あやかしだって困ってるんです！～それ僕が解決するんですか？～

第2話 あやかしだって就職したい！

４ けんか

「どうしよ……」

　スマホを握り締めて俯いた。グラスも空になり、なんだか徐々に居心地が悪くなってきた。だが、手持ちがないため外に出ることもできない。身動きが取れなくなり行き詰っているとドアベルが軽快な音を奏でて来客を知らせた。奥に引っ込んでいた店員がすぐに駆け寄っていくが、なぜか足音がこちらに近づいてくる。

「……今時の大学生は財布のひとつも持ち歩かないんですか」
「朱音……！」

　がばりと顔を上げると、苦々しい表情の朱音と目が合った。

「見捨てられたのかと思った」
「さすがにそんなことはしませんよ。宮下さんに怒られます」

　そう言って、朱音は僕の向かいに腰を下ろした。その際、さり気なくアイスコーヒーを注文していた。やはり、朱音の行動の中心にはいつも宮下さんがいることを改めて実感してなんとも言えない気分になる。そこは嘘でも僕のためって言えよ。

「で、どうでした？」

　小声で、けれどもしっかりと僕の耳に届いた問いかけの意味を理解するのに少しだけ時間を要した。

「あ！　忘れてた」
「は？」

　朱音の目が冷たい。その視線から逃れようとグラスを掴んで空だと気が付いてまた慌てた。誤魔化すように、咳払いをひとつ。

「僕、ちょっと用事が」
「ないでしょ」

　きっぱりと先を越されて、言い淀む。ことごとく僕を追い込む朱音は、厨房の方へと鋭い目を向けていた。

「ここ、従業員はどのくらいですか？」
「え？　僕はさっきの男の人ひとりしか見てないけど」
「厨房に居るんですかね？」
「いや、知らないけど」

　それきり、沈黙が下りた。

　まさかとは思うが、本当になにも調べずに来たのだろうか。ぴくりと頬を引き攣らせれば、朱音がじとりとこちらを睨みつける。

「なんですか。俺がいい加減に仕事してるとでも言いたいんですか」
「別にそういうわけじゃないけど」
「言っときますけどね。俺だって好きでこの仕事してるわけじゃないんですよ。だって面倒臭いじゃないですか。まぁ、あやかしたちの役に立てるならいいかなって思ってたんですけど。それがなんでいきなり人間のガキのお守なんて」
「あ、朱音？」
「聞き分けのいい奴ならともかく。優斗さん、全然俺の言うこと聞いてくれないじゃないですか。我が儘で疑い深くて。正直めっちゃ扱いにくいです」

　口を閉ざしたまま朱音の様子を窺う。僕は、怒られているのか？

　状況が理解できずに呆けるしかない。どうして一方的に文句を言われなければならないのか。しかもよく聞いているとひどい悪口を言われている。朱音が僕のことを好意的に思っていないことは知っていたが、まさかここまでとは。というか、なぜいまこれを言う？　僕にどうしろと。

　固まったまま朱音の話を聞き流していると、不穏な空気を感じ取ったらしい店員がおずおずと朱音の注文したアイスコーヒーを持って来た。それに手を付けることもせず、朱音が立ち上がった。

「俺、帰ります」
「え……」
「代金は払っていくのでご心配なく。ついでに優斗さんの分も払っておいてあげますよ」

　なんだその言い方。

　ムカついたと言わんばかりの態度で朱音は背を向ける。そのまま会計を済ませる彼の後ろ姿を見送って、僕は拳を握り締めた。

　心の中で、もやもやとしたものが渦巻く。なんで僕がそんなこと言われなければならないのか。突然やって来て僕をあやかしの揉め事に巻き込んで。そして一方的に文句を言うのか。

「ムカつくのはこっちだっての」

　怒りか悲しみかわからない。でも、そう呟く僕の声は震えていた。