7 / 85
第1話 あやかしだって恋愛したい!
7 あやかし相談事務所
しおりを挟む
「誰なんだよ、あんた! 昨日も変な奴が来るし、意味がわからないんだけど。一体なにがしたいんだっ。いい加減にしてくれ!」
沈黙が下りた。
勢いに任せて叫んでしまったが、今更のように恐怖が追いかけてきた。相手は他人の家に忍び込むような危ない人物だ。感情に任せて突っぱねたりして大丈夫だったのか。逆上させてしまったら、どうしよう。命の危険さえ感じて顔を青くする。相手がだんまりを決め込んでいるのが、また恐怖を煽る。
やばい。
恐る恐る男を見上げたそのとき。
「いやぁ、驚きました。てっきり気弱で扱いやすい間の抜けたお方だと思っていましたが、そうではなかったようですね。とんだ失礼をいたしました」
立ち上がり、深々と頭を下げた男はあっけらかんと言い放った。
「まぁ、私たちとしてもこちらの方がありがたい。他者に怯えるようでは、私らあやかしの相手は務まりませんからねぇ」
よかった、よかったと頷く男は、それは晴れやかな表情をしていた。どさくさに紛れてひどい悪口を言われた気がするが、気のせいだろうか。
「申し遅れました。私、あやかし相談事務所所長の宮下と申します。以後、お見知り置きを」
「あやかし、相談事務所……?」
ぼんやりと繰り返すが、まったくといっていいほど頭に入ってこなかった。
あやかし、なんだって?
気のせいだろうか。ここ最近、怪しい単語をよく耳にする。流行りなのか?
「あ、いま怪しいって思いましたか? 思いましたね! しかしご安心を。我が社はブラックなどではありませんよ。紛うことなき優良企業ですよぉ」
どうですかと尋ねられ、僕は返答に詰まる。宮下さんには悪いが、なにひとつ状況は改善していないうえに怪しさがさらに増した。空気が読めないのか、はたまたわざとなのか。宮下さんはへらへらとしたまま先を続ける。
「ま、我が社の説明は追々やるとして。で? 決心は固まりました?」
決心? なんの話だ。
「いやぁ、でもびっくりしたでしょ? いきなり言われても困るでしょ? でも仕方がないんですよねぇ。こういうのは誰かがやらなきゃいけないですから。ま、選ばれたのは運がよかったと思ってください。なんせ私たちあやかしのために尽力できるのですから!」
べらべらと喋る宮下さん。だが、話の内容はまったくと言っていいほど心当たりのないものだ。唖然としているといままで飄々としていた宮下さんが「おや?」と首を捻った。
「私の部下が昨日こちらにお邪魔しませんでした?」
「部下……?」
こんな怪しい男に部下? だったらそいつも相当怪しい奴に違いない。そんな失礼なことを考えて、ふと思い至る。昨日、僕の心の平穏をおおいに乱した奴がひとりいるじゃないか。
「もしかして、朱音って奴?」
すると、宮下さんはわかりやすく表情を輝かせた。
「そうそう、朱音くん。なんだ、ちゃんと来てるじゃないですかぁ。彼から、詳しい話は聞いたでしょ」
「いえ、聞いてませんけど」
その瞬間、宮下さんの笑顔が凍った。
「え? 聞いてない? おかしいですねぇ。そんなはずはないんですが」
ぶつぶつと呟き始める宮下さんは、変な迫力さえ持ち合わせていた。
「朱音くんになにか言われませんでしたか?」
中二病的な怪しいことは言われたが、おそらくそれではないだろう。だとすれば、思い当たるのはひとつだけ。
「なんか、主だとは認めないとか言われましたけど」
一方的に拒絶されて、腹が立たないはずがない。僕はそんなに心の広い人間ではないんだ。
そんな気持ちを込めて宮下さんを見遣れば、彼はピクリと眉を寄せた。その顔に、徐々に怖いくらいきれいな笑みが浮かぶ。
「朱音くんが、そんなことを?」
「は、はい……」
気圧されて何度も頷く。一見、優し気な風貌をしてはいるがその目つきは肉食獣を彷彿とさせる鋭さを兼ね備えていた。
じとりと、背中を嫌な汗が伝った。
なんだこれ。呼吸がやけに苦しい。
宮下さんの目を見るのが怖くて、そっと視線を逸らした。でも、湧き上がる恐怖は抑えきれない。
沈黙が下りた。
勢いに任せて叫んでしまったが、今更のように恐怖が追いかけてきた。相手は他人の家に忍び込むような危ない人物だ。感情に任せて突っぱねたりして大丈夫だったのか。逆上させてしまったら、どうしよう。命の危険さえ感じて顔を青くする。相手がだんまりを決め込んでいるのが、また恐怖を煽る。
やばい。
恐る恐る男を見上げたそのとき。
「いやぁ、驚きました。てっきり気弱で扱いやすい間の抜けたお方だと思っていましたが、そうではなかったようですね。とんだ失礼をいたしました」
立ち上がり、深々と頭を下げた男はあっけらかんと言い放った。
「まぁ、私たちとしてもこちらの方がありがたい。他者に怯えるようでは、私らあやかしの相手は務まりませんからねぇ」
よかった、よかったと頷く男は、それは晴れやかな表情をしていた。どさくさに紛れてひどい悪口を言われた気がするが、気のせいだろうか。
「申し遅れました。私、あやかし相談事務所所長の宮下と申します。以後、お見知り置きを」
「あやかし、相談事務所……?」
ぼんやりと繰り返すが、まったくといっていいほど頭に入ってこなかった。
あやかし、なんだって?
