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第2話 あやかしだって就職したい!

1 職探し

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「仕事があるって、それだけで素晴らしいことだと思いません?」

 比較的新しいテナントビルの一角。表には「営業中」の看板を掲げただけのシンプルな事務所で宮下さんがひとりごちた。

「えっと、そうですね?」

 僕が宮下さんと出会って一週間。
 あやかし相談事務所所長を名乗る彼に半ば強引に誘われて、僕はここ最近彼の事務所に通っていた。あやかしなんていうものだから、どこかおどろおどろしい怪しげな事務所を想像していた僕は虚を突かれた。

 あまり広さはないものの、明るい日光の差し込む窓際に並べられた応接用のソファーとテーブルは常にきれいに片付けられている。事務所全体は白を基調としたインテリアでまとめられており、清潔感が漂っている。洗礼された心地のよい空間。それが、初めて事務所に足を運び入れた僕が抱いた感想だ。奥の方には所員用のデスクが据えられ、そのうちのひとつがなぜか僕に割り当てられていた。

「いや、いくら仕事があってもブラックだったら意味ないですよ」

 来客用のソファーでふんぞり返っていた朱音がこちらを振り返る。

「たとえ給料がよくても自分の時間がなければ馬鹿らしいですね」

 言いたいことだけ言って、また前を向く。そんな朱音の手にはスマホが握られていた。
 あやかしがスマホ。最初こそ二度見したが、いまではすっかり見慣れてしまった。あやかしも、スマホやパソコンを使う時代らしい。

 人間と時の流れを異にするあやかしは、見た目以上に長生きだ。僕よりちょっとだけ年上に見える朱音も、実は見目よりずっと長生きしているらしい。けれども朱音の精神年齢は見た目に近いらしく、僕と同じような感覚で最新機器を使いこなしている。考え方も、どこか現代の若者っぽい。

「朱音くんは時間を重視する派ですか。ま、考え方はそれぞれですからねぇ。しかし、いざ無職になってしまうとブラックかどうかは些細な問題になってしまうのです。その点、我があやかし相談事務所は完璧なホワイト企業ですのでご安心を」

 にこりと笑って、宮下さんはデスクに置かれたパソコンへと目を落とした。ふたりのあやかしを見比べて、僕は手持ち無沙汰に頬杖をつく。

 時刻は午前十時を少し回ったところ。ほどよく冷房のきいた事務所は簡単な給湯室も備わっており、正直居心地はよい。けれども、することもなく暇を持て余している僕は、内心帰りたくて仕方がなかった。そうできないのは、厄介な相手がふたりもいるからだ。僕が事務所をこっそり抜け出そうとすると目敏く見つけて阻止してくる。常に機嫌の悪そうな朱音はともかく、にこやかな宮下さんもなかなかの曲者だ。

 今日も今日とて、暇で仕方がない。デスクが割り当てられてはいるものの、別に僕はこの事務所で働いているわけではないのだ。今後も働く予定はない。その場の雰囲気に流されて、というやつである。

 パソコンと向き合う宮下さんは、仕事に勤しんでいるらしい。一方の朱音は来客用のソファーに深く腰掛けてスマホを弄っている。一体なにをしているのだろうか。あやかしって普段どんなことをしているのだろうか。ちょっとした興味は、徐々に大きくなる。

 なるべく音を立てないように僕は立ち上がった。足音を殺して、背後から近づく。よし、大丈夫だ。ばれていない。後ろから宮下さんの忍び笑いが聞こえるが、朱音に悟られなければセーフだ。あと一歩でたどり着く。

「……なんか用ですか?」

 気付かれた。
 こちらを振り返った朱音が、胡乱気な視線を向けてくる。

「い、いや。別に」
「じゃあなんで背後から近づくんですか。しかも足音殺して。まぁ、気配はまったく隠せていませんでしたけどね」

 馬鹿にするように鼻で笑って、朱音は再びスマホに視線を落とす。

「……さっきから、なに見てんの?」

 回りくどいやり方はだめだ。そう判断した僕は、直球で行くことにした。

「なにって、仕事ですけど」
「仕事」

 思わず繰り返せば、朱音に睨まれた。その鋭い視線から逃れようと早足に移動して朱音の隣に腰を下ろす。あからさまに朱音が顔をしかめたが、気にしない。

「仕事ってなんの?」
「あやかし関係に決まってるでしょう」

 面倒臭いと言わんばかりに朱音の態度は素っ気ない。

「あやかしって、この間の雪乃さんみたいに?」
「あれは人間に正体がばれた件。今回は職探しです」
「職探しぃ?」

 もしや朱音は転職を考えていたりするのだろうか。そうしたらこの事務所は宮下さんひとりになってしまう。まぁ、僕には関係のないことだが。ちらりと、宮下さんを見る。彼は口元を押さえて盛大に笑っていた。

