼女ができてもおまえにだけは絶対に教えない」
「なんでよ! 私と朱音くんの仲じゃない」
「どんな仲だ」
ぽんぽんと軽口を叩く様子からも、ふたりの仲のよさが窺えた。恵さんは昔からの知り合いだと言っていたが、具体的に昔とはどれくらい昔なのだろうか。あやかしは人間よりも長生きだというから、きっと僕の想像よりも遠い昔に知り合ったのだろうか。
「それで? 緊急事態ってなんだ」
朱音が声を発したことで、ふと我に返る。恵さんの明るい態度ですっかり忘れていたが、彼女は相談事があって朱音に連絡を寄越したのだ。自然と居住まいを正す僕は、そのまま向かいに座る恵さんの返答を待つ。
「……実は、ちょっと困ったことがあってね」
少し目を泳がせた後、恵さんは決意したように顔を上げた。
「私って変っ?」
「あぁ」
間髪入れずに肯定した朱音。
「え? どこが? 私ってすっごい普通の女子高生だよね」
「どこがだ」
腕を組んで目を眇める朱音は、なにか心当たりでもあるのだろうか。
「えっと、僕は普通だと思いますけど」
ちょっと好奇心旺盛なところはあるが、それも含めて別段おかしなところはない。一緒にいて彼女があやかしであると気が付く人はいないだろう。口を挟めば、恵さんがわかりやすく目を輝かせた。
「だよね! 全然変じゃないよね!」
「そう思いますけど」
けれども、朱音は納得がいかないらしい。なにか言いたげにこちらを見ている。なんで無言なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。そんなことを思っていると、先程まで騒がしかった恵さんがふと声のトーンを落とした。
「私、学校でちょっと浮いてるかもしれない」
「え?」
どちらかといえば、恵さんは持ち前の明るさで常にクラスの中心にいそうなイメージなので意外だった。
「別にいじめられてるとか、そういうわけじゃないんだけど。でもなんか距離を感じるっていうか」
なんでだろうねと首を傾げる恵さんは、控え目に笑みを浮かべていた。
「えっとぉ……」
まさかそんなことを聞かれるとは思ってもいなかった僕は、突然の問いかけにどう答えたものかと頬を掻く。
恵さんには申し訳ないが、これはお手上げだ。詳しい状況もわからない以上、下手にアドバイスなんてできない。というか、これはあやかし云々以前の問題だろう。もしかしたら恵さんの勘違いという可能性も捨てきれない。人間関係なんて、複雑怪奇なものだ。改善方法なんて見当もつかない。
だが、このまま黙っておくわけにもいかない。助けを求めて隣の朱音を見遣れば、彼は少し眉を持ち上げただけで具体的な解決策を提示することはなかった。
もしかして機嫌が悪いのか? こっそりと朱音を盗み見ると、とても機嫌がよいとはいえない表情をしている。いや、でも朱音の機嫌が悪いのはいつものことだ。
なにはともあれ、朱音は役に立ちそうにない。もしかしてまだ有休のことを引きずっているのだろうか。いい加減、諦めて仕事をして欲しい。
「なんかクラスに馴染めていないっていうか。ぎこちなさを感じるっていうかぁ。どうしたらいいと思う?」
「どうしたらって――」
そんなの僕が知りたい。
「クラスの人に直接訊いてみる、とか?」
苦し紛れに絞り出した提案は、我ながらどうしようもないほど安直なものだった。
「……優斗くん」
心なしか、恵さんの顔色が晴れない気がする。それもそうだ。そんな力業で解決できないからわざわざ朱音を頼って来たのだろう。
「君、天才なのっ?」
あ、違った。きらきらと目を輝かせる恵さんは、放っておくといまにも駆け出していきそうな雰囲気がある。さりげなくそれを妨害しつつ、先程の発言を訂正する。
「いや、ごめん。現実的に考えて無理ですよね」
「なんで? すっごく簡単でお手軽じゃん」
「な、なんかごめんなさい」
顔を覆うが、恵さんはいまだに首を傾げている。
これはあれか? 人間とあやかしの感覚の違いの問題なのか? いやでも朱音は呆れた顔でこちらを見ている。ということはただ単に恵さんの性格なのだろうか。というか、朱音。見ていないで助けろよ。
「座ったらどうなんだ?」
つい一時間ほど前の僕と同じく物珍し気に朱音の部屋を見回す恵さんに、朱音が眉を寄せる。けれども、恵さんはそんなことはお構いなしに嬉々とした表情で一通り物色して、笑顔で振り返った。
「驚くほど個性のない部屋だね!」
「悪かったな」
つまりは、ごく普通の部屋と言いたいらしい。たぶん。どこか悪意を感じたのは気のせいだろう。
満足したのか、ようやく腰を下ろした恵さんは、今度はテーブルの上に置かれたままになっていたケーキの残骸を見つけてあっと声を上げた。
「朱音くん。誰とケーキ食べてたの? もしかして彼女?」
恵さんはおそらく好奇心の塊なのだろう。気になったことは遠慮せずにどんどん突っ込んでいくスタイルらしい。だが残念ながら今回は彼女の期待には沿えない。
