上 下
50 / 88

50 困った

しおりを挟む
 ノエルは双子なのか。本人に訊くのが一番手っ取り早い。

 翌日。
 朝からノエルを待ち構えていたぼくは、お目当ての少年が敷地内に足を踏み入れるなり、持っていた泥団子を渾身の力で投げつけた。

「うわぁ!」

 大袈裟に驚いて足を止めたノエルは、「アル様? ダメですよ、こんなことしたら」と苦言を呈してくる。残念ながら命中しなかった。さっとしゃがんで、足元に置いていたふたつめの泥団子を手にとる。素早く構えるぼくに、ノエルが警戒心をあらわにする。ロルフが「ダメですよ」と棒読みで注意してくるが、それどころではない。

「ノエルお兄さん! ぼくは許しません!」
「え? 何の話ですか」

 きょとんとするノエルは、昨日とは違って優しいお兄さんのフリを貫いている。今日は猫被りノエルの方か。

「昨日ぼくのクッキー奪ったこと、まだ怒ってます!」

 謝ってくださぁい! と大声で泥団子を掲げるぼくは、ノエルとの距離を徐々に詰めていく。近くまで寄らないと、泥団子が命中しない。

 そろそろと後ろにさがるノエルは「昨日? クッキー? 何のことですか」と怪訝な顔だ。またもや知らないふりを貫くつもりか。

 片手に携えていたカバンで身を守ろうとするノエルは「昨日はお休みだったでしょう?」と言い聞かせるような声色で目線を合わせてくる。

 お休みだったけど、突然訪問してきたでしょうが。そのことを指摘すると、ノエルはますます変な顔をした。怖い話でも聞いたみたいな引き攣った顔で、ぼくのことをじっと見下ろしてくる。

「僕は昨日は来ていませんよ。予定があって来られないって言ったじゃないですか」
「予定が変わったって言って、ぼくのクッキー奪っていきました」
「僕はそんなことしていません」

 断言するノエルは、嘘をついているようには見えない。これは一体。

 ロルフに助けを求めると、「やっぱり別人ですって」という簡潔な主張が返ってきた。ふむ。そういう可能性もあったな。

「ノエルお兄さんは双子ですか?」

 質問すれば、ノエルは首を傾げる。

「違います。僕には兄弟はいませんよ」
「いないの?」
「はい」

 つまりノエルはひとりっ子。双子ではない。なにこれ、こっわ。

 ロルフの様子を窺うと、「えぇ? 双子じゃないの?」と小声でぶつぶつ言っている。ノエルの答えに、ロルフも困惑したようだ。ちょっぴり顔色が悪い。

 要するに、ノエルは昨日ここには来ていない。しかし、ぼくとロルフは昨日ここでノエルを見た。ロルフの言葉を信じるのであれば、ノエルはふたりいる。顔がそっくりで、性格はちょっと違うふたり。一番可能性があるのは双子説だけど、ノエルはそれを否定した。目の前のノエルが嘘をついている可能性もなくはないけど、どうだろうか。

 なんだか複雑になってきた状況に、ぼくは情けなく眉尻を下げる。原作にもない設定が出てきて、困惑。

「ノエルお兄さん、嘘ついてる?」
「ついてません」

 きっぱり言い切るノエルは、やはり嘘をついているようには見えない。

「ぼくはもう訳がわからないです」

 立ち尽くすぼくに、ノエルがそっと近寄ってくる。呆然とするぼくの手から泥団子を奪ったノエルは、「こんなに汚して」とハンカチでぼくの手をふきふきしてくる。

 されるがままにしていたが、ロルフが「あ、それ俺の仕事なのに」とぶつぶつ言う声でハッと我に返る。

「ノエルお兄さん。本当に双子じゃない?」
「違いますよ」

 繰り返し否定するノエルは、ぱんぱんと手を払って屋敷に向かって歩き出す。ぼくの部屋に向かうらしい。「行きましょう、アル様」と、ぼくのことを手招きするノエルを、とことこ追いかける。

 庭にいても仕方がない。
 とりあえず部屋に戻ろう。

 ロルフが一緒なのを確認して、ノエルの隣に並ぶ。今日は優しいお兄さんノエルだ。だったら一緒に遊んであげてもいいけど、謎は深まるばかり。

「困った困った」

 呆然と呟くぼくに、ロルフが「今日もアル様が可愛い」と天を仰いでいる。それを苦笑して見守るノエルは、「今日は何をしましょうか」とにこやかに問いかけてくる。

 うーん。本当に困ったな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

転生令息の、のんびりまったりな日々

かもめ みい
BL
3歳の時に前世の記憶を思い出した僕の、まったりした日々のお話。 ※ふんわり、緩やか設定な世界観です。男性が女性より多い世界となっております。なので同性愛は普通の世界です。不思議パワーで男性妊娠もあります。R15は保険です。 痛いのや暗いのはなるべく避けています。全体的にR15展開がある事すらお約束できません。男性妊娠のある世界観の為、ボーイズラブ作品とさせて頂いております。こちらはムーンライトノベル様にも投稿しておりますが、一部加筆修正しております。更新速度はまったりです。 ※無断転載はおやめください。Repost is prohibited.

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️ 第12回BL小説大賞に参加中! よろしくお願いします🙇‍♀️

処理中です...