気のせいだろうか。ここ最近、怪しい単語をよく耳にする。流行りなのか?
「あ、いま怪しいって思いましたか? 思いましたね! しかしご安心を。我が社はブラックなどではありませんよ。紛うことなき優良企業ですよぉ」
どうですかと尋ねられ、僕は返答に詰まる。宮下さんには悪いが、なにひとつ状況は改善していないうえに怪しさがさらに増した。空気が読めないのか、はたまたわざとなのか。宮下さんはへらへらとしたまま先を続ける。
「ま、我が社の説明は追々やるとして。で? 決心は固まりました?」
決心? なんの話だ。
「いやぁ、でもびっくりしたでしょ? いきなり言われても困るでしょ? でも仕方がないんですよねぇ。こういうのは誰かがやらなきゃいけないですから。ま、選ばれたのは運がよかったと思ってください。なんせ私たちあやかしのために尽力できるのですから!」
べらべらと喋る宮下さん。だが、話の内容はまったくと言っていいほど心当たりのないものだ。唖然としているといままで飄々としていた宮下さんが「おや?」と首を捻った。
「私の部下が昨日こちらにお邪魔しませんでした?」
「部下……?」
こんな怪しい男に部下? だったらそいつも相当怪しい奴に違いない。そんな失礼なことを考えて、ふと思い至る。昨日、僕の心の平穏をおおいに乱した奴がひとりいるじゃないか。
「もしかして、朱音って奴?」
すると、宮下さんはわかりやすく表情を輝かせた。
「そうそう、朱音くん。なんだ、ちゃんと来てるじゃないですかぁ。彼から、詳しい話は聞いたでしょ」
「いえ、聞いてませんけど」
その瞬間、宮下さんの笑顔が凍った。
「え? 聞いてない? おかしいですねぇ。そんなはずはないんですが」
ぶつぶつと呟き始める宮下さんは、変な迫力さえ持ち合わせていた。
「朱音くんになにか言われませんでしたか?」
中二病的な怪しいことは言われたが、おそらくそれではないだろう。だとすれば、思い当たるのはひとつだけ。
「なんか、主だとは認めないとか言われましたけど」
一方的に拒絶されて、腹が立たないはずがない。僕はそんなに心の広い人間ではないんだ。
そんな気持ちを込めて宮下さんを見遣れば、彼はピクリと眉を寄せた。その顔に、徐々に怖いくらいきれいな笑みが浮かぶ。
「朱音くんが、そんなことを?」
「は、はい……」
気圧されて何度も頷く。一見、優し気な風貌をしてはいるがその目つきは肉食獣を彷彿とさせる鋭さを兼ね備えていた。
じとりと、背中を嫌な汗が伝った。
なんだこれ。呼吸がやけに苦しい。
宮下さんの目を見るのが怖くて、そっと視線を逸らした。でも、湧き上がる恐怖は抑えきれない。
31
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
お狐様とひと月ごはん 〜屋敷神のあやかしさんにお嫁入り?〜
織部ソマリ
キャラ文芸
『美詞(みこと)、あんた失業中だから暇でしょう? しばらく田舎のおばあちゃん家に行ってくれない?』
◆突然の母からの連絡は、亡き祖母のお願い事を果たす為だった。その願いとは『庭の祠のお狐様を、ひと月ご所望のごはんでもてなしてほしい』というもの。そして早速、山奥のお屋敷へ向かった美詞の前に現れたのは、真っ白い平安時代のような装束を着た――銀髪狐耳の男!?
◆彼の名は銀(しろがね)『家護りの妖狐』である彼は、十年に一度『世話人』から食事をいただき力を回復・補充させるのだという。今回の『世話人』は美詞。
しかし世話人は、百年に一度だけ『お狐様の嫁』となる習わしで、美詞はその百年目の世話人だった。嫁は望まないと言う銀だったが、どれだけ美味しい食事を作っても力が回復しない。逆に衰えるばかり。
そして美詞は決意する。ひと月の間だけの、期間限定の嫁入りを――。
◆三百年生きたお狐様と、妖狐見習いの子狐たち。それに竈神や台所用品の付喪神たちと、美味しいごはんを作って過ごす、賑やかで優しいひと月のお話。
◆『第3回キャラ文芸大賞』奨励賞をいただきました!ありがとうございました!