「違う。さっきまで優斗さんと一緒だったんだよ。だよな?」
目を向けられて頷く。
「うん。残念ながら」
「なにが残念なんだ」
「彼女じゃなくて悪かったねってことだよ」
ちなみに僕は先程と同じくベッドを背後にして座っている。その横に朱音。丁度ふたりで恵さんと向かい合う形に落ち着いた。ケーキを食べた相手が僕だと知った恵さんはつまらなそうに唇を尖らせた。
「なんだぁ。朱音くんに彼女ができたら全力で弄ってやろうと思ってたのに」
「よし。彼女ができてもおまえにだけは絶対に教えない」
「なんでよ! 私と朱音くんの仲じゃない」
「どんな仲だ」
ぽんぽんと軽口を叩く様子からも、ふたりの仲のよさが窺えた。恵さんは昔からの知り合いだと言っていたが、具体的に昔とはどれくらい昔なのだろうか。あやかしは人間よりも長生きだというから、きっと僕の想像よりも遠い昔に知り合ったのだろうか。
「それで? 緊急事態ってなんだ」
朱音が声を発したことで、ふと我に返る。恵さんの明るい態度ですっかり忘れていたが、彼女は相談事があって朱音に連絡を寄越したのだ。自然と居住まいを正す僕は、そのまま向かいに座る恵さんの返答を待つ。
「……実は、ちょっと困ったことがあってね」
少し目を泳がせた後、恵さんは決意したように顔を上げた。
「私って変っ?」
「あぁ」
間髪入れずに肯定した朱音。
「え? どこが? 私ってすっごい普通の女子高生だよね」
「どこがだ」
腕を組んで目を眇める朱音は、なにか心当たりでもあるのだろうか。
「えっと、僕は普通だと思いますけど」
ちょっと好奇心旺盛なところはあるが、それも含めて別段おかしなところはない。一緒にいて彼女があやかしであると気が付く人はいないだろう。口を挟めば、恵さんがわかりやすく目を輝かせた。
「だよね! 全然変じゃないよね!」
「そう思いますけど」
けれども、朱音は納得がいかないらしい。なにか言いたげにこちらを見ている。なんで無言なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。そんなことを思っていると、先程まで騒がしかった恵さんがふと声のトーンを落とした。
「私、学校でちょっと浮いてるかもしれない」
「え?」
どちらかといえば、恵さんは持ち前の明るさで常にクラスの中心にいそうなイメージなので意外だった。
「別にいじめられてるとか、そういうわけじゃないんだけど。でもなんか距離を感じるっていうか」
なんでだろうねと首を傾げる恵さんは、控え目に笑みを浮かべていた。
「えっとぉ……」
まさかそんなことを聞かれるとは思ってもいなかった僕は、突然の問いかけにどう答えたものかと頬を掻く。
恵さんには申し訳ないが、これはお手上げだ。詳しい状況もわからない以上、下手にアドバイスなんてできない。というか、これはあやかし云々以前の問題だろう。もしかしたら恵さんの勘違いという可能性も捨てきれない。人間関係なんて、複雑怪奇なものだ。改善方法なんて見当もつかない。
だが、このまま黙っておくわけにもいかない。助けを求めて隣の朱音を見遣れば、彼は少し眉を持ち上げただけで具体的な解決策を提示することはなかった。
もしかして機嫌が悪いのか? こっそりと朱音を盗み見ると、とても機嫌がよいとはいえない表情をしている。いや、でも朱音の機嫌が悪いのはいつものことだ。
なにはともあれ、朱音は役に立ちそうにない。もしかしてまだ有休のことを引きずっているのだろうか。いい加減、諦めて仕事をして欲しい。
「なんかクラスに馴染めていないっていうか。ぎこちなさを感じるっていうかぁ。どうしたらいいと思う?」
「どうしたらって――」
そんなの僕が知りたい。
「クラスの人に直接訊いてみる、とか?」
苦し紛れに絞り出した提案は、我ながらどうしようもないほど安直なものだった。
「……優斗くん」
心なしか、恵さんの顔色が晴れない気がする。それもそうだ。そんな力業で解決できないからわざわざ朱音を頼って来たのだろう。
「君、天才なのっ?」
あ、違った。きらきらと目を輝かせる恵さんは、放っておくといまにも駆け出していきそうな雰囲気がある。さりげなくそれを妨害しつつ、先程の発言を訂正する。
「いや、ごめん。現実的に考えて無理ですよね」
「なんで? すっごく簡単でお手軽じゃん」
「な、なんかごめんなさい」
顔を覆うが、恵さんはいまだに首を傾げている。
これはあれか? 人間とあやかしの感覚の違いの問題なのか? いやでも朱音は呆れた顔でこちらを見ている。ということはただ単に恵さんの性格なのだろうか。というか、朱音。見ていないで助けろよ。
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