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16 手伝い
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目が覚めたらすでにエドワードは部屋にいなかった。ひとりポツンと取り残されていた僕は飛び起きた。途端に変なところが痛んで顔を歪める。
「あぁあ!」
遅刻である。ちくしょう、エドワードめ。
なぜかあの後、機嫌を直したエドワードはそれはもう執拗に僕を抱いた。おかげで体中が悲鳴を上げている。
ベッドから這い出して、なんとか身なりを整える。やばいやばい。遅刻しても許してもらえる言い訳ってなんだろう。おそらくエドワードのせいで遅刻したという真実を話せば許してはもらえる。なんせ近衛騎士団はエドワードに忠実だ。だがそんなこと当然言えるわけもなく。
しかし騎士団勤務の事務官は僕ひとりだ。事務室にいるのも僕ひとり。ということはそこに行くまで誰にも見られなければ遅刻してもバレないのでは? 最悪見られたとしてもとっくに出勤していましたが? 今も絶賛仕事中ですが? 的な態度で誤魔化せるかもしれない。
僕、天才かもしれない。
事務室に人は来ないし、僕が事務室にいてもいなくても多分誰も気が付かない。僕がいつ出勤したかなんて誰にもわかりようがないのだ。そう考えると結構いい職場なのでは?
すっかり身支度を終えた僕は焦ることなく外に出る。なにやら昨日はエドワードについうっかりここにしばらく泊まるとか口を滑らせてしまったがいいだろう。僕が王宮に入り浸っているのはいつものことだ。
颯爽と廊下を歩く。どうやら憎きスコットの姿は見当たらない。変装を済ませてそそくさと騎士棟へ足を踏み入れるが、騎士たちはこの時間いつも訓練中らしく建物内にも人気がない。そうして僕は思惑通りに誰にも遅刻を咎められることなく出勤できた。なんて幸運なのだ。この調子であればもしかすると経理部時代よりも楽かもしれない。あとはザックが仕事をやってくれれば完璧だ。
やることのない僕は事務室でのんびりとお茶を飲む。時折、外の景色を眺めながらぼけっとする。そうして午前中いっぱいだらだらと時間を潰してようやくやってきた昼休み。
なんか食べにでも行くかと腰を上げたところで、扉が控え目にノックされた。
「リアムさん?」
この声はザックだ。
どうぞと声をかければ、彼は一瞬沈黙した後にさっと部屋に入ってきた。
「よかった。いつものリアムさんですね」
いつもって。そんなに何度も会ってないだろ。どうやら僕が本当に美青年スタイルでやって来ているのではと心配になって見にきてくれたらしい。冗談を真に受けるタイプか? やりにくいな。
しかし僕としてはちょうど良いタイミングだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「ザックさん。ちょうどよかった」
どうぞと向かいの椅子をすすめれば、彼は怪訝な顔をしながらも素直に座ってくれた。
「仕事やってくれるって言いましたよね」
ずいっと顔を近づければ、ザックはわずかに目を見開く。
「やるというか、手伝うとは言いましたね」
「お願いします」
ぺこりと頭を下げれば苦笑が返ってくる。
「いいですよ。昨日のお礼です。昼休み中なら暇ですしね」
「やった」
小さくガッツポーズして僕は早速すべてを彼にお任せすることにした。
「それで? どの仕事を手伝えばいいですか」
「どれがいいですかね」
「リアムさんは今までなにをやっていたんですか? それ手伝いますよ」
なにもやっていないんだな、これが。
しかしザックは僕が仕事を何ひとつやっていないなんて考えてもいないようだ。綺麗に片付いたデスクに目を落として不思議そうな顔をしている。
「なにからやればいいのかわからなくて」
「……は?」
「まだ何もやってません」
「……冗談ですよね?」
冗談だったらどれほど良かったか。残念ながら事実である。へへっと笑えば、ザックの顔から表情が消える。
「今朝は、何をしていたんですか」
「お茶飲んでた」
というか遅刻してきたからそもそもそんなに時間がなかった。ひくりと、ザックが頰を引き攣らせる。
「仕事はしてください」
「しようとは思ったよ。でも何をやればいいのかわからなくて」
「だったら訊いてくださいよ!」
「君がどこにいるのかわかんないし」
「朝は裏の訓練場にいます。それでも見つからなければ適当な奴に声かけて探してもらってください」
憤ったザックは「わかりましたか」と声を荒げる。やはり生真面目な男らしい。少し仕事をサボっただけでこの言い様。大抵のことは「まあいいわ」で済ませてくれたジェシーが懐かしい。
しかしその後はぶつぶつと文句を垂れながらも仕事は片付けてくれた。僕はひたすら眺めることに徹していた。
「いいですか。これを先にお願いします。こっちは後回しで構いません」
なにやら飛んでくる指示を適当に聞き流す。やる順番なんて指示されてもな。そもそもやり方がわからないのだから意味がない。
はいはいと機械的に相槌を打つ。
「リアムさん、話聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」
「本当ですか?」
眉を顰めたザックは、「そろそろ行かないと」と腰を上げる。
「いいですか。その書類、あとはよろしくお願いしますね」
にっこり笑って誤魔化しておく。難しい仕事を僕に任せないで欲しい。
「あぁあ!」
遅刻である。ちくしょう、エドワードめ。
なぜかあの後、機嫌を直したエドワードはそれはもう執拗に僕を抱いた。おかげで体中が悲鳴を上げている。
ベッドから這い出して、なんとか身なりを整える。やばいやばい。遅刻しても許してもらえる言い訳ってなんだろう。おそらくエドワードのせいで遅刻したという真実を話せば許してはもらえる。なんせ近衛騎士団はエドワードに忠実だ。だがそんなこと当然言えるわけもなく。
しかし騎士団勤務の事務官は僕ひとりだ。事務室にいるのも僕ひとり。ということはそこに行くまで誰にも見られなければ遅刻してもバレないのでは? 最悪見られたとしてもとっくに出勤していましたが? 今も絶賛仕事中ですが? 的な態度で誤魔化せるかもしれない。
僕、天才かもしれない。
事務室に人は来ないし、僕が事務室にいてもいなくても多分誰も気が付かない。僕がいつ出勤したかなんて誰にもわかりようがないのだ。そう考えると結構いい職場なのでは?
