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第2話 あやかしだって就職したい!

9 消えた店員

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「これは……?」

 そこにはきれいに片付いた厨房があった。いや、きれいなんてもんじゃない。きれいすぎる。

「ここ、明らかに使ってないですよね」

 朱音の言う通り、厨房は新品同様にピカピカで使用された形跡が一切ない。備え付けの戸棚も空で、調理道具はもちろん調味料や食材なども見当たらない。そしてここに引っ込んだはずの店員の姿もなかった。

「どういうこと?」

 ふたりして、顔を見合わせた。まったくもって状況が理解できない。

 一体なにがどうなっているのか。もう少し情報が欲しくて、恐る恐る足を踏み入れた。はっきり言って、お化け屋敷に入る気分だ。身を縮ませて周囲を見渡すが、特に変わったところはない。少し離れた位置で朱音も鋭い目線を走らせるが、成果はないようだ。

「店員が消えた……」

 口にすれば、徐々に実感が出てきて恐怖を感じた。落ち着け。きっとどこかに出掛けてしまったとかそんなとこだろう。だが、お客のいるこの場面で一体どこに出掛けるというのか。それに、やけにきれいな厨房も気になる。

「朱音」

 怖くなって、僕は朱音に駆け寄った。そっと彼の服の裾を掴めば、鬱陶しいとでも言いたげに舌打ちされた。でも、放すわけにはいかない。

「な、なんで誰もいないの?」
「それがわからないから苦労してるんだろ」
「もう帰ろうよ」
「いま来たばっかりだろうが。ちょっと黙ってろ」

 最終的には邪魔者扱いだ。だが、自分の意思で手伝うと決めたのだ。ここで放り出すのだけは絶対にだめだと自分自身に言い聞かせて、おろおろと周囲に視線を走らせる。傍から見れば、完全にお化け屋敷で怯える人だ。情けなくなるも、実際に恐怖を感じているのだから仕方がない。

「な、なにかわかった?」

 上擦りそうになる声をなんとか押さえて問いかければ、朱音が渋い顔をして首を振った。

「いや。きれいすぎるという他には特に。そろそろ席に戻るか」

 ようやくか。ほっと胸を撫で下ろす僕は、早足に厨房を後にする。席に着くなり、深く息を吐き出した。

「それにしても、遅いな。チーズケーキ」

 やたらとチーズケーキを待ちわびている朱音は席に戻るなりスマホを取り出した。真剣な表情で操作して、それきり黙り込んでしまう。僕は完全に手持ち無沙汰だ。なんとなく頬杖をついて先程まで探っていた厨房の方へと目を向けると、ちょうど店員が出てくるところであった。思わず、悲鳴を上げそうになった。

 さっきはいなかったのに、どうして?

 軽い足音を察してか、はたまた僕がすんでのところで飲み込んだ悲鳴を察してなのかはわからないが朱音も顔を上げて後ろを振り返った。

「大変お待たせいたしました」

 隙のない営業スマイルを浮かべた店員は、手際よく運んできた品をテーブルに並べていく。それを呆然と見遣って、口をポカンと開ける。さながらお化けにでもあった気分だ。……いや、目の前に正真正銘のあやかしがいるんだ。いまさらなにを驚いているのだろうか。
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