上 下
24 / 85
第2話 あやかしだって就職したい!

8 不自然な喫茶店

しおりを挟む
「いらっしゃいませ」

 奥から駆け寄って来た店員が、僕たちを目にするなり怪訝そうな顔をした。それはそうだ。つい先程帰ったお客が再び姿を現したら無理もない。けれどもきちんと席に案内してくれる。

 導かれたのは先程と同じ席。言われた通りそこに腰を落ち着けて、僕はゆっくりと息を吐き出した。朱音と深刻な話をしたせいで、ひどく疲れていた。知らず知らずのうちに緊張していたのかもしれない。

 アイスコーヒーをふたつ注文すると、横から朱音がチーズケーキもと口を挟む。それだったらと僕もチョコレートケーキを追加注文した。店員が奥へと引っ込むのをふたりして無言で見送る。

 暇を持て余してなんとはなしにメニューを眺めて、次に朱音を見遣る。向かいに座った彼は、いつもの不機嫌顔で厨房の方を凝視していた。そうだ、忘れてはいけない。僕たちの目的はここの従業員があやかしの存在を受け入れてくれるのかを探るためだ。気を引き締めるように姿勢を正した。

「……ここ、あの店員の他に人はいないのか」

 奥に目線を固定したまま、朱音が問いを投げかけた。

「いや、そんなことはないと思うけど」

 自信なく答えて、首を捻る。

「でも、なんかやけに静かだよね……?」

 朱音が頷いた。

 普通、喫茶店といったら厨房からなにかしらの物音だったりが聞こえてきてもおかしくはない。だが、ここはやけに静かだ。聞こえる音といえば外で響く蝉時雨くらい。

「厨房から話声くらい聞こえてきてもよさそうなもんだけどな」

 鋭い目つきとなる朱音は何事かを考え込むように頬杖をつく。そして、ふと思い至ったというように僕を視界に入れた。

「……優斗さん」

 急に優しい猫なで声。嫌な予感がする。そしてそれは見事に的中した。

「ちょっと厨房の方見てきてもらえませんか?」
「やだよ」

 即答した。しかし、朱音はその程度で引き下がる奴ではない。

「俺が行ったらすぐにばれるでしょう」
「僕が行っても変わらないと思うけど?」

 むしろ朱音が行くよりあっさりと見つかってしまいそうだ。

「優斗さん。俺がこんなにも頼んでるのに」
「そんなに頼んでないじゃん……!」

 大袈裟に頭を抱えた朱音は、わざとらしく僕を盗み見る。その目が、とっとと行ってこいと雄弁に語っていた。

「……朱音も一緒に行こうよ」

 ひとりは嫌だとみっともなく駄々をこねれば朱音が遠慮なしに眉をひそめた。だが、それ以上の拒絶をしないということは一緒について来てくれると理解して問題ないだろう。

 重い腰を持ち上げて、厨房の方を向く。注文した品はまだ出て来そうにない。覗くなら、いまだ。いけないことをしているという後ろめたさから自然と足音を殺して歩を進める。別段、間仕切りなどがあるわけではないが奥まったところにあるため席からは様子を窺うことができないのだ。

 朱音が背後にいることを確認して、僕は勇気を振り絞った。

「もしばれたらチーズケーキが遅いからって言えばいいですよ」
「それはそれで嫌なんだけど」

 急かすようで、店員に申し訳ない。そんな文句をぶつけるような事態にならないようにと祈りつつ、そっと厨房を覗き込んだ。

「……あれ?」

 そこには予想外の光景が広がっていた。間の抜けた声をあげる僕に釣られて、朱音も中を見ようと身を乗り出す。そして、目を見張った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺がママになるんだよ!!~母親のJK時代にタイムリープした少年の話~

美作美琴
キャラ文芸
高校生の早乙女有紀(さおとめゆき)は名前にコンプレックスのある高校生男子だ。 母親の真紀はシングルマザーで有紀を育て、彼は父親を知らないまま成長する。 しかし真紀は急逝し、葬儀が終わった晩に眠ってしまった有紀は目覚めるとそこは授業中の教室、しかも姿は真紀になり彼女の高校時代に来てしまった。 「あなたの父さんを探しなさい」という真紀の遺言を実行するため、有紀は母の親友の美沙と共に自分の父親捜しを始めるのだった。 果たして有紀は無事父親を探し出し元の身体に戻ることが出来るのだろうか?

付喪神、子どもを拾う。

真鳥カノ
キャラ文芸
旧題:あやかし父さんのおいしい日和 3/13 書籍1巻刊行しました! 8/18 書籍2巻刊行しました!  【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞】頂きました!皆様のおかげです!ありがとうございます! おいしいは、嬉しい。 おいしいは、温かい。 おいしいは、いとおしい。 料理人であり”あやかし”の「剣」は、ある日痩せこけて瀕死の人間の少女を拾う。 少女にとって、剣の作るご飯はすべてが宝物のようだった。 剣は、そんな少女にもっとご飯を作ってあげたいと思うようになる。 人間に「おいしい」を届けたいと思うあやかし。 あやかしに「おいしい」を教わる人間。 これは、そんな二人が織りなす、心温まるふれあいの物語。 ※この作品はエブリスタにも掲載しております。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

もふもふで始めるVRMMO生活 ~寄り道しながらマイペースに楽しみます~

ゆるり
ファンタジー
☆第17回ファンタジー小説大賞で【癒し系ほっこり賞】を受賞しました!☆ ようやくこの日がやってきた。自由度が最高と噂されてたフルダイブ型VRMMOのサービス開始日だよ。 最初の種族選択でガチャをしたらびっくり。希少種のもふもふが当たったみたい。 この幸運に全力で乗っかって、マイペースにゲームを楽しもう! ……もぐもぐ。この世界、ご飯美味しすぎでは? *** ゲーム生活をのんびり楽しむ話。 バトルもありますが、基本はスローライフ。 主人公は羽のあるうさぎになって、愛嬌を振りまきながら、あっちへこっちへフラフラと、異世界のようなゲーム世界を満喫します。 カクヨム様にて先行公開しております。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...