上 下
50 / 51

50 聖女ですからね

しおりを挟む
「カーソン。俺のこと騙しただろ」
「別に騙したわけでは」

 なぜか困った顔をしてみせるカーソンに、拳を握りしめる。誰がどう見たって、あれは俺のことを騙していた。現に俺は、騙された。

 カーソンいわく、あれは神殿が極秘に保管しているなんかすごいやつで、あれを飲んでから行為に及べば、まったく痛くないという話であった。大嘘つかれたというわけだ。
 そもそもマルセルの話によると、神殿にそんな怪しい物は保管されていないらしい。

 うきうきと取り出した小瓶を、マルセルに単なるポーションと言われた時のショックはすごかった。

 その後、色々流されて結局最後までやってしまった。行為後、マルセルは大丈夫、切れてはいないと言うが、いまいち信用できなかった。

 終わるなりポーションを飲み干したおかげか、朝にはすっかり元気だった。想定外だったのは、俺がカーソンにまんまと騙されたことについて、マルセルが淡々と説教してきたことだ。

 普通さ、やること終わった後って、なんかこう甘い空気になるもんじゃないの? なぜかマジギレしてきたマルセルは、ベッドに倒れ込む俺相手に、危機感がないだの、明らかな嘘に引っかかってどうするだの、ずっとうるさかった。

 ここ俺にとっては異世界だぞ? 摩訶不思議アイテムがあっても、普通に信じてしまうのだが。言い訳めいた言葉を並べたのもまずかった。ますます眉を吊り上げるマルセルは、もはや手のつけようがなかった。

 騙されたことは許せない。俺が怒られたことも許せない。というわけで、カーソンに文句を言えば、彼は「責められる覚えはない」と、開き直ってしまう。

「イアンもさ。知っていたのなら教えてくれればよかったのに」

 俺がカーソンに騙される場面を、しっかり目撃していたはずである。半眼になる俺に、イアンは「申し訳ありません」と目を伏せてしまう。

「先輩に楯突くなど、私にはとても」
「うおい! なにを全部俺のせいにしようとしてんの!? おまえ、マジ! 散々俺に楯突いておいてよく言うな」

 すかさずカーソンが大声をあげているが、イアンは涼しい顔である。さすがクール系お兄さんだな。


※※※


「でさぁ、結局のところ、マルセルって俺のこと好きなんだよ」
「よかったですね! カミ様! 惚気がすごい!」

 ぱちぱちと拍手してくる雪音ちゃんに、得意になる俺。進展あったら教えてくれと、毎度うるさい彼女である。流石にやることやったと、女子高校生相手にして直球で伝えることには抵抗があったので、なんかふんわりと伝えたところ、彼女は正しく意味を理解してくれたらしい。

 手放しで喜んでくれる雪音ちゃんは「カミ様が幸せなら、私も幸せです!」と、嬉しいことを言ってくれる。さすが俺のファン。

 てれてれと頬を掻いていると、「はい、これ」と唐突に雪音ちゃんが何かを押し付けてきた。反射的に受け取って確認すれば、以前マルセルにもらったイヤーカフ。

「忘れ物です」
「あ、うん」

 そういや、これにGPS的な機能があると知って、ぶん投げたな。雪音ちゃんは、それを拾って保管しておいてくれたらしい。

 手のひらでころころと転がして、ちょっと考える。マルセルからの贈り物であることは事実だから、その点については嬉しい。だが、GPS的機能については、俺のプライバシーという面からいい気分にはならない。

 うーん、と唸る俺に、雪音ちゃんは「つけておいた方がいいと思いますよ」とお気楽に提案してくる。

「でも、俺のプライバシーはどうなる」
「居場所がわかるだけでしょ? カミ様、どうせ自分の部屋か私の部屋しか行かないから。マルセル殿下にバレても特に問題ないですよね」

 悪かったな、行動範囲が狭くて。

 すべては俺を自由にしてくれないマルセルのせいだ。相変わらず、マルセルは俺の外出に反対らしい。カミ様ではないとわかったから大丈夫だと主張するが、彼は納得しない。

「そりゃそうですよ。だってカミ様は、マルセル殿下と付き合ってるんですよ!? 王太子殿下の恋人!! そりゃマルセル殿下も気軽に外出させたくはないでしょうよ」
「……意味がわからない」
「なんで! なんかこう、カミ様に何かあったらどうするんですか!」

 熱意のすごい雪音ちゃんは、どうやら俺の心配をしてくれているらしい。確かに、俺の立場的には色々気を付けなければならないこともあるのだろう。漫画とかでも、王子周辺の人物が命を狙われる的な展開はよくある。

 だが、この世界はそこまで治安悪くない。俺の命については、そこまで心配いらないのだ。では、マルセルは一体何を心配しているのか。

「マルセルはね、俺を外に出すと、うっかり迷って帰れなくなると思っているんだよ」
「あー、なるほど」

 納得するんじゃない。

 失礼な雪音ちゃんに、思わず半眼となる。いくらなんでも、迷子になったりはしない。俺のことをなんだと思っているんだ。

「じゃあ、そのイヤーカフつけとけばいいじゃないですか。それなら、迷子になってもマルセル殿下に見つけてもらえますよ」
「……たしかに」

 子供扱いされているようで非常に不服ではあるが、これをつけておくと言えば、マルセルも俺の外出に納得してくれるかもしれない。

「さすが雪音ちゃん。いいこと言うね」
「聖女ですからね!」

 聖女かどうかはあまり関係ないと思うけどな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

ハッピーエンド=ハーレムエンド?!~アフターストーリー~

琴葉悠
BL
異世界アルモニアで、ゲーム的に言うとハッピーエンドを迎えたダンテ。 しかし、まだまだ人生は長く── これは、ダンテが奮闘した学生時代の後話。 アフターストーリーである。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

猫が崇拝される人間の世界で猫獣人の俺って…

えの
BL
森の中に住む猫獣人ミルル。朝起きると知らない森の中に変わっていた。はて?でも気にしない!!のほほんと過ごしていると1人の少年に出会い…。中途半端かもしれませんが一応完結です。妊娠という言葉が出てきますが、妊娠はしません。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

処理中です...