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20 面会拒否
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「イアン」
「なんでしょうか、ミナト様」
ふたりきりの室内にて。ソファーの上で仁王立ちする俺を無言で降ろしたイアンは「お行儀悪いですよ」とお小言をもらしている。
「君さ。俺に協力してくれるって言ったよね?」
「……」
押し黙ったイアンは、協力の件をなかったことにしたいようである。そうはさせるか。すでに言質はとってある。残念だったな。
「マルセルをこの部屋に入れないで欲しい」
「それは。理由をお伺いしても?」
「うむ」
理由は簡単。会いたくないから。
先日のキス事件以来、どうもマルセルの顔を見ると心臓が痛くなるような気がする。痛みは気のせいかもしれないが、落ち着かないのは事実だ。
あの金髪が視界をよぎるだけで妙にそわそわする。今までの人生、ずっと自分第一でやってきた俺である。俺は俺、他人は他人のスタンスを貫いてきたが、なぜかマルセルのことになると妙に引っかかる。
あいつの些細な仕草と己を比べて勝手に敗北を感じる毎日である。精神的によろしくない。非常によろしくない。そして苦肉の策として捻り出したのが、マルセルとの面会拒絶である。マルセルの顔を見ると心がざわざわするというのであれば、対処法はシンプル。マルセルの顔見なきゃいい。
てことでイアンに協力を申し出たのだが、優秀な従者である彼は、「左様で」となんとも言えない表情をみせた。
「しかしながらミナト様。果たしてその問題は殿下に会わないことで解決する類のものなのでしょうか」
「解決するよ。間違いなく解決するから心配しないで」
「……左様で」
不服そうなイアンは、まったく納得していなかった。だが仕方がない。他に方法がないのだから。
「てなわけで。マルセルが来ても入れないでね。適当に追い返しておいて」
「承知致しました」
きれいに一礼してみせたイアンの顔には、不満の色が浮かんでいた。
※※※
だがイアンは優秀である。さすが敏腕お世話係。
嫌々といった態度を取る彼であったが、マルセルがここを訪れた際の対応は完璧であった。自分だけ外に出てマルセルと対面する彼は、決して俺とマルセルを会わせてなるものかという信念を持っていた。マジありがとう。
扉越しにマルセルの不機嫌声が聞こえてくるが、それに対するイアンの声は淡々としたものであった。廊下でのやり取りが漏れ聞こえるだけなのだが、イアンの奮闘は十分に伝わってきた。きっと扉の前に立ち塞がって一歩も引かなかったに違いない。なんて頼りになる男だ。
数分に及ぶ格闘の末、マルセルは踵を返したようだった。そっと室内に戻ってきたイアンは、非常に疲れた顔をしていた。
「殿下に楯突くなど」
なにやら小声で額を押さえるイアンを見て、罪悪感が湧き上がってくる。
「な、なんかごめんね?」
「いえ、すべてはミナト様のためですから」
キリッとした表情に戻ったイアンは、けれども少しだけ口元が引き攣っていた。なんかマジで申し訳ねぇ。
「クビになったりしない? 大丈夫?」
「ミナト様のご意向ということでお伝えしましたので。殿下はそこまで分別のない方ではございませんので、ご安心ください」
「ならいいけど」
正直これが原因でイアンがクビにでもなったら居た堪れないどころじゃない。ほっと胸を撫で下ろして、ソファーに横たわる。「お行儀悪いですよ」とイアンが寄ってくるが、それどころではない。今のやり取りを思い返して、俺の心にどんよりと分厚い雲がかかる。
「……なんかさ」
「はい?」
「マルセルだよ。諦めるの早かったね」
「……」
微かに眉を寄せたイアンは、無言で先を促してくる。
「いやちょっとさ。会えないって言われて結構すぐに引き下がったよね? もうちょい粘ってもよくない?」
「……左様で」
「なんかさ。これってつまりだ。マルセルは別に俺に会いたいってわけじゃないってことだろ。なんかこう生存確認的な意味合いで仕方なく顔見せてんだろ? じゃないとさ。あんなあっさり引き下がらないよな、普通」
「そんなことは」
歯切れの悪い返答をしたイアンは悪くない。彼は彼の仕事をまっとうしてくれただけだ。だが俺はちょっと不満である。
会いたくないとは言ったよ? 言ったけどさ。それで「はいそうですか」とわりかしあっさり引き下がられるとショックだよ。ここは「なんで会いたくないのか!」とかさ。ちょっとくらい理由を訊いてくれても良くないですか? 踵を返すな。
はあっと、ため息がこぼれる。なんだか最近、ため息ばっかりだ。
「あー、マルセルめ。あの腹黒王子が」
