上 下
37 / 85
第3話 あやかしだって青春したい!

9 私って変?

しおりを挟む
 やって来たのは、先程まで僕らが寛いでいた朱音の自宅だった。今回もあやかし相手の相談事である。下手に外で喋るよりはこちらの方がいろいろと安心だろうという配慮からだ。

「座ったらどうなんだ?」

 つい一時間ほど前の僕と同じく物珍し気に朱音の部屋を見回す恵さんに、朱音が眉を寄せる。けれども、恵さんはそんなことはお構いなしに嬉々とした表情で一通り物色して、笑顔で振り返った。

「驚くほど個性のない部屋だね!」
「悪かったな」

 つまりは、ごく普通の部屋と言いたいらしい。たぶん。どこか悪意を感じたのは気のせいだろう。
 満足したのか、ようやく腰を下ろした恵さんは、今度はテーブルの上に置かれたままになっていたケーキの残骸を見つけてあっと声を上げた。

「朱音くん。誰とケーキ食べてたの? もしかして彼女?」

 恵さんはおそらく好奇心の塊なのだろう。気になったことは遠慮せずにどんどん突っ込んでいくスタイルらしい。だが残念ながら今回は彼女の期待には沿えない。

「違う。さっきまで優斗さんと一緒だったんだよ。だよな?」

 目を向けられて頷く。

「うん。残念ながら」
「なにが残念なんだ」
「彼女じゃなくて悪かったねってことだよ」

 ちなみに僕は先程と同じくベッドを背後にして座っている。その横に朱音。丁度ふたりで恵さんと向かい合う形に落ち着いた。ケーキを食べた相手が僕だと知った恵さんはつまらなそうに唇を尖らせた。

「なんだぁ。朱音くんに彼女ができたら全力で弄ってやろうと思ってたのに」
「よし。彼女ができてもおまえにだけは絶対に教えない」
「なんでよ! 私と朱音くんの仲じゃない」
「どんな仲だ」

 ぽんぽんと軽口を叩く様子からも、ふたりの仲のよさが窺えた。恵さんは昔からの知り合いだと言っていたが、具体的に昔とはどれくらい昔なのだろうか。あやかしは人間よりも長生きだというから、きっと僕の想像よりも遠い昔に知り合ったのだろうか。

「それで? 緊急事態ってなんだ」

 朱音が声を発したことで、ふと我に返る。恵さんの明るい態度ですっかり忘れていたが、彼女は相談事があって朱音に連絡を寄越したのだ。自然と居住まいを正す僕は、そのまま向かいに座る恵さんの返答を待つ。

「……実は、ちょっと困ったことがあってね」

 少し目を泳がせた後、恵さんは決意したように顔を上げた。

「私って変っ?」
「あぁ」

 間髪入れずに肯定した朱音。

「え? どこが? 私ってすっごい普通の女子高生だよね」
「どこがだ」

 腕を組んで目を眇める朱音は、なにか心当たりでもあるのだろうか。

「えっと、僕は普通だと思いますけど」

 ちょっと好奇心旺盛なところはあるが、それも含めて別段おかしなところはない。一緒にいて彼女があやかしであると気が付く人はいないだろう。口を挟めば、恵さんがわかりやすく目を輝かせた。

「だよね! 全然変じゃないよね!」
「そう思いますけど」

 けれども、朱音は納得がいかないらしい。なにか言いたげにこちらを見ている。なんで無言なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。そんなことを思っていると、先程まで騒がしかった恵さんがふと声のトーンを落とした。

「私、学校でちょっと浮いてるかもしれない」
「え?」

 どちらかといえば、恵さんは持ち前の明るさで常にクラスの中心にいそうなイメージなので意外だった。

「別にいじめられてるとか、そういうわけじゃないんだけど。でもなんか距離を感じるっていうか」

 なんでだろうねと首を傾げる恵さんは、控え目に笑みを浮かべていた。

「えっとぉ……」

 まさかそんなことを聞かれるとは思ってもいなかった僕は、突然の問いかけにどう答えたものかと頬を掻く。
 恵さんには申し訳ないが、これはお手上げだ。詳しい状況もわからない以上、下手にアドバイスなんてできない。というか、これはあやかし云々以前の問題だろう。もしかしたら恵さんの勘違いという可能性も捨てきれない。人間関係なんて、複雑怪奇なものだ。改善方法なんて見当もつかない。

 だが、このまま黙っておくわけにもいかない。助けを求めて隣の朱音を見遣れば、彼は少し眉を持ち上げただけで具体的な解決策を提示することはなかった。

 もしかして機嫌が悪いのか? こっそりと朱音を盗み見ると、とても機嫌がよいとはいえない表情をしている。いや、でも朱音の機嫌が悪いのはいつものことだ。

 なにはともあれ、朱音は役に立ちそうにない。もしかしてまだ有休のことを引きずっているのだろうか。いい加減、諦めて仕事をして欲しい。

「なんかクラスに馴染めていないっていうか。ぎこちなさを感じるっていうかぁ。どうしたらいいと思う?」
「どうしたらって――」

 そんなの僕が知りたい。

「クラスの人に直接訊いてみる、とか?」

 苦し紛れに絞り出した提案は、我ながらどうしようもないほど安直なものだった。

「……優斗くん」

 心なしか、恵さんの顔色が晴れない気がする。それもそうだ。そんな力業で解決できないからわざわざ朱音を頼って来たのだろう。

「君、天才なのっ?」

 あ、違った。きらきらと目を輝かせる恵さんは、放っておくといまにも駆け出していきそうな雰囲気がある。さりげなくそれを妨害しつつ、先程の発言を訂正する。

「いや、ごめん。現実的に考えて無理ですよね」
「なんで? すっごく簡単でお手軽じゃん」
「な、なんかごめんなさい」

 顔を覆うが、恵さんはいまだに首を傾げている。
 これはあれか? 人間とあやかしの感覚の違いの問題なのか? いやでも朱音は呆れた顔でこちらを見ている。ということはただ単に恵さんの性格なのだろうか。というか、朱音。見ていないで助けろよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...