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50 困った

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 ノエルは双子なのか。本人に訊くのが一番手っ取り早い。

 翌日。
 朝からノエルを待ち構えていたぼくは、お目当ての少年が敷地内に足を踏み入れるなり、持っていた泥団子を渾身の力で投げつけた。

「うわぁ!」

 大袈裟に驚いて足を止めたノエルは、「アル様? ダメですよ、こんなことしたら」と苦言を呈してくる。残念ながら命中しなかった。さっとしゃがんで、足元に置いていたふたつめの泥団子を手にとる。素早く構えるぼくに、ノエルが警戒心をあらわにする。ロルフが「ダメですよ」と棒読みで注意してくるが、それどころではない。

「ノエルお兄さん! ぼくは許しません!」
「え? 何の話ですか」

 きょとんとするノエルは、昨日とは違って優しいお兄さんのフリを貫いている。今日は猫被りノエルの方か。

「昨日ぼくのクッキー奪ったこと、まだ怒ってます!」

 謝ってくださぁい! と大声で泥団子を掲げるぼくは、ノエルとの距離を徐々に詰めていく。近くまで寄らないと、泥団子が命中しない。

 そろそろと後ろにさがるノエルは「昨日? クッキー? 何のことですか」と怪訝な顔だ。またもや知らないふりを貫くつもりか。

 片手に携えていたカバンで身を守ろうとするノエルは「昨日はお休みだったでしょう?」と言い聞かせるような声色で目線を合わせてくる。

 お休みだったけど、突然訪問してきたでしょうが。そのことを指摘すると、ノエルはますます変な顔をした。怖い話でも聞いたみたいな引き攣った顔で、ぼくのことをじっと見下ろしてくる。

「僕は昨日は来ていませんよ。予定があって来られないって言ったじゃないですか」
「予定が変わったって言って、ぼくのクッキー奪っていきました」
「僕はそんなことしていません」

 断言するノエルは、嘘をついているようには見えない。これは一体。

 ロルフに助けを求めると、「やっぱり別人ですって」という簡潔な主張が返ってきた。ふむ。そういう可能性もあったな。

「ノエルお兄さんは双子ですか?」

 質問すれば、ノエルは首を傾げる。

「違います。僕には兄弟はいませんよ」
「いないの?」
「はい」

 つまりノエルはひとりっ子。双子ではない。なにこれ、こっわ。

 ロルフの様子を窺うと、「えぇ? 双子じゃないの?」と小声でぶつぶつ言っている。ノエルの答えに、ロルフも困惑したようだ。ちょっぴり顔色が悪い。

 要するに、ノエルは昨日ここには来ていない。しかし、ぼくとロルフは昨日ここでノエルを見た。ロルフの言葉を信じるのであれば、ノエルはふたりいる。顔がそっくりで、性格はちょっと違うふたり。一番可能性があるのは双子説だけど、ノエルはそれを否定した。目の前のノエルが嘘をついている可能性もなくはないけど、どうだろうか。

 なんだか複雑になってきた状況に、ぼくは情けなく眉尻を下げる。原作にもない設定が出てきて、困惑。

「ノエルお兄さん、嘘ついてる?」
「ついてません」

 きっぱり言い切るノエルは、やはり嘘をついているようには見えない。

「ぼくはもう訳がわからないです」

 立ち尽くすぼくに、ノエルがそっと近寄ってくる。呆然とするぼくの手から泥団子を奪ったノエルは、「こんなに汚して」とハンカチでぼくの手をふきふきしてくる。

 されるがままにしていたが、ロルフが「あ、それ俺の仕事なのに」とぶつぶつ言う声でハッと我に返る。

「ノエルお兄さん。本当に双子じゃない?」
「違いますよ」

 繰り返し否定するノエルは、ぱんぱんと手を払って屋敷に向かって歩き出す。ぼくの部屋に向かうらしい。「行きましょう、アル様」と、ぼくのことを手招きするノエルを、とことこ追いかける。

 庭にいても仕方がない。
 とりあえず部屋に戻ろう。

 ロルフが一緒なのを確認して、ノエルの隣に並ぶ。今日は優しいお兄さんノエルだ。だったら一緒に遊んであげてもいいけど、謎は深まるばかり。

「困った困った」

 呆然と呟くぼくに、ロルフが「今日もアル様が可愛い」と天を仰いでいる。それを苦笑して見守るノエルは、「今日は何をしましょうか」とにこやかに問いかけてくる。

 うーん。本当に困ったな。
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