【NL】花姫様を司る。※R-15
コウサカチヅル
キャラ文芸
神社の跡取りとして生まれた美しい青年と、その地を護る愛らしい女神の、許されざる物語。
✿✿✿✿✿
シリアスときどきギャグの現代ファンタジー短編作品です。基本的に愛が重すぎる男性主人公の視点でお話は展開してゆきます。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです(*´ω`)💖
✿✿✿✿✿
※こちらの作品は『カクヨム』様にも投稿させていただいております。
癒しのあやかしBAR~あなたのお悩み解決します~
じゅん
キャラ文芸
【第6回「ほっこり・じんわり大賞」奨励賞 受賞👑】
ある日、半妖だと判明した女子大生の毬瑠子が、父親である美貌の吸血鬼が経営するバーでアルバイトをすることになり、困っているあやかしを助ける、ハートフルな連作短編。
人として生きてきた主人公が突如、吸血鬼として生きねばならなくなって戸惑うも、あやかしたちと過ごすうちに運命を受け入れる。そして、気づかなかった親との絆も知ることに――。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
護堂先生と神様のごはん 護堂教授の霊界食堂
栗槙ひので
キャラ文芸
考古学者の護堂友和は、気が付くと死んでいた。
彼には死んだ時の記憶がなく、死神のリストにも名前が無かった。予定外に早く死んでしまった友和は、未だ修行が足りていないと、閻魔大王から特命を授かる。
それは、霊界で働く者達の食堂メニューを考える事と、自身の死の真相を探る事。活動しやすいように若返らせて貰う筈が、どういう訳か中学生の姿にまで戻ってしまう。
自分は何故死んだのか、神々を満足させる料理とはどんなものなのか。
食いしん坊の神様、幽霊の料理人、幽体離脱癖のある警察官に、御使の天狐、迷子の妖怪少年や河童まで現れて……風変わりな神や妖怪達と織りなす、霊界ファンタジー。
「護堂先生と神様のごはん」もう一つの物語。
2019.12.2 現代ファンタジー日別ランキング一位獲得
【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜
四片霞彩
キャラ文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞にて奨励賞を受賞いたしました🌸】
応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました!
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.
疲れた時は神様のおにぎり処に足を運んで。店主の豊穣の神が握るおにぎりが貴方を癒してくれる。
ここは人もあやかしも神も訪れるおむすび処。メニューは一択。店主にとっての思い出の味のみ――。
大学進学を機に田舎から都会に上京した伊勢山莉亜は、都会に馴染めず、居場所のなさを感じていた。
とある夕方、花見で立ち寄った公園で人のいない場所を探していると、キジ白の猫である神使のハルに導かれて、名前を忘れた豊穣の神・蓬が営むおむすび処に辿り着く。
自分が使役する神使のハルが迷惑を掛けたお詫びとして、おむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりをご馳走してくれる蓬。おにぎりを食べた莉亜は心を解きほぐされ、今まで溜めこんでいた感情を吐露して泣き出してしまうのだった。
店に通うようになった莉亜は、蓬が料理人として致命的なある物を失っていることを知ってしまう。そして、それを失っている蓬は近い内に消滅してしまうとも。
それでも蓬は自身が消える時までおにぎりを握り続け、店を開けるという。
そこにはおむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりと、かつて蓬を信仰していた人間・セイとの間にあった優しい思い出と大切な借り物、そして蓬が犯した取り返しのつかない罪が深く関わっていたのだった。
「これも俺の運命だ。アイツが現れるまで、ここでアイツから借りたものを守り続けること。それが俺に出来る、唯一の贖罪だ」
蓬を助けるには、豊穣の神としての蓬の名前とセイとの思い出の味という塩おにぎりが必要だという。
莉亜は蓬とセイのために、蓬の名前とセイとの思い出の味を見つけると決意するがーー。
蓬がセイに犯した罪とは、そして蓬は名前と思い出の味を思い出せるのかーー。
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.
※ノベマに掲載していた短編作品を加筆、修正した長編作品になります。
※ほっこり・じんわり大賞の応募について、運営様より許可をいただいております。
生命の樹
プラ
キャラ文芸
ある部族に生まれた突然変異によって、エネルギー源となった人。
時間をかけ、その部族にその特性は行き渡り、その部族、ガベト族はエネルギー源となった。
そのエネルギーを生命活動に利用する植物の誕生。植物は人間から得られるエネルギーを最大化するため、より人の近くにいることが繁栄に直結した。
その結果、植物は進化の中で人間に便利なように、極端な進化をした。
その中で、『生命の樹』という自身の細胞を変化させ、他の植物や、動物の一部になれる植物の誕生。『生命の樹』が新たな進化を誘発し、また生物としての根底を変えてしまいつつある世界。
『生命の樹』で作られた主人公ルティ、エネルギー源になれるガベト族の生き残り少女グラシア。
彼らは地上の生態系を大きく変化させていく。
※毎週土曜日投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる