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第1話 あやかしだって恋愛したい!
12 初仕事
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連れて来られたのは、一軒のありふれた民家だった。
「えっとぉ。ここは……?」
戸惑う僕をよそに、朱音はスタスタと歩を進める。まさか彼の自宅なのか? 慌てて後を追うと玄関先にたどり着いた彼は、ためらいもなく呼び鈴を鳴らした。
小さな庭には数種類の花が植えられ、物干し竿の洗濯物が夏の風に吹かれてはためいている。平穏な日常を切り取ったみたいに穏やかな風景だ。所在なく視線を彷徨わせていると、中からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「はぁーい。お待たせしました。どちら様ですかぁ?」
間延びした声と共に、ガチャリと音がして鍵が開く。中から顔を覗かせた人物を見て、僕は絶句した。
「おや、朱音くんですか。お仕事は順調ですかねぇ。ん? もしやそちらは優斗さん? 説得できたんですか! さすが朱音くんっ。いやぁ、出来のいい部下を持てて私は幸せ者ですね!」
にこりと破顔したのは宮下さんだった。どうしてこいつがここに。いや、僕が来訪したのだからこの言いがかりはおかしいか。ちらりと隣の朱音を見遣れば、彼は一歩前に出て宮下さんを見据えた。
「いえ、説得はまだ。ですが、口で説明するより実際に見てもらった方が早いかと」
ちょっと待て。なんだその丁寧な口調は。僕に対するぞんざいな態度はどこにやったんだ。驚いて朱音を凝視すれば、宮下さんがうんうんと頷いた。
「あぁ、なるほど。確かに、優斗さんの疑い深さは厄介ですからねぇ。しかし、私はそれも優斗さんの長所だと思っていますよ? なんでもかんでも簡単に信じ込まれては逆に心配というものです。誰かの上に立つ者というのは、多少の疑い深さが必要ですからね。あまりに純粋で扱いやすいと他者のいいように使われてしまいます! まぁ、いまはその長所が厄介といえば厄介なんですがね」
「あの、宮下さん」
口を挟む隙も与えずべらべらと口の回る宮下さんに、堪らずといったふうに朱音が制止をかける。けれども、宮下さんはどこ吹く風だ。
「はい? そういえば朱音くんもよくやってくれているようで安心しましたよ。優斗さんに暴言を吐いたと聞いたときはどうしたものかと思いましたが。これもあなたを信じた私の功績ですねぇ」
「宮下さん。立ち話もなんなので、中に」
先程よりも強引に割り込めば、宮下さんはようやく気が付いたと手を叩いた。
「あぁ、そうでした! いやはや、気が利かずに申し訳ない。どうも年々、頭が回らなくなっているようで」
さぁ、どうぞ。
促されて素直に従えるほど、僕はお人好しではない。ここはあれだ。宮下さんたちの目的は相変わらず不明だが、ここがこいつらのアジト的なところだということは薄々察せられた。そうとわかっていて、中に入る勇気はない。飛んで火に入る夏の虫だ。
けれども、動こうとしない僕を見て朱音がわかりやすく機嫌を急降下させるものだから内心びくびくしっぱなしである。すぐにでも回れ右して逃げよう。そう考えたときには、僕の退路を塞ぐようにして朱音が立ちはだかっていた。なんでこんなに察しがいいんだ。
「……優斗さん?」
ぐずぐずしてないで早く入れ。
そんな副音声が聞こえてきそうだった。
「いや、あの、僕。ちょっと用事が」
「あんた暇人だろうが」
「――ぐっ!」
反論もできない。なんでこいつは僕の都合を把握しているのか。一時とはいえ僕の家族に紛れるという愚行を実行したのだ。そのときにいろいろ調べたのだろうか。
じりじりと距離を詰めてくる朱音。自然と、僕は家屋内へと追い詰められる。と、そのとき。後ろからため息交じりの声が投げられた。宮下さんだ。
「だめですよぉ、朱音くん。優斗さんが怖がってるじゃないですか。護衛役が聞いて呆れますねぇ」
また出た。護衛役。
一体なんなんだ。おかしな設定を作り上げて僕を巻き込むのはやめて欲しい。だが、そんなこと言える雰囲気ではなかった。
朱音は宮下さんのだめだしに口を噤む。どうやら、宮下さんには強く出られないらしい。彼が朱音の上司だからだろう。
「……すみません」
ものすごく小声の謝罪。どうして僕に対してはそんな嫌々の態度を隠しもしないのだろうか。呆れを通り越して感心さえ覚えていると、くいっと宮下さんに手を引かれた。
「え?」
「では、初仕事と参りましょうか。優斗さん」