力なく呟けば、イアンがそっと毛布をかけてくれる。やだ優しい。今の俺はチョロいぞ。うっかり惚れてしまいそうだからやめてくれ。
「なんでしょうか、ミナト様」
ふたりきりの室内にて。ソファーの上で仁王立ちする俺を無言で降ろしたイアンは「お行儀悪いですよ」とお小言をもらしている。
「君さ。俺に協力してくれるって言ったよね?」
「……」
押し黙ったイアンは、協力の件をなかったことにしたいようである。そうはさせるか。すでに言質はとってある。残念だったな。
「マルセルをこの部屋に入れないで欲しい」
「それは。理由をお伺いしても?」
「うむ」
理由は簡単。会いたくないから。
先日のキス事件以来、どうもマルセルの顔を見ると心臓が痛くなるような気がする。痛みは気のせいかもしれないが、落ち着かないのは事実だ。
あの金髪が視界をよぎるだけで妙にそわそわする。今までの人生、ずっと自分第一でやってきた俺である。俺は俺、他人は他人のスタンスを貫いてきたが、なぜかマルセルのことになると妙に引っかかる。
あいつの些細な仕草と己を比べて勝手に敗北を感じる毎日である。精神的によろしくない。非常によろしくない。そして苦肉の策として捻り出したのが、マルセルとの面会拒絶である。マルセルの顔を見ると心がざわざわするというのであれば、対処法はシンプル。マルセルの顔見なきゃいい。
てことでイアンに協力を申し出たのだが、優秀な従者である彼は、「左様で」となんとも言えない表情をみせた。
「しかしながらミナト様。果たしてその問題は殿下に会わないことで解決する類のものなのでしょうか」
「解決するよ。間違いなく解決するから心配しないで」
「……左様で」
不服そうなイアンは、まったく納得していなかった。だが仕方がない。他に方法がないのだから。
「てなわけで。マルセルが来ても入れないでね。適当に追い返しておいて」
「承知致しました」
きれいに一礼してみせたイアンの顔には、不満の色が浮かんでいた。
※※※
だがイアンは優秀である。さすが敏腕お世話係。
嫌々といった態度を取る彼であったが、マルセルがここを訪れた際の対応は完璧であった。自分だけ外に出てマルセルと対面する彼は、決して俺とマルセルを会わせてなるものかという信念を持っていた。マジありがとう。
扉越しにマルセルの不機嫌声が聞こえてくるが、それに対するイアンの声は淡々としたものであった。廊下でのやり取りが漏れ聞こえるだけなのだが、イアンの奮闘は十分に伝わってきた。きっと扉の前に立ち塞がって一歩も引かなかったに違いない。なんて頼りになる男だ。
数分に及ぶ格闘の末、マルセルは踵を返したようだった。そっと室内に戻ってきたイアンは、非常に疲れた顔をしていた。
「殿下に楯突くなど」
なにやら小声で額を押さえるイアンを見て、罪悪感が湧き上がってくる。
「な、なんかごめんね?」
「いえ、すべてはミナト様のためですから」
キリッとした表情に戻ったイアンは、けれども少しだけ口元が引き攣っていた。なんかマジで申し訳ねぇ。
「クビになったりしない? 大丈夫?」
「ミナト様のご意向ということでお伝えしましたので。殿下はそこまで分別のない方ではございませんので、ご安心ください」
「ならいいけど」
正直これが原因でイアンがクビにでもなったら居た堪れないどころじゃない。ほっと胸を撫で下ろして、ソファーに横たわる。「お行儀悪いですよ」とイアンが寄ってくるが、それどころではない。今のやり取りを思い返して、俺の心にどんよりと分厚い雲がかかる。
「……なんかさ」
「はい?」
「マルセルだよ。諦めるの早かったね」
「……」
微かに眉を寄せたイアンは、無言で先を促してくる。
「いやちょっとさ。会えないって言われて結構すぐに引き下がったよね? もうちょい粘ってもよくない?」
「……左様で」
「なんかさ。これってつまりだ。マルセルは別に俺に会いたいってわけじゃないってことだろ。なんかこう生存確認的な意味合いで仕方なく顔見せてんだろ? じゃないとさ。あんなあっさり引き下がらないよな、普通」
「そんなことは」
歯切れの悪い返答をしたイアンは悪くない。彼は彼の仕事をまっとうしてくれただけだ。だが俺はちょっと不満である。
会いたくないとは言ったよ? 言ったけどさ。それで「はいそうですか」とわりかしあっさり引き下がられるとショックだよ。ここは「なんで会いたくないのか!」とかさ。ちょっとくらい理由を訊いてくれても良くないですか? 踵を返すな。
はあっと、ため息がこぼれる。なんだか最近、ため息ばっかりだ。
「あー、マルセルめ。あの腹黒王子が」
力なく呟けば、イアンがそっと毛布をかけてくれる。やだ優しい。今の俺はチョロいぞ。うっかり惚れてしまいそうだからやめてくれ。
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