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第2話 あやかしだって就職したい!
8 不自然な喫茶店
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「いらっしゃいませ」
奥から駆け寄って来た店員が、僕たちを目にするなり怪訝そうな顔をした。それはそうだ。つい先程帰ったお客が再び姿を現したら無理もない。けれどもきちんと席に案内してくれる。
導かれたのは先程と同じ席。言われた通りそこに腰を落ち着けて、僕はゆっくりと息を吐き出した。朱音と深刻な話をしたせいで、ひどく疲れていた。知らず知らずのうちに緊張していたのかもしれない。
アイスコーヒーをふたつ注文すると、横から朱音がチーズケーキもと口を挟む。それだったらと僕もチョコレートケーキを追加注文した。店員が奥へと引っ込むのをふたりして無言で見送る。
暇を持て余してなんとはなしにメニューを眺めて、次に朱音を見遣る。向かいに座った彼は、いつもの不機嫌顔で厨房の方を凝視していた。そうだ、忘れてはいけない。僕たちの目的はここの従業員があやかしの存在を受け入れてくれるのかを探るためだ。気を引き締めるように姿勢を正した。
「……ここ、あの店員の他に人はいないのか」
奥に目線を固定したまま、朱音が問いを投げかけた。
「いや、そんなことはないと思うけど」
自信なく答えて、首を捻る。
「でも、なんかやけに静かだよね……?」
朱音が頷いた。
普通、喫茶店といったら厨房からなにかしらの物音だったりが聞こえてきてもおかしくはない。だが、ここはやけに静かだ。聞こえる音といえば外で響く蝉時雨くらい。
「厨房から話声くらい聞こえてきてもよさそうなもんだけどな」
鋭い目つきとなる朱音は何事かを考え込むように頬杖をつく。そして、ふと思い至ったというように僕を視界に入れた。
「……優斗さん」
急に優しい猫なで声。嫌な予感がする。そしてそれは見事に的中した。
「ちょっと厨房の方見てきてもらえませんか?」
「やだよ」
即答した。しかし、朱音はその程度で引き下がる奴ではない。
「俺が行ったらすぐにばれるでしょう」
「僕が行っても変わらないと思うけど?」
むしろ朱音が行くよりあっさりと見つかってしまいそうだ。
「優斗さん。俺がこんなにも頼んでるのに」
「そんなに頼んでないじゃん……!」
大袈裟に頭を抱えた朱音は、わざとらしく僕を盗み見る。その目が、とっとと行ってこいと雄弁に語っていた。
「……朱音も一緒に行こうよ」
ひとりは嫌だとみっともなく駄々をこねれば朱音が遠慮なしに眉をひそめた。だが、それ以上の拒絶をしないということは一緒について来てくれると理解して問題ないだろう。
重い腰を持ち上げて、厨房の方を向く。注文した品はまだ出て来そうにない。覗くなら、いまだ。いけないことをしているという後ろめたさから自然と足音を殺して歩を進める。別段、間仕切りなどがあるわけではないが奥まったところにあるため席からは様子を窺うことができないのだ。
朱音が背後にいることを確認して、僕は勇気を振り絞った。
「もしばれたらチーズケーキが遅いからって言えばいいですよ」
「それはそれで嫌なんだけど」
急かすようで、店員に申し訳ない。そんな文句をぶつけるような事態にならないようにと祈りつつ、そっと厨房を覗き込んだ。
「……あれ?」
そこには予想外の光景が広がっていた。間の抜けた声をあげる僕に釣られて、朱音も中を見ようと身を乗り出す。そして、目を見張った。
奥から駆け寄って来た店員が、僕たちを目にするなり怪訝そうな顔をした。それはそうだ。つい先程帰ったお客が再び姿を現したら無理もない。けれどもきちんと席に案内してくれる。
導かれたのは先程と同じ席。言われた通りそこに腰を落ち着けて、僕はゆっくりと息を吐き出した。朱音と深刻な話をしたせいで、ひどく疲れていた。知らず知らずのうちに緊張していたのかもしれない。
アイスコーヒーをふたつ注文すると、横から朱音がチーズケーキもと口を挟む。それだったらと僕もチョコレートケーキを追加注文した。店員が奥へと引っ込むのをふたりして無言で見送る。
暇を持て余してなんとはなしにメニューを眺めて、次に朱音を見遣る。向かいに座った彼は、いつもの不機嫌顔で厨房の方を凝視していた。そうだ、忘れてはいけない。僕たちの目的はここの従業員があやかしの存在を受け入れてくれるのかを探るためだ。気を引き締めるように姿勢を正した。
「……ここ、あの店員の他に人はいないのか」
奥に目線を固定したまま、朱音が問いを投げかけた。
「いや、そんなことはないと思うけど」
自信なく答えて、首を捻る。
「でも、なんかやけに静かだよね……?」
朱音が頷いた。
普通、喫茶店といったら厨房からなにかしらの物音だったりが聞こえてきてもおかしくはない。だが、ここはやけに静かだ。聞こえる音といえば外で響く蝉時雨くらい。
「厨房から話声くらい聞こえてきてもよさそうなもんだけどな」
鋭い目つきとなる朱音は何事かを考え込むように頬杖をつく。そして、ふと思い至ったというように僕を視界に入れた。
「……優斗さん」
急に優しい猫なで声。嫌な予感がする。そしてそれは見事に的中した。
「ちょっと厨房の方見てきてもらえませんか?」
「やだよ」
即答した。しかし、朱音はその程度で引き下がる奴ではない。
「俺が行ったらすぐにばれるでしょう」
「僕が行っても変わらないと思うけど?」
むしろ朱音が行くよりあっさりと見つかってしまいそうだ。
「優斗さん。俺がこんなにも頼んでるのに」
「そんなに頼んでないじゃん……!」
大袈裟に頭を抱えた朱音は、わざとらしく僕を盗み見る。その目が、とっとと行ってこいと雄弁に語っていた。
「……朱音も一緒に行こうよ」
ひとりは嫌だとみっともなく駄々をこねれば朱音が遠慮なしに眉をひそめた。だが、それ以上の拒絶をしないということは一緒について来てくれると理解して問題ないだろう。
重い腰を持ち上げて、厨房の方を向く。注文した品はまだ出て来そうにない。覗くなら、いまだ。いけないことをしているという後ろめたさから自然と足音を殺して歩を進める。別段、間仕切りなどがあるわけではないが奥まったところにあるため席からは様子を窺うことができないのだ。
朱音が背後にいることを確認して、僕は勇気を振り絞った。
「もしばれたらチーズケーキが遅いからって言えばいいですよ」
「それはそれで嫌なんだけど」
急かすようで、店員に申し訳ない。そんな文句をぶつけるような事態にならないようにと祈りつつ、そっと厨房を覗き込んだ。
「……あれ?」
そこには予想外の光景が広がっていた。間の抜けた声をあげる僕に釣られて、朱音も中を見ようと身を乗り出す。そして、目を見張った。
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