にこりと笑った宮下さんを見て思い出した。別に彼も僕の味方というわけではないということを。
「えっとぉ。ここは……?」
戸惑う僕をよそに、朱音はスタスタと歩を進める。まさか彼の自宅なのか? 慌てて後を追うと玄関先にたどり着いた彼は、ためらいもなく呼び鈴を鳴らした。
小さな庭には数種類の花が植えられ、物干し竿の洗濯物が夏の風に吹かれてはためいている。平穏な日常を切り取ったみたいに穏やかな風景だ。所在なく視線を彷徨わせていると、中からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「はぁーい。お待たせしました。どちら様ですかぁ?」
間延びした声と共に、ガチャリと音がして鍵が開く。中から顔を覗かせた人物を見て、僕は絶句した。
「おや、朱音くんですか。お仕事は順調ですかねぇ。ん? もしやそちらは優斗さん? 説得できたんですか! さすが朱音くんっ。いやぁ、出来のいい部下を持てて私は幸せ者ですね!」
にこりと破顔したのは宮下さんだった。どうしてこいつがここに。いや、僕が来訪したのだからこの言いがかりはおかしいか。ちらりと隣の朱音を見遣れば、彼は一歩前に出て宮下さんを見据えた。
「いえ、説得はまだ。ですが、口で説明するより実際に見てもらった方が早いかと」
ちょっと待て。なんだその丁寧な口調は。僕に対するぞんざいな態度はどこにやったんだ。驚いて朱音を凝視すれば、宮下さんがうんうんと頷いた。
「あぁ、なるほど。確かに、優斗さんの疑い深さは厄介ですからねぇ。しかし、私はそれも優斗さんの長所だと思っていますよ? なんでもかんでも簡単に信じ込まれては逆に心配というものです。誰かの上に立つ者というのは、多少の疑い深さが必要ですからね。あまりに純粋で扱いやすいと他者のいいように使われてしまいます! まぁ、いまはその長所が厄介といえば厄介なんですがね」
「あの、宮下さん」
口を挟む隙も与えずべらべらと口の回る宮下さんに、堪らずといったふうに朱音が制止をかける。けれども、宮下さんはどこ吹く風だ。
「はい? そういえば朱音くんもよくやってくれているようで安心しましたよ。優斗さんに暴言を吐いたと聞いたときはどうしたものかと思いましたが。これもあなたを信じた私の功績ですねぇ」
「宮下さん。立ち話もなんなので、中に」
先程よりも強引に割り込めば、宮下さんはようやく気が付いたと手を叩いた。
「あぁ、そうでした! いやはや、気が利かずに申し訳ない。どうも年々、頭が回らなくなっているようで」
さぁ、どうぞ。
促されて素直に従えるほど、僕はお人好しではない。ここはあれだ。宮下さんたちの目的は相変わらず不明だが、ここがこいつらのアジト的なところだということは薄々察せられた。そうとわかっていて、中に入る勇気はない。飛んで火に入る夏の虫だ。
けれども、動こうとしない僕を見て朱音がわかりやすく機嫌を急降下させるものだから内心びくびくしっぱなしである。すぐにでも回れ右して逃げよう。そう考えたときには、僕の退路を塞ぐようにして朱音が立ちはだかっていた。なんでこんなに察しがいいんだ。
「……優斗さん?」
ぐずぐずしてないで早く入れ。
そんな副音声が聞こえてきそうだった。
「いや、あの、僕。ちょっと用事が」
「あんた暇人だろうが」
「――ぐっ!」
反論もできない。なんでこいつは僕の都合を把握しているのか。一時とはいえ僕の家族に紛れるという愚行を実行したのだ。そのときにいろいろ調べたのだろうか。
じりじりと距離を詰めてくる朱音。自然と、僕は家屋内へと追い詰められる。と、そのとき。後ろからため息交じりの声が投げられた。宮下さんだ。
「だめですよぉ、朱音くん。優斗さんが怖がってるじゃないですか。護衛役が聞いて呆れますねぇ」
また出た。護衛役。
一体なんなんだ。おかしな設定を作り上げて僕を巻き込むのはやめて欲しい。だが、そんなこと言える雰囲気ではなかった。
朱音は宮下さんのだめだしに口を噤む。どうやら、宮下さんには強く出られないらしい。彼が朱音の上司だからだろう。
「……すみません」
ものすごく小声の謝罪。どうして僕に対してはそんな嫌々の態度を隠しもしないのだろうか。呆れを通り越して感心さえ覚えていると、くいっと宮下さんに手を引かれた。
「え?」
「では、初仕事と参りましょうか。優斗さん」
にこりと笑った宮下さんを見て思い出した。別に彼も僕の味方というわけではないということを。
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