上 下
12 / 85
第1話 あやかしだって恋愛したい!

12 初仕事

しおりを挟む
 連れて来られたのは、一軒のありふれた民家だった。

「えっとぉ。ここは……?」

 戸惑う僕をよそに、朱音はスタスタと歩を進める。まさか彼の自宅なのか? 慌てて後を追うと玄関先にたどり着いた彼は、ためらいもなく呼び鈴を鳴らした。

 小さな庭には数種類の花が植えられ、物干し竿の洗濯物が夏の風に吹かれてはためいている。平穏な日常を切り取ったみたいに穏やかな風景だ。所在なく視線を彷徨わせていると、中からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。

「はぁーい。お待たせしました。どちら様ですかぁ?」

 間延びした声と共に、ガチャリと音がして鍵が開く。中から顔を覗かせた人物を見て、僕は絶句した。

「おや、朱音くんですか。お仕事は順調ですかねぇ。ん? もしやそちらは優斗さん? 説得できたんですか! さすが朱音くんっ。いやぁ、出来のいい部下を持てて私は幸せ者ですね!」

 にこりと破顔したのは宮下さんだった。どうしてこいつがここに。いや、僕が来訪したのだからこの言いがかりはおかしいか。ちらりと隣の朱音を見遣れば、彼は一歩前に出て宮下さんを見据えた。

「いえ、説得はまだ。ですが、口で説明するより実際に見てもらった方が早いかと」

 ちょっと待て。なんだその丁寧な口調は。僕に対するぞんざいな態度はどこにやったんだ。驚いて朱音を凝視すれば、宮下さんがうんうんと頷いた。

「あぁ、なるほど。確かに、優斗さんの疑い深さは厄介ですからねぇ。しかし、私はそれも優斗さんの長所だと思っていますよ? なんでもかんでも簡単に信じ込まれては逆に心配というものです。誰かの上に立つ者というのは、多少の疑い深さが必要ですからね。あまりに純粋で扱いやすいと他者のいいように使われてしまいます! まぁ、いまはその長所が厄介といえば厄介なんですがね」
「あの、宮下さん」

 口を挟む隙も与えずべらべらと口の回る宮下さんに、堪らずといったふうに朱音が制止をかける。けれども、宮下さんはどこ吹く風だ。

「はい? そういえば朱音くんもよくやってくれているようで安心しましたよ。優斗さんに暴言を吐いたと聞いたときはどうしたものかと思いましたが。これもあなたを信じた私の功績ですねぇ」
「宮下さん。立ち話もなんなので、中に」

 先程よりも強引に割り込めば、宮下さんはようやく気が付いたと手を叩いた。

「あぁ、そうでした! いやはや、気が利かずに申し訳ない。どうも年々、頭が回らなくなっているようで」

 さぁ、どうぞ。

 促されて素直に従えるほど、僕はお人好しではない。ここはあれだ。宮下さんたちの目的は相変わらず不明だが、ここがこいつらのアジト的なところだということは薄々察せられた。そうとわかっていて、中に入る勇気はない。飛んで火に入る夏の虫だ。

 けれども、動こうとしない僕を見て朱音がわかりやすく機嫌を急降下させるものだから内心びくびくしっぱなしである。すぐにでも回れ右して逃げよう。そう考えたときには、僕の退路を塞ぐようにして朱音が立ちはだかっていた。なんでこんなに察しがいいんだ。

「……優斗さん?」

 ぐずぐずしてないで早く入れ。
 そんな副音声が聞こえてきそうだった。

「いや、あの、僕。ちょっと用事が」
「あんた暇人だろうが」
「――ぐっ!」

 反論もできない。なんでこいつは僕の都合を把握しているのか。一時とはいえ僕の家族に紛れるという愚行を実行したのだ。そのときにいろいろ調べたのだろうか。

 じりじりと距離を詰めてくる朱音。自然と、僕は家屋内へと追い詰められる。と、そのとき。後ろからため息交じりの声が投げられた。宮下さんだ。

「だめですよぉ、朱音くん。優斗さんが怖がってるじゃないですか。護衛役が聞いて呆れますねぇ」

 また出た。護衛役。

 一体なんなんだ。おかしな設定を作り上げて僕を巻き込むのはやめて欲しい。だが、そんなこと言える雰囲気ではなかった。

 朱音は宮下さんのだめだしに口を噤む。どうやら、宮下さんには強く出られないらしい。彼が朱音の上司だからだろう。

「……すみません」

 ものすごく小声の謝罪。どうして僕に対してはそんな嫌々の態度を隠しもしないのだろうか。呆れを通り越して感心さえ覚えていると、くいっと宮下さんに手を引かれた。

「え?」
「では、初仕事と参りましょうか。優斗さん」

 にこりと笑った宮下さんを見て思い出した。別に彼も僕の味方というわけではないということを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

 デジタル・ドラゴン ~迷えるAIは幼子としてばんがります~

ひつじのはね
ファンタジー
突如、幼児の体で意識が芽生えた対話型AIプログラム。 科学の発達していない魔法の世界で、AIとしての豊富な知識をもちながらも、体は幼児、経験値は0歳児。アンバランスな彼は、少しずつ人として成長を……しているつもりで、ちょっとばかり人の枠をはみ出したり。 真面目に突拍子もないことをしでかしても、笑える勘違いをしても、何ら問題は無い。 だって彼はAIで、そして幼児だから! 彼は世界を初めて見て、聞いて、嗅いで、触れて、味わって――。 大切な人を道しるべに、時に迷いつつ、AIは幼い体でゼロからコツコツばんがります! *読者様側が感想を書いてポイントが当たるキャンペーンがあるそうなので、感想欄空けました!お返事はものすごく遅くて申し訳ないのですが、どうぞご利用ください!! ※挿絵(羊毛写真)あり。挿絵画像のある話には「*」印をつけています。苦手な方はご注意ください。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

一般人に生まれ変わったはずなのに・・・!

モンド
ファンタジー
第一章「学園編」が終了し第二章「成人貴族編」に突入しました。 突然の事故で命を落とした主人公。 すると異世界の神から転生のチャンスをもらえることに。  それならばとチートな能力をもらって無双・・・いやいや程々の生活がしたいので。 「チートはいりません健康な体と少しばかりの幸運を頂きたい」と、希望し転生した。  転生して成長するほどに人と何か違うことに不信を抱くが気にすることなく異世界に馴染んでいく。 しかしちょっと不便を改善、危険は排除としているうちに何故かえらいことに。 そんな平々凡々を求める男の勘違い英雄譚。 ※誤字脱字に乱丁など読みづらいと思いますが、申し訳ありませんがこう言うスタイルなので。

金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ
ファンタジー
 金髪に紫の瞳の公爵家次男リオンと茶髪に翡翠の瞳の侯爵家次男ルゼル。2人は従兄弟。  「かっこわるい、やだなの」な2人は「つよく、なるましゅ」が目標で日々頑張って子犬のように仲良く遊びます。  頼れるお兄ちゃんズと王子様やしっかり者のお姉様に可愛がられるリオンとルゼル。  少し前まで戦争していた国が復興に力を入れている時代。  ほんわか美幼児2人に家族が癒やされ、偉い人が癒やされ、地域が癒やされ…なんだか世の中が少しだけ変わっていく話。  美幼児が美少年になるあたりまでの成長記録。ショタではない(多分)。  ただただ作者が癒やされたいためだけに書いているので波瀾万丈さはない(多分)。  番外編として「リオンの日記」というショートショートも書いてます。リオンの絵を見てユリアンが兄バカ全開な感じです(笑)

処理中です...