上 下
3 / 62

3 仕事のやり方

しおりを挟む
「暇だなぁ」
「暇ならちょっとは手伝ってよ。てかそもそも君の仕事だろ」

 昼休み。
 昼食のため経理部はめっきり人が居なくなる。ジェシーはいつも仲のいい同僚を誘って食堂に行く。他の面々も息抜きに外へ行く。こんな書類の山に囲まれた陰湿な部屋に長居するのは気が滅入るのだろう。

 ムードもへったくれもない寂れた部屋に、ルースがなにやら書き付ける音だけが響く。彼がやっているのは先程ジェシーが僕に押し付けてきた仕事だ。

「今日もルースは残業かな。お疲れ」
「いや誰のせいだと」
「もしかして僕のせい?」
「そりゃあーー」

 そうだろう。
 音にならなかった言葉を飲み込んで、ルースが目を見開く。かさついた感触の唇から顔をそっと離せば、可哀想なくらいに顔を真っ赤にしたルースがわたわたと手を振っていた。

「な、なにして」
「なにって、キス」

 ふふっと微笑んでやれば、耐えきれなくなったルースが顔を俯けてしまう。うぶだなぁ。実に扱いやすい。

 不正に近い手段で採用された僕は、当然ながら仕事ができない。いままで適当に引っ掛けてきた男共に養ってもらっていたのでマジで仕事ができない。
 しかし王宮事務官として不自然ではない程度には仕事をこなさなければならない。クビになったら意味がないからな。そこで思いついたのは、僕の代わりに仕事をやってくれる奴を見つけ出すことだった。それがルースだ。見るからに童貞っぽいルースはチョロかった。ちょっと素顔を見せてやってキスのひとつでもしてやればあっさり落ちた。

「お仕事がんばってね」

 可愛くウインクしてやればあとは心配いらない。僕の仕事はルースがうまく片付けてくれるだろう。


※※※


「今日はなにしてたんだ」
「買い物?」
「なにを買ったんだ」
「ううん、なにも。見ただけ」

 そうか、と短く応じてエドワードはベッドに腰掛ける。

 仕事を全部まるっとルースに押し付けて定時で帰ってきた僕は、その足で王宮内の殿下の部屋にやって来ていた。もちろん、途中で着替えて髪もきっちり整えた美男子スタイルである。

「朝は随分急いで帰ったらしいな。なにか予定でもあったのか」

 仕事です、なんて口が裂けても言えない。
 曖昧に笑って誤魔化して、殿下の隣に腰掛ける。男らしい骨ばった手をするりと撫でて、肩にしなだれかかる。首筋に触れられて、その手の冷たさに思わず小さく声が漏れる。

「なぁ、リア」
「ん?」

 エドワードが両手で僕の頬を包むようにして上を向かせる。青い瞳に吸い込まれるように視線が絡め取られる。

「ここに住まないか?」
「……ん?」

 住む? 絶対無理。
 しかしエドワードは本気らしい。毎日通うのは大変だろうとか、僕の身の安全が心配だとかもっともらしい理由を並べ立てる。それを愛想笑いで聞き流して、どうにか話題をそらせようと頭を働かせる。

 王宮に住むなんて冗談じゃない。
 そこまでエドワードに依存したら、将来彼に捨てられた時に大変困ったことになる。
 それに王宮内だと他の男を引っ掛けられない。僕の金づるはエドワードだけじゃないんだぞ。

「んっと、そこまではちょっと。僕も色々やりたいことあるし」
「そうか。無理強いはしない。気が向いたら言ってくれ」
「うん、ありがと」

 真正面から抱きしめられる。そのまま柔らかなベッドに押し倒される。抵抗する気はないが、されるがままというのも面白くない。分厚い胸板をちょっと押せば、あっという間に腕を掴まれる。

「殿下」
「名前で呼んで」
「っ、エドワード」
「リア」

 貪るようなキスに、お互い息が上がる。まだ夕食食べてないんだけど、という文句は飲み込んでおく。

 首に手をまわせば、エドワードがくすりと笑った。

「積極的だな?」
「僕はいつも積極的だけど」

 首筋にキスが降ってくる。跡はつけて欲しくないなぁなんて考えながらも身を委ねた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

パン屋の僕の勘違い【完】

おはぎ
BL
パン屋を営むミランは、毎朝、騎士団のためのパンを取りに来る副団長に恋心を抱いていた。だが、自分が空いてにされるはずないと、その気持ちに蓋をする日々。仲良くなった騎士のキトラと祭りに行くことになり、楽しみに出掛けた先で……。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

気付いたらストーカーに外堀を埋められて溺愛包囲網が出来上がっていた話

上総啓
BL
何をするにもゆっくりになってしまうスローペースな会社員、マオ。小柄でぽわぽわしているマオは、最近できたストーカーに頭を悩ませていた。 と言っても何か悪いことがあるわけでもなく、ご飯を作ってくれたり掃除してくれたりという、割とありがたい被害ばかり。 動きが遅く家事に余裕がないマオにとっては、この上なく優しいストーカーだった。 通報する理由もないので全て受け入れていたら、あれ?と思う間もなく外堀を埋められていた。そんなぽややんスローペース受けの話

ひとりぼっち獣人が最強貴族に拾われる話

かし子
BL
貴族が絶対的な力を持つ世界で、平民以下の「獣人」として生きていた子。友達は路地裏で拾った虎のぬいぐるみだけ。人に見つかればすぐに殺されてしまうから日々隠れながら生きる獣人はある夜、貴族に拾われる。 「やっと見つけた。」 サクッと読める王道物語です。 (今のところBL未満) よければぜひ! 【12/9まで毎日更新】→12/10まで延長

配信ボタン切り忘れて…苦手だった歌い手に囲われました!?お、俺は彼女が欲しいかな!!

ふわりんしず。
BL
晒し系配信者が配信ボタンを切り忘れて 素の性格がリスナー全員にバレてしまう しかも苦手な歌い手に外堀を埋められて… ■ □ ■ 歌い手配信者(中身は腹黒) × 晒し系配信者(中身は不憫系男子) 保険でR15付けてます

「陛下を誑かしたのはこの身体か!」って言われてエッチなポーズを沢山とらされました。もうお婿にいけないから責任を取って下さい!

うずみどり
BL
突発的に異世界転移をした男子高校生がバスローブ姿で縛られて近衛隊長にあちこち弄られていいようにされちゃう話です。 ほぼ全編エロで言葉責め。 無理矢理だけど痛くはないです。

愛されて守られる司書は自覚がない【完】

おはぎ
BL
王宮図書館で働く司書のユンには可愛くて社交的な親友のレーテルがいる。ユンに近付く人はみんなレーテルを好きになるため、期待することも少なくなった中、騎士団部隊の隊長であるカイトと接する機会を経て惹かれてしまう。しかし、ユンには気を遣って優しい口調で話し掛けてくれるのに対して、レーテルには砕けた口調で軽口を叩き合う姿を見て……。 騎士団第1部隊隊長カイト×無自覚司書ユン

処理中です...