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第2話 あやかしだって就職したい!
5 順調とはいえない仕事
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「どうです? 初めてのお仕事は順調ですか?」
にやりと笑いかけてくる宮下さんに苦笑を返して、僕はちらりと来客用のソファーを見遣った。今朝と同じくそこでふんぞり返っている朱音はこちらを見もしない。その手元には相変わらずスマホがあった。なにやら真剣に画面を凝視しているが、本音は僕と会話したくないといったところだろうか。まぁ、僕も気まずい思いをしたくないから別にいいけど。
あの後、朱音は宣言通りに僕の分まで会計を済ませて喫茶店を出て行った。苛立つ気持ちを落ち着けてから僕も事務所に戻ったが、それきり朱音とは口をきいていない。おかげで、事務所の空気は最悪だ。
「なんだかご機嫌斜めですねぇ。朱音くんとなにかありました? 彼、ああ見えて優しい子なんですよ。もしかして喧嘩ですか? 何事も平和が一番ですが、まぁ喧嘩するほど仲がいいとも言いますからねぇ。もしかして初めてのお仕事で緊張しちゃいましたか。大丈夫ですよぉ。朱音くんが上手くサポートしてくれますから」
ただひとり。宮下さんだけは饒舌だ。僕らの間に流れる不穏な空気を察してかどうかはわからないが、やたらぐいぐいと空気を壊しに来る。放っておいてくれればいいのに。そう思って、気が付いた。そういえば、朱音は宮下さんに対してだけは強く出ることができない。これは使える。僕だって理不尽に文句を言われて腹が立っているのだ。少しくらい、仕返ししても罰は当たらないだろう。
宮下さんに告げ口してやれ。そう考えて口を開こうとしたそのとき。ポケットに入れていたスマホが短く振動した。反射的に画面を見れば、メッセージが届いていた。差出人は朱音。「宮下さんに言ったらどうなるかわかってますよね」そっと、画面を暗くしてスマホを仕舞った。
「どうかしましたか?」
首を傾げる宮下さんに僕は「なんでもありません」と力なく笑った。
どうやら僕の考えは朱音に筒抜けらしい。なにをやっても朱音に敵わない。なんだか悔しくなって深く息を吐き出した。するとそれを目敏く発見した宮下さんがなにやら意味深な笑みを浮かべた。
「朱音くんと喧嘩ですか」
「だから違いますって」
「隠さなくていいんですよぉ」
言いながら、宮下さんはひとり楽し気だ。これは確実にいまの状況を愉快に思っている。すっきりしない僕は宮下さんから素早く視線を逸らした。
「てか僕帰っていいですか?」
「どうしてですか」
「どうしてって。だって僕はこの事務所となんの関係もありませんよね」
朱音とも気まずい雰囲気が続いているのだ。僕がここにいる理由がないなら立ち去るのが一番だ。そう思って腰を上げれば、宮下さんに制止された。
「もう一度、朱音くんと一緒に調査してきてください」
「嫌なんですけど」
「優斗さん」
宮下さんにしては真面目な声で名前を呼ばれて、僕は動きを止めた。黒い瞳が、怪しげに歪んだ。
「一度引き受けた仕事を途中で放り出すのは人としてどうかと思いますけど。しかもその理由が朱音くんとの喧嘩ですか。いやはや、情けないにも程がありますね」
いつものふざけた口調ではない。真正面から見つめられて、たじろいだ。
「言ったでしょ。優斗さんには人間側の代表として我が事務所で働いて欲しいと。そのために朱音くんを護衛役兼サポート係として傍に置いているんですよ。朱音くんと喧嘩している暇はないと思うのですが」
チクチクと宮下さんの小言が突き刺さる。それでも僕は関係ないと突っぱねようとして、飲み込んだ。
ここで働くことは不本意とはいえ、朱音の仕事を手伝おうと思ったのは自分の意思だ。たとえそれが暇つぶしという褒められた理由ではないとしてもだ。確かにちょっと、無責任だったかもしれない。それを宮下さんに指摘されたのは腹立たしいがここは僕も大人になろう。あと、単純にいつになく真面目な宮下さんが怖かったというのもある。
