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29 お出かけ中止作戦

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「……ただいま」
「おかえりなさい。遅かったですね」
「めっちゃ怒られた」
「でしょうね」

 副団長ギルは、なんというか規律に厳しい男だった。彼はなんと僕の過去の遅刻や先日仕事をやっていなかった件まで遡って説教してきた。過去のことを蒸し返すなんて酷すぎる。おかげで長くなった。正直、僕を怒鳴りつけている暇があれば仕事のひとつでも片付けたほうがよっぽど効率的だと思う。親切心からそう指摘してやれば余計に怒られた。解せぬ。

 酷い目にあったとザックに泣きつけば、彼は盛大に顔を引き攣らせていた。

「なんというか、馬鹿なんですか?」
「副団長でしょ? 僕もそう思う」
「いえ、副団長ではなくリア様が」

 なんだと。
 失礼なザックを睨みつけて、どかりと椅子に座る。

「リアムって呼んで。あと僕は馬鹿じゃないから」
「説教なんて、はいはいわかりましたって頷いておけばいいんですよ。余計な口を挟むから長くなるんですよ」

 適当なアドバイスをよこしたザックは「まぁ、リアムさんはそれ以前の問題ですけど」と大袈裟に肩をすくめる。

「でも休みはもぎ取ってやった!」
「おぉ、すごい! 度胸だけはありますね」

 頑張ったかいがあったというものだ。これで明日はなんの気兼ねもなく楽しく過ごせる。胸を張って成果を報告していた僕は、「あれ?」と首を傾げる。

「でも明日は副団長も来るんだよね? 僕がリアムだってバレたりしないかな」
「……バレてもいいのでは?」

 いいわけあるか。
 諦めの早いザックは「誤魔化すのは難しいと思います」とあっさり言い放つ。でも普段は目元をきちんと隠している。リアとリアムでは雰囲気も違うしバレないのでは?

「うーん、どうでしょうね。目元隠しただけでしょう? 団長と副団長は厄介ですよ。同一人物だと気が付かれるおそれが」

 マジかよ。

「ただでさえリア様は頭がちょっと、まぁ、はい。あれなので、えっと。ついうっかりバレてしまう恐れがありますね」
「いま僕の悪口言った?」
「いえ、そんなことは」

 にこりと否定したザックは書類仕事に戻ってしまう。

「明日はバレないように協力してよね?」
「できる限りはお手伝いいたしますが、たぶん無理だと思いますよ」
「バレたら洗いざらいエドワードに白状しないといけなくなる。ザックと個室で飲んだ件とか。個室とか個室とか個室とか」
「全力で協力しますね! 頑張りましょうね、リア様!」

 よしよし。
 やはり人の弱みは握っておくに限る。


※※※


「今日は飲もう! エドワード!」
「上機嫌だな?」

 僕とザックは頑張って対策を考えた。一番いいのはお出かけの件を有耶無耶にしてしまうことだ。エドワード殿下が外出しないと言えば近衛騎士たちもやって来ない。

 そこで僕はエドワードを酔い潰すことにした。とにかく酒を飲ませて酔わせよう。そして明日のお出かけをキャンセルさせるのだ。

 エドワードの部屋に帰宅するなり宣言した僕を、彼は不思議そうに眺めている。だが嫌ではないらしく素直に付き合ってくれる。

 可愛く笑ってやりながらエドワードのグラスにどんどん酒を注いでやる。待機しているスコットが「やけに上機嫌ですね」と僕に胡乱気な視線を向けているが気にしない。とにかくエドワードを潰さないと。

 ザックはすでに引き上げており味方はいない。孤軍奮闘である。頑張れ、僕。

 エドワードがグラスを傾けるそばから追加の酒を注いでやっていたところ、スコットが「また何かいらんこと企んでますよね」と余計な口を挟んでくる。

「大方私を酔い潰そうとしているんだろ。放っておいてやれ」
「左様ですか。殿下がよろしいのであれば俺は何も言いません」

 なにやら僕の計画がバレている。バレた上で放置されている。ちくしょう。馬鹿にしやがって!

「何か欲しい物でもあるのか? 酔い潰して言質をとるなんて回りくどいことしなくとも、別にそれくらい素直に言ったらどうなんだ」
「欲しい物は特にありません!」
「……そうか」

 怪訝な表情をみせたエドワードは、涼しい顔でグラスを傾けている。顔色が一向に変わらない。クソが。

「なにかやらかしたのか? 怒りはしないから言ってみろ」
「特になにもやらかしてません!」
「……そうか」

 マジで失礼な奴だな。
 なぜ僕のやらかしを疑うのか。あとエドワードはいつも怒らないからとか言って普通にキレてくる。だからその言葉は信じないと決めている。

 ちらりとスコットに目を向けたエドワード。意図を察した優秀な側近は「では俺はこれで失礼します」と流れるように一礼して去って行った。

 ふたりきりになってしまった。だが構わずエドワードに酒を飲ませようと奮闘すれば「一体なにをやらかしたんだ」と疑いの目を向けられた。だから何もやってないっての。

「明日は出掛けるんだろう? もうお開きにしよう」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに」

 ダメだ。こいつ全く顔色変わらねえ。
 酔い潰そう作戦が不発に終わってしまう。焦った僕は、次の一手に出た。

「ねぇ、エドワード」
「ん?」

 酒を放り出してエドワードに寄りかかる。こうなったら力業でいくしかない。

 エドワードの視線を僕に惹きつけて、垂れた横髪を触って耳にかき上げる。最高に色っぽい顔で小首を傾げれば、エドワードがふっと微笑む、と思いきや。なぜか僕の両肩を力強く握った彼はひどく真剣な表情を見せた。

「リア」
「エドワード?」
「おまえ本当に何をやらかしたんだ」

 だから何もやってないっての!
 クソ失礼な奴だな!
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