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38 口止め

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「ち、違います」
「リア様ですよね?」
「いいえ違います。僕はリアムです」

 僕を凝視していた副団長ギルは、ようやく僕を解放してくれた。ギロッと睨まれたザックが姿勢を正している。

「どういうことか説明していただけますか?」

 腕を組んだギルが、僕を見据えてくる。

 説明なんてしたくない。というか僕はリアだと認めたわけではない。いやリアなんだけどさ。まだ足掻くぞ?

「ですから。僕は事務官のリアムです。誰かとお間違えでは?」

 うるさい心臓をなんとか宥めて平静を装う。ゆるく首を振ってやれやれと呆れてみせれば、ギルが眉を寄せた。

「結局、昨日の店で揉めていた男は殿下には秘密のセフレってことでいいんでしたっけ?」
「違うから! 過去のね、過去。今はもう無関係だから」

 なんてことを言うのか。万が一エドワードにバレたら怒られるどころじゃ済まないぞ、まったく。

「……馬鹿」
「はぁ⁉︎」

 なにやらザックが僕を罵倒した。反射的に凄んで気がついた。

「あ」

 今のは僕がリアだと白状したようなものだ。

 慌てて口を閉じて、にこりと笑ってみる。だが当然ながら誤魔化せなかった。「誤魔化すのが下手ですね」とわかったような口を利いたギルが苦い顔をする。

「一体どうしてこんなことに」

 盛大にため息をついたギルは、ザックに責めるような視線を送っている。軽く両手を上げて降参ポーズをしているザックは困ったように眉尻を下げている。

 しかしこれは大変な事態だ。まさかこんなあっさりバレるとは思っていなかった。

 なんとかせねば。

 もはやここから誤魔化すのは無理だろう。だとすれば口止めしかない。

「副団長!」

 嫌な顔をするギルは、なぜか僕から距離を取り始める。それに負けじと詰め寄れば、ますます嫌な顔をされた。失礼だろ。

「エドワードには黙っててください!」

 副団長は潔癖というか、融通が利かないというか。そんな感じの男なので下手に色仕掛けなんてすると嫌悪される可能性がある。そうすると優秀な騎士である彼はすぐさまエドワードに報告に行きそうな気がする。ここは素直に、直球でお願いしよう。

「無理です」

 すげなく却下してきた副団長。ここで引き下がるわけにはいかない。

「そこをなんとか!」
「無理ですよ。私の仕事知っていますか? 殿下を裏切るわけにはまいりません」
「そんな大袈裟な」

 ちょっとエドワードに黙っておいてほしいだけである。裏切りとかそんな大層な話ではない。だがギルのプライド?的に許せないらしい。やはり潔癖っぽいな。面倒だ。

 こういう面倒な男の扱い方は心得ている。今まで僕がどれだけの男を手玉にとってきたと思っているのか。舐めないでもらいたい。

 こういう潔癖な男は、ようは筋を通すと主張すればよいのだ。

「バレてしまったら仕方がない。本当はこのまま隠し通したいけど無理そうだね」
「諦めていただけましたか」
「でもエドワードは本当になにも知らないんだよ。僕のことを無職のヒモだと思ってるから。リアムって偽名で働いてること知らないんだ」

 眉を寄せるギル。よしよし、勝負はここからだ。

「だからさ。エドワードには僕の方から言っておくよ。だから黙っててくれない? 僕が自分で言いたいんだ」

 上目遣いでお願いすれば、ギルがぐっと言葉を飲み込むような仕草をした。

「確かに。殿下にはリア様ご自身でお伝えになる方がよろしいでしょうね」

 そうだろう。考えるように腕を組んだギルは、「本当に全部正直に伝えますか?」と疑いの目を向けてくる。頑張れ僕! もうひと押しだ!

 精一杯にしおらしい表情を作って俯く。

「もちろん。だってもう副団長にはバレちゃったし。隠し通すのは無理でしょ?」
「……そうですね」

 小さく頷いたギルは「くれぐれもお願いしますよ」と念押ししてくる。

「近いうちにちゃんと言うから」
「近いうちって。今からでも言うべきでは?」
「いきなり言ったらエドワードがびっくりしちゃう」
「そりゃあ殿下は驚かれるでしょうが」
「時機をみて、僕からお伝えします」

 だから任せて欲しいとお願いすれば、ギルは渋々ながらも納得してくれた。よかった。先延ばし作戦成功だ。頑張ったぞ、僕。

 なにやらザックが冷たい目でこちらをみている気がする。頼むから余計なことは言ってくれるなよ。
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