決心した僕の行動は早かった。
にやりと笑いかけてくる宮下さんに苦笑を返して、僕はちらりと来客用のソファーを見遣った。今朝と同じくそこでふんぞり返っている朱音はこちらを見もしない。その手元には相変わらずスマホがあった。なにやら真剣に画面を凝視しているが、本音は僕と会話したくないといったところだろうか。まぁ、僕も気まずい思いをしたくないから別にいいけど。
あの後、朱音は宣言通りに僕の分まで会計を済ませて喫茶店を出て行った。苛立つ気持ちを落ち着けてから僕も事務所に戻ったが、それきり朱音とは口をきいていない。おかげで、事務所の空気は最悪だ。
「なんだかご機嫌斜めですねぇ。朱音くんとなにかありました? 彼、ああ見えて優しい子なんですよ。もしかして喧嘩ですか? 何事も平和が一番ですが、まぁ喧嘩するほど仲がいいとも言いますからねぇ。もしかして初めてのお仕事で緊張しちゃいましたか。大丈夫ですよぉ。朱音くんが上手くサポートしてくれますから」
ただひとり。宮下さんだけは饒舌だ。僕らの間に流れる不穏な空気を察してかどうかはわからないが、やたらぐいぐいと空気を壊しに来る。放っておいてくれればいいのに。そう思って、気が付いた。そういえば、朱音は宮下さんに対してだけは強く出ることができない。これは使える。僕だって理不尽に文句を言われて腹が立っているのだ。少しくらい、仕返ししても罰は当たらないだろう。
宮下さんに告げ口してやれ。そう考えて口を開こうとしたそのとき。ポケットに入れていたスマホが短く振動した。反射的に画面を見れば、メッセージが届いていた。差出人は朱音。「宮下さんに言ったらどうなるかわかってますよね」そっと、画面を暗くしてスマホを仕舞った。
「どうかしましたか?」
首を傾げる宮下さんに僕は「なんでもありません」と力なく笑った。
どうやら僕の考えは朱音に筒抜けらしい。なにをやっても朱音に敵わない。なんだか悔しくなって深く息を吐き出した。するとそれを目敏く発見した宮下さんがなにやら意味深な笑みを浮かべた。
「朱音くんと喧嘩ですか」
「だから違いますって」
「隠さなくていいんですよぉ」
言いながら、宮下さんはひとり楽し気だ。これは確実にいまの状況を愉快に思っている。すっきりしない僕は宮下さんから素早く視線を逸らした。
「てか僕帰っていいですか?」
「どうしてですか」
「どうしてって。だって僕はこの事務所となんの関係もありませんよね」
朱音とも気まずい雰囲気が続いているのだ。僕がここにいる理由がないなら立ち去るのが一番だ。そう思って腰を上げれば、宮下さんに制止された。
「もう一度、朱音くんと一緒に調査してきてください」
「嫌なんですけど」
「優斗さん」
宮下さんにしては真面目な声で名前を呼ばれて、僕は動きを止めた。黒い瞳が、怪しげに歪んだ。
「一度引き受けた仕事を途中で放り出すのは人としてどうかと思いますけど。しかもその理由が朱音くんとの喧嘩ですか。いやはや、情けないにも程がありますね」
いつものふざけた口調ではない。真正面から見つめられて、たじろいだ。
「言ったでしょ。優斗さんには人間側の代表として我が事務所で働いて欲しいと。そのために朱音くんを護衛役兼サポート係として傍に置いているんですよ。朱音くんと喧嘩している暇はないと思うのですが」
チクチクと宮下さんの小言が突き刺さる。それでも僕は関係ないと突っぱねようとして、飲み込んだ。
ここで働くことは不本意とはいえ、朱音の仕事を手伝おうと思ったのは自分の意思だ。たとえそれが暇つぶしという褒められた理由ではないとしてもだ。確かにちょっと、無責任だったかもしれない。それを宮下さんに指摘されたのは腹立たしいがここは僕も大人になろう。あと、単純にいつになく真面目な宮下さんが怖かったというのもある。
決心した僕の行動は早かった。
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