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37 絶対絶命

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「おはようございます‼︎」
「ノックをしなさい」

 遅刻せずに済んだ僕は、足取り軽く副団長室へと駆け込んだ。今日はなにも怒られることがない。堂々と入室すれば副団長ギルが眉を寄せた。

 ザックは事務室に置いてきた。ばっちり変装して地味な事務官リアム姿へとなった僕に隙はなかった。「今日は遅刻してないです!」と元気に報告すれば「遅刻しないのは当然です。そんなに威張ることではありません」と軽く流された。せっかく頑張って遅刻回避したのに。もっと褒めろよ。

「じゃあ僕は仕事に戻ります」

 出勤報告は済ませたからもう用はない。くるりと背を向けようとした僕であったが、それをギルが引き止めた。

「リアムさん?」
「はい?」

 振り返れば、ギルが眼鏡を押し上げるところだった。その瞳に、なにやら懐疑的な色がみえる。

「昨日はどこでなにを?」
「は?」

 え、なにその質問。
 咄嗟に口を噤めば、ギルが鋭く目を細めた。もしかしてマジで怪しまれているのか? なにか答えねば。

「い、家にいました」

 当たり障りのない答えを返せば、ギルが「わざわざ休みを申請してきたのに?」と嫌な追求をしてくる。

「りょ、両親が来るというので休みをいただいたんです。田舎から来てくれたので。長旅で疲れたらしく昨日は一緒に家でゆっくりしてました」

 なかなか上手い嘘じゃないか? 我ながらいい感じだぞ。

「そうですか。ならいいのですが」

 煮え切らない態度で僕をしげしげと眺めたギル。「もう戻っていいですか?」と慌てて扉を指差せば、「結構ですよ。変なことを訊いて申し訳ありません。どうぞお気になさらず」と仕事に戻ってしまう。

 退出した僕は、早足で事務室へと戻った。たらたらと流れる冷や汗。まずいまずい。

「大変だ!」
「声デカいですよ。一応事務室にはリアムさんひとりってことになってるんでお静かに」

 書類仕事をしていたらしいザックが顔を上げて苦言を呈してくる。だがそれどころではない。

「副団長に怪しまれてるかも」
「おや」

 軽く眉を上げたザックは「お気の毒に」と書類に目を落としてしまう。僕の話を聞け。

「昨日はなにしてたか訊かれた」
「完全に怪しまれているじゃないですか。もう白状しません? 俺もそろそろ限界なのですが」
「頑張れよ、ザック! 君が諦めてどうする!」
「俺ははやいところリア様に諦めて欲しいのですがね」

 冷たいザックはそれきり書類仕事に戻ってしまう。なんて男だ。傾国と呼ばれる美男子がこんなにも困っているというのに。


※※※


「あー、暇」
「仕事でもされたらどうですか。なぜ俺が全部引き受けねばならないのですか」

 ぐちぐちとうるさいザックは、一心不乱に仕事をしている。彼が構ってくれないため、僕は暇を持て余していた。

 まだ昼前。

 そこら辺でも散歩して気分転換でもしたいのに、ザックがそれはダメとうるさい。確かにリアの護衛にあたっているはずのザックが事務官リアムと共に散歩しているのは不自然だ。だが僕ひとりで出歩く分にはなんの問題もないはずなのにザックが許してくれない。いわく、護衛対象をひとりにするとかあり得ないらしい。僕は気にしないけどな。

 そうして暇を持て余していた時である。

「ん?」

 書類仕事していたはずのザックが突然顔を上げた。何事かと目を遣るが、ペンを握ったままの彼は探るように廊下へと意識を集中しているように見えた。

「どうした?」

 こてりと首を傾げたその瞬間である。

「っ!」

 勢いよく事務室の扉が開かれるのと同時に、ザックが大慌てで直立する。

 顔を覗かせたのは、副団長のギルだった。

 ギロリとザックを睨み付けた副団長。ザックがわかりやすく青い顔をする。これはまずい。なんというか、非常にピンチである。

「ザック。こんなところで何を?」
「あ、いえ、その」

 視線を彷徨わせる彼は、助けを求めるように僕を見ている。マジで? 僕にどうしろと?

 とりあえず、そろそろと立ち上がった僕はザックとギルを交互に観察する。正直巻き込まれて僕の正体がバレるのはごめんだ。僕がここまでくるのにどれだけ努力したと思っているんだ。

「えっと、その。この人が仕事サボって僕のとこに入り浸ってました」
「流れるように裏切りますね⁉︎」

 目を剥いたザック。仕方がないだろ。僕がリアだってことは秘密なのだから。

 だが、なぜかギルはこちらを向いた。すっと目を細めた彼は、大股でこちらに寄ってくる。

「え、あの、ちょっと、副団長?」

 逃げ回ろうとするが、さすがは副団長。あっという間に僕を壁際に追い込んだ彼は、眼鏡の奥で瞳を光らせる。

 え? これ普通にピンチでは?

 咄嗟に両手で自身の眼鏡を挟むように固定する。だが副団長も引かない。ザックは「あちゃあ」という顔で静観している。はよ助けろよ。

 副団長の手が伸びてくる。

 顔を俯けるが、すぐに副団長の手が僕の前髪にかかった。ばくばくと音を立てる心臓がうるさい。

「あ、ちょっと」

 僕の弱々しい抗議も全部無視して。

 副団長ギルが僕の変装用眼鏡を奪い去った。そのまま穴が開くほどに凝視される。

「……リア様?」

 静寂を破った副団長は、静かに息を呑んだ。
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