「宮下さんには言わなくていいの?」

 言うもなにも狭い事務所だ。彼の耳にもいまの会話は聞こえているはず。しかし、そこは礼儀ということで。決して宮下さんを哀れに思ったとかではない。

「……俺が転職するわけじゃないですからね」
「あ、そうなの?」

 どうやら僕の早とちりだったようだ。ほっと胸を撫で下ろして、どうして僕が安心しているんだと慌てる。

「手伝ってくれますか」
「え?」

 朱音に見据えられて僕はたじろいだ。なんで僕が。けれども、こちらを見つめる朱音の目はひどくまっすぐだ。それになぜか宮下さんも便乗する。

「いいですねぇ。優斗さんも暇でしょ? ここは朱音くんと一緒にお仕事してみてはいかがですか。私としても、優斗さんが朱音くんと共に行動してくれると安心ですしね」
「なんで僕と朱音が一緒に行動しないといけないんですか」
「従業員同士、仲が良いに越したことはありませんからねぇ」

 宮下さんは呑気な声でそんなことを言ってくるが、僕はここで働くと宣言した覚えはないぞ。躊躇なく従業員としてカウントするのはやめて欲しい。

「優斗さんの連絡先教えてもらえます? 資料、メールで送るんで」
「え、あ、うん」

 朱音に促されて、慌てて僕もスマホを取り出す。結局、いつも流されていいように使われるのだ。ついでに宮下さんの連絡先も教えてもらって、内心乾いた笑みを浮かべた。これ、うまいこと事務所に引き込まれてないか? だが、いまさら連絡先を削除するのは不自然すぎる。そうなるとあとはスマホを叩き割るしか方法がない。馬鹿なことを考えているうちに、早速朱音からメッセージが送られてきた。仕方なく添付されたファイルを開いてさっと目を通す。

「えっと、これをどうするの?」

 そこには、様々な求人情報が並んでいた。小さな喫茶店の厨房からコンビニやスーパーでの接客業まで多岐にわたっている。どうやらこの付近の求人情報をまとめたものらしい。これを見て、どうしろというのか。説明を求めて朱音を見上げれば、彼は少し眉をひそめた。

「その中から、あやかしを雇ってもらえそうなところを見つけてください」
「どうやって?」
「……なんとかして」
「なんとか? なんとかしてってなに? 意味がわからないんだけど」
「あやかしを受け入れてくれる人間の雇い主を探しているんです」
「で、それをひたすら探せと?」
「はい」

 なんて途方もない。というか、無理だ。求人情報を見てわかることなんてたかが知れている。ましてや、雇い主があやかしの存在を受け入れてくれるかなんてわかるはずがない。というか、まずもって受け入れられるはずがない。

 一体朱音はなにを基準に判断しているのだろうか。こっそり画面を覗き込むと、物凄い勢いでスクロールしている。これは完全に内容チェックしていないな。半眼で不満を訴えると、朱音がため息をついた。

「これ見ただけでわかるわけないでしょう」
「朱音が見ろって言ったんじゃん!」

 なんなんだこいつは。思わず拳を握り締めると、後ろの方で宮下さんが声を上げて笑っていた。この人はいつも楽しそうだな。

「優斗さん。適当にあたりを付けて、あとは実際に赴くんです。それで、私たちあやかしのことを受け入れてもらえそうなら、それとなく声をかけるんですよ。いまのは朱音くんの説明が悪かったですねぇ」
「すみません」

 相変わらず、朱音の宮下さんに対する態度はたいへん素直だ。それをちょっとは僕に対して発揮してくれても罰は当たらないと思う。内心で頬を膨らませていると、朱音がスマホを操作しながら一枚の紙をテーブルから取り上げた。

「できれば人と接する機会の少ないもの。たとえば厨房とか、清掃員とか。そんなものを適当にピックアップしてください。あとは俺が候補を絞ります」
「……わかった」

 どうせここにいても暇なだけだ。帰ることも叶わない今、だらだら時間を持て余すよりはよっぽどいい。それに、朱音が職探しをしているということは困ったあやかしが事務所に駆け込んできたということだ。あやかしとはいえ、誰かの役に立てるかもしれない。それならそれでいい。むしろ、僕なんかで力になるなら喜んで手を貸そう。

 頭に浮かぶのは、雪乃さんの悲しげな表情。あやかしも人間と同じ姿形で、同じように感情を持っている。あやかしだからと距離を置くのはなにか違う気がしたのだ。
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