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第2話 あやかしだって就職したい!
12 仲直り!
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事務所に戻るなり、朱音はソファーにどかりと腰を下ろした。足を投げ出して、大きな欠伸をひとつ。どうやら、かなりお疲れのようだ。そんな朱音を見て、宮下さんがくすくすと笑った。
「おや。お仕事は上手くいきましたか。ではコーヒーでもいかがです? 私が淹れて差し上げますが」
「お願いします」
「はい。優斗さんは?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
お願いしますと言えば、宮下さんは給湯室へと姿を消した。デスクに突っ伏していた僕は、少し考えてソファーに移動する。朱音から一番遠いところに座れば、彼がこちらを見ているのがわかった。そちらに顔を遣れば、目が合った。
「あやかしの世界もけっこう面倒なんですよ」
前置きもなしに、朱音がそう溢した。
「あやかしって気楽そうでしょ? でも実際は違うんです。人間世界と同じように役所があって、なにをするにも手続きがいるんです。意外でしょう?」
そう言って、朱音は悪戯っぽく笑った。彼が笑うのは珍しい。やけに機嫌がいいなと思っていると、給湯室からコーヒーの香ばしい香りと共に宮下さんが姿を現した。
「はいはい。コーヒー淹れましたよぉ。優斗さん、本日はお疲れ様でした。いやぁ、あやかしも大変でしょ? 最近はいちいち細かいことも報告しないと上がうるさいんですよぉ。前はもっと自由だったんですけどね。やはりこれも時の流れ故ですかねぇ」
嫌になりますと笑って、宮下さんは僕の隣を占領した。
ありがたくコーヒーを受け取って、口を付ける。なんとも言えない苦みが口内に広がって、思わず顔をしかめた。朱音は先程の笑みを引っ込めて、すっかりといつもの不機嫌顔に戻っていた。各々がコーヒーを楽しむ間、妙な沈黙が場を支配する。
どうしよう。
ずっと、胸の中につっかえていることがある。だけど、口にするのは躊躇われた。でも、いま訊かないと多分ずっとすっきりしないままだ。意を決して、僕は朱音を見据えた。
「……遠藤さんの方がよかったとか、思ってる?」
「なにがですか?」
朱音がわざとらしく首を傾げた。そんな反応しなくても、僕の言いたいことはわかっているはずだ。思わず唇を噛み締めて、でもすぐに続きを付け足す。
「遠藤さんの方が、僕よりずっとあやかしのこと信じてくれるよ。偏見だってないし、そっちの方がいいんじゃないの?」
思ったよりも投げやりとなってしまった。それに反応して、朱音が眉間に皺を寄せる。でも、次々と溢れてくる思いは止まらなかった。
「だって僕、あやかしとか言われてもよくわかんないし。遠藤さんみたいに割り切れないし、仕方ないみたいな感じで朱音たちと一緒にいるとこあるし。全然、あやかしのこと理解できないし――」
「優斗さん」
力強い朱音の声に遮られて、僕は口を閉ざす。けれども、次に続けられた言葉に目を丸くした。
「遠藤さん遠藤さんってうるさいんですよ」
「……え?」
「なんですか、それ。言っときますけどね、俺はいまさらあっちがよかったとか無意味なことは考えないようにしているんです。勝手に俺の気持ち、決めつけないでください」
「で、でも」
「確かに優斗さんは頼りないですよ。あやかしのことだって一向に信じてくれないし。なんでこの人なんだって不満に思ったことも数えきれないくらいあります」
「……だろうね」
「でも。俺は優斗さんのそういうところ、いいと思いますよ」
「朱音……!」
まさか朱音がそんなことを言うなんて。感動した僕は、しかしそっぽを向いた朱音の言葉にがくりと肩を落とした。
「俺と宮下さんは仕事ができるんで。ひとりくらい仕事のできない人間がいてもいいんじゃないですか」
「え、なにそれ。ちょっと朱音!」
むっとして頬を膨らませれば、朱音が顔を隠すようにゆっくりと後ろを向いた。その肩が小刻みに揺れていることに気が付いて、急に恥ずかしくなる。
「笑わないでよ!」
照れ隠しに声を上げれば、今度は宮下さんが口元を覆って震え始めた。
「宮下さんまで……!」
「す、すみません。まさか優斗さんがそんなことを考えていたなんて……! てっきりもう少しお気楽な気分でいるとばかり」
彼も彼でかなり失礼なことを考えている。
どうでもいいが、ふたりとも少し笑いすぎじゃないだろうか。朱音に至っては、普段にこりともしないくせに。
羞恥で赤くなる顔を隠そうと手の平で覆って俯いた。なんだか、こいつらの反応を見ていると、うじうじ悩んでいた自分が馬鹿らしく思えてくる。