すっかり身支度を終えた僕は焦ることなく外に出る。なにやら昨日はエドワードについうっかりここにしばらく泊まるとか口を滑らせてしまったがいいだろう。僕が王宮に入り浸っているのはいつものことだ。
颯爽と廊下を歩く。どうやら憎きスコットの姿は見当たらない。変装を済ませてそそくさと騎士棟へ足を踏み入れるが、騎士たちはこの時間いつも訓練中らしく建物内にも人気がない。そうして僕は思惑通りに誰にも遅刻を咎められることなく出勤できた。なんて幸運なのだ。この調子であればもしかすると経理部時代よりも楽かもしれない。あとはザックが仕事をやってくれれば完璧だ。
やることのない僕は事務室でのんびりとお茶を飲む。時折、外の景色を眺めながらぼけっとする。そうして午前中いっぱいだらだらと時間を潰してようやくやってきた昼休み。
なんか食べにでも行くかと腰を上げたところで、扉が控え目にノックされた。
「リアムさん?」
この声はザックだ。
どうぞと声をかければ、彼は一瞬沈黙した後にさっと部屋に入ってきた。
「よかった。いつものリアムさんですね」
いつもって。そんなに何度も会ってないだろ。どうやら僕が本当に美青年スタイルでやって来ているのではと心配になって見にきてくれたらしい。冗談を真に受けるタイプか? やりにくいな。
しかし僕としてはちょうど良いタイミングだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「ザックさん。ちょうどよかった」
どうぞと向かいの椅子をすすめれば、彼は怪訝な顔をしながらも素直に座ってくれた。
「仕事やってくれるって言いましたよね」
ずいっと顔を近づければ、ザックはわずかに目を見開く。
「やるというか、手伝うとは言いましたね」
「お願いします」
ぺこりと頭を下げれば苦笑が返ってくる。
「いいですよ。昨日のお礼です。昼休み中なら暇ですしね」
「やった」
小さくガッツポーズして僕は早速すべてを彼にお任せすることにした。
「それで? どの仕事を手伝えばいいですか」
「どれがいいですかね」
「リアムさんは今までなにをやっていたんですか? それ手伝いますよ」
なにもやっていないんだな、これが。
しかしザックは僕が仕事を何ひとつやっていないなんて考えてもいないようだ。綺麗に片付いたデスクに目を落として不思議そうな顔をしている。
「なにからやればいいのかわからなくて」
「……は?」
「まだ何もやってません」
「……冗談ですよね?」
冗談だったらどれほど良かったか。残念ながら事実である。へへっと笑えば、ザックの顔から表情が消える。
「今朝は、何をしていたんですか」
「お茶飲んでた」
というか遅刻してきたからそもそもそんなに時間がなかった。ひくりと、ザックが頰を引き攣らせる。
「仕事はしてください」
「しようとは思ったよ。でも何をやればいいのかわからなくて」
「だったら訊いてくださいよ!」
「君がどこにいるのかわかんないし」
「朝は裏の訓練場にいます。それでも見つからなければ適当な奴に声かけて探してもらってください」
憤ったザックは「わかりましたか」と声を荒げる。やはり生真面目な男らしい。少し仕事をサボっただけでこの言い様。大抵のことは「まあいいわ」で済ませてくれたジェシーが懐かしい。
しかしその後はぶつぶつと文句を垂れながらも仕事は片付けてくれた。僕はひたすら眺めることに徹していた。
「いいですか。これを先にお願いします。こっちは後回しで構いません」
なにやら飛んでくる指示を適当に聞き流す。やる順番なんて指示されてもな。そもそもやり方がわからないのだから意味がない。
はいはいと機械的に相槌を打つ。
「リアムさん、話聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」
「本当ですか?」
眉を顰めたザックは、「そろそろ行かないと」と腰を上げる。
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