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36 静かな部屋

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「疲れた! マジで疲れた。僕頑張った」

 いえーい、と両手をあげて喜びを表現していると、ザックがぱちぱちとわざとらしい拍手をしてくる。もっと感情を込めろ。

「無事に乗り切れた。さすが僕」
「お疲れ様でした。こんなこと二度とごめんですね」

 どっと疲れた顔をするザックは、彼なりに色々やってくれたらしい。副団長が僕に近づこうとすればさりげなく邪魔したり、副団長が僕を見つめていれば横から話しかけて気を逸らしたり。

 どうにも副団長に怪しまれている気がするな。だが彼が動く気配もない。放っておこう。

 先程王宮に帰ってきた僕らは、自室にて羽を伸ばしていた。エドワードが勝手に用意した僕の部屋。しばらく泊まって欲しいとかなんとか言っていたが、ほとんどエドワードの部屋に入り浸っているのであまり使っていなかった。

「本当にもう二度とごめんです。俺まで副団長に睨まれた気がします」

 椅子に座って項垂れるザックはお疲れの様子だった。よほど疲れているらしく「もうはやいとこ全部白状しちゃいましょうよ。流石に誤魔化しきれません」とぶつぶつ言っている。相変わらずネガティブだな。

「頑張れザック! たぶんエドワードは今が一番浮かれている時期だから。愛人連れまわしてお出かけとかさ。浮かれ具合がひどいよね」
「俺はリア様のとぼけ具合が怖いですけどね」
「なに? なんだって?」
「いえ、なにも」

 すっと立ち上がったザックは、「それでは、俺はこれで」と背中を向ける。

「あ、そうだ、リア様。明日は遅刻しないでくださいね」
「エドワードに言って」
「無茶ですよ」

 あっさり諦めたザックは、そのまま出て行ってしまった。パタンと扉が閉まり、室内に静寂が降りる。

 ふうっと息を吐いてベッドに転がった。ぼんやりと天井を見上げて物思いにふける。

 なんだか今日は大変だった。帰宅後、エドワードはなにやら忙しいと言って僕を彼の自室に入れてくれなかった。これはラッキーだ。エドワードの相手をしなくて済む。明日の遅刻は回避できたも同然かもしれない。

 ふふんっとひとり得意気に腕を組む。

「……」

 なんだか部屋が静かだと落ち着かないな?

 寝返りを打って誰もいない室内をぼんやり眺める。ここ最近はずっとエドワードの部屋に入り浸っていた。隣がその部屋だ。ちょっと歩けばすぐそこにエドワードがいる。

 ゆっくりと体を起こす。

 エドワードは基本的にちょっと無口だ。べらべらお喋りするような性格ではない。僕が彼の部屋に入り浸っている時も無言で仕事していたり読書していたり。あとはたまに僕に話しかけたり、触ってきたり。

 でも黙っているエドワードは楽しそうだ。最近はわかりやすく不機嫌なことも多いけど。

 なんで不機嫌なんだっけ?

 そうだよ。あいつは僕が浮気したとか勝手に決めつけて不機嫌になるんだ。そういや最近は他の男のとこに顔出せてないな。すべてはエドワードのせいだ。

 なんかエドワードのやりたい放題になってないか? あいつのせいで僕の私生活がままならなくなっている気がする。そうだよな?


※※※


「おはよう! いい朝だね」
「おはようございます。ご機嫌ですね」

 朝から僕を出迎えたザックは遠い目をする。昨夜は結局エドワードとは会わなかった。寝る前に顔を出そうか迷ったのだが、エドワードは忙しいと言っていたしな。遠慮した。おかげで自室でゆっくり眠れた僕は出勤時間に余裕をもって起床できた。だが僕の心とは裏腹に、ザックの顔色は晴れない。なんでこんなに清々しい朝に苦い顔をしているんだ?

「今日も出勤するおつもりですか?」
「もちろん! 昨日は上手いこと誤魔化せたからもう大丈夫!」
「誤魔化せたんですか?」

 胡乱気な顔を向けてくるザックは随分と心配性らしい。つくづく騎士のイメージとは異なる男だな。

 身支度を終えた僕は早速出勤しようと足を進める。だがザックがちらりとエドワードの部屋へ視線をやった。

「お会いしなくてよろしいのですか?」
「長くなるだろ。せっかく遅刻せずにすみそうなのに」

 一体なにを言い出すのか。
 早く行こうとザックを急かせば、彼は「えぇ? 本当にいいんですか?」と仕切りにエドワードを気にしている。

 こいつそんなにエドワードに会いたいのか? 王太子殿下だもんな。近衛騎士である彼からすればお近付きになりたいに違いない。

「僕のことは気にせず会ってくれば? 僕先に行ってるからさ」

 親切心からそう提案すれば、ザックは「は? なに言ってんだ、こいつ」的な目を向けてきた。なんでだよ。なんだよ、その目は。
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