もうどうにでもなれ。あやかしだろうが人間だろうが関係ない。僕の前に出て来た奴は全員存在意義を認めてやるから。
半ば諦め気味に決意して、いまだ笑っているあやかしふたりを精一杯睨みつけてやった。
「おや。お仕事は上手くいきましたか。ではコーヒーでもいかがです? 私が淹れて差し上げますが」
「お願いします」
「はい。優斗さんは?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
お願いしますと言えば、宮下さんは給湯室へと姿を消した。デスクに突っ伏していた僕は、少し考えてソファーに移動する。朱音から一番遠いところに座れば、彼がこちらを見ているのがわかった。そちらに顔を遣れば、目が合った。
「あやかしの世界もけっこう面倒なんですよ」
前置きもなしに、朱音がそう溢した。
「あやかしって気楽そうでしょ? でも実際は違うんです。人間世界と同じように役所があって、なにをするにも手続きがいるんです。意外でしょう?」
そう言って、朱音は悪戯っぽく笑った。彼が笑うのは珍しい。やけに機嫌がいいなと思っていると、給湯室からコーヒーの香ばしい香りと共に宮下さんが姿を現した。
「はいはい。コーヒー淹れましたよぉ。優斗さん、本日はお疲れ様でした。いやぁ、あやかしも大変でしょ? 最近はいちいち細かいことも報告しないと上がうるさいんですよぉ。前はもっと自由だったんですけどね。やはりこれも時の流れ故ですかねぇ」
嫌になりますと笑って、宮下さんは僕の隣を占領した。
ありがたくコーヒーを受け取って、口を付ける。なんとも言えない苦みが口内に広がって、思わず顔をしかめた。朱音は先程の笑みを引っ込めて、すっかりといつもの不機嫌顔に戻っていた。各々がコーヒーを楽しむ間、妙な沈黙が場を支配する。
どうしよう。
ずっと、胸の中につっかえていることがある。だけど、口にするのは躊躇われた。でも、いま訊かないと多分ずっとすっきりしないままだ。意を決して、僕は朱音を見据えた。
「……遠藤さんの方がよかったとか、思ってる?」
「なにがですか?」
朱音がわざとらしく首を傾げた。そんな反応しなくても、僕の言いたいことはわかっているはずだ。思わず唇を噛み締めて、でもすぐに続きを付け足す。
「遠藤さんの方が、僕よりずっとあやかしのこと信じてくれるよ。偏見だってないし、そっちの方がいいんじゃないの?」
思ったよりも投げやりとなってしまった。それに反応して、朱音が眉間に皺を寄せる。でも、次々と溢れてくる思いは止まらなかった。
「だって僕、あやかしとか言われてもよくわかんないし。遠藤さんみたいに割り切れないし、仕方ないみたいな感じで朱音たちと一緒にいるとこあるし。全然、あやかしのこと理解できないし――」
「優斗さん」
力強い朱音の声に遮られて、僕は口を閉ざす。けれども、次に続けられた言葉に目を丸くした。
「遠藤さん遠藤さんってうるさいんですよ」
「……え?」
「なんですか、それ。言っときますけどね、俺はいまさらあっちがよかったとか無意味なことは考えないようにしているんです。勝手に俺の気持ち、決めつけないでください」
「で、でも」
「確かに優斗さんは頼りないですよ。あやかしのことだって一向に信じてくれないし。なんでこの人なんだって不満に思ったことも数えきれないくらいあります」
「……だろうね」
「でも。俺は優斗さんのそういうところ、いいと思いますよ」
「朱音……!」
まさか朱音がそんなことを言うなんて。感動した僕は、しかしそっぽを向いた朱音の言葉にがくりと肩を落とした。
「俺と宮下さんは仕事ができるんで。ひとりくらい仕事のできない人間がいてもいいんじゃないですか」
「え、なにそれ。ちょっと朱音!」
むっとして頬を膨らませれば、朱音が顔を隠すようにゆっくりと後ろを向いた。その肩が小刻みに揺れていることに気が付いて、急に恥ずかしくなる。
「笑わないでよ!」
照れ隠しに声を上げれば、今度は宮下さんが口元を覆って震え始めた。
「宮下さんまで……!」
「す、すみません。まさか優斗さんがそんなことを考えていたなんて……! てっきりもう少しお気楽な気分でいるとばかり」
彼も彼でかなり失礼なことを考えている。
どうでもいいが、ふたりとも少し笑いすぎじゃないだろうか。朱音に至っては、普段にこりともしないくせに。
羞恥で赤くなる顔を隠そうと手の平で覆って俯いた。なんだか、こいつらの反応を見ていると、うじうじ悩んでいた自分が馬鹿らしく思えてくる。
もうどうにでもなれ。あやかしだろうが人間だろうが関係ない。僕の前に出て来た奴は全員存在意義を認めてやるから。
半ば諦め気味に決意して、いまだ笑っているあやかしふたりを精一杯睨みつけてやった。
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