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23 野次馬お兄さん
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ロルフと一緒に廊下を歩いていると、前方からやって来る人影が見えた。
見知らぬ人だ。というか、小さい。まだ子供だ。
オルコット公爵家の屋敷には、人がたくさん居る。しかしそのほとんどは使用人や騎士といった大人だ。五歳のぼくが一番小さい。
そんなぼくよりかは大きいが、どう見てもうちで働いているようには見えない小さい子がいる。誰だろうか。
むむっと考えて、思い当たるのは先程庭で見かけた馬車。もしかして、彼がお兄様のお客さんだろうか。
顎のあたりまで伸びた綺麗な銀髪である。青みがかった澄んだ瞳が、やけに目をひく美人さんだ。
「やあ、こんにちは」
「……こんちは」
ぼくの前までやってきた少年は、気さくな挨拶と共に微笑んでくる。わざわざ足を止めて挨拶してくれた。
なんか、どこかで見たような顔だな。
記憶を探るぼく。ちらりと背後のロルフを確認すれば、彼はピシッと控えて従者モードだ。少年の格好を見ても、使用人には見えない。きっとどこかの家のお坊ちゃんだ。遊びに来たのかな。
「ぼくはアルっていいます」
とりあえず自己紹介しておけば、少年が「君がアルくんか」と呑気に笑う。笑っていないでそっちも名乗れ。ぼくにだけ名乗らせるなんて卑怯だと思う。口を開く気配のない少年相手に「お名前は!?」と勢いよく問い詰めれば、「あぁ、ごめん」というまったく悪びれない微笑が返ってきた。
「僕はノエル。よろしくね、アルくん」
ノエルという名前に、ピンとくる。
目を見開いて、はわわと目の前の少年を観察する。透き通るような瞳に、目をひく銀髪。間違いない。
ノエル・モルガン。
十歳。モルガン伯爵家の長男である。
こいつは原作小説にもたびたび登場していた。
作中、色々と事件が起きるのだが、その騒動の中心に必ずと言っていいほど居た人物。それがノエルである。ぼくは、彼のことを心の中で野次馬くんと呼んでいた。
今は五歳のぼくである。ぼくよりお兄さんなので、野次馬くん改め野次馬お兄さんだな。
騒動が大好きなのかなんなのか。事件現場には必ず居合わせる不思議なお兄さん。原作の中では、怪しい雰囲気を漂わせる厄介なお子様として登場していた。確か、物語後半でリオラお兄様によるリッキーへの嫌がらせ行為に気が付いたノエルは、それを面白がってリオラお兄様を焚き付けていた。
ノエルは、ライアンの味方でもなければ、リオラお兄様の味方というわけでもない。非常に微妙な立ち位置にいた。
十歳児っぽく無邪気に面白がって事件を引っ掻き回す厄介なお子様。それがノエルである。原作小説では、数々の事件の引き金役として制作側に重宝されていた節がある。要するに、トラブルメーカーというわけだ。ノエルが姿を現すと、必ず事件が起きる(彼はそういう役割を担っていたので)。それに上手い具合にライアンとリッキーが巻き込まれて、騒動を解決する過程で愛を深めるのだ。
儚げな雰囲気を漂わせる銀髪少年は、ぼくのことを上から下まで観察してうっすらと笑っている。なにがおかしいのか。人を見て笑うなんて、失礼極まりないお子様である。さすがノエル。
ということはだ。
こりゃなにか事件が起こるに違いないぞ。
一体なにが起こるというのか。ぼんやり考えるぼくであったが、眼前のノエルの不躾な視線を受けて、ハッと我に返る。
「ぼくは五歳です!」
ぱっと右手を開いて急いで前に突き出せば、「小さいね」という唐突な悪口が返ってきた。
きみも小さいだろうが。
「何歳ですか」
「僕? 十歳だよ」
ほほう。
ここは原作と同じだ。
どうやらリオラお兄様に会いに来たらしい。オルコット公爵家とモルガン伯爵家は昔からたびたび交流のある間柄だ。
確か、原作小説でのノエルは、歳の近いぼくと遊ぶため頻繁にオルコット公爵家を訪れているという設定だった。作中では、ぼくとノエルが一緒に遊ぶ場面の描写はばっさりカットされていたのだが。
そこは大人の都合というやつだ。トラブルメーカーであるノエルを、自然な形でオルコット公爵家に出入りさせようと考えた結果、ぼくが利用されていたというわけ。
であれば、もしかしてノエルは原作同様、ぼくと遊ぶためここに呼ばれたのだろうか。そして、ノエルが居るということは、原作小説であれば間違いなくなにかトラブルが生じる前触れだ。
ちょっと緊張。
ちらっとロルフの様子を窺うが、彼はピシッとモードで無言を貫いている。ノエルはノエルで、呑気に微笑んでいる。
にこにこノエルは、ぼくのことを見つめるだけで動こうとしない。
「ぼくはアルっていいます」
「さっきも聞いたよ?」
「五歳です」
「それも聞いたね」
……。
話題が尽きた。
初対面の野次馬お兄さんと話すことなんて皆無。しかし無言の時間はつらい。再び「五歳でーす!」と主張しておけば「わかったわかった。五歳なんだね。すごいね」という棒読みのセリフが返ってくる。
「ノエルは何歳ですか」
「だから十歳だって。この話いつまで続くのかな?」
きみがこの場を立ち去るまでに決まっている。ひたすら「五歳です!」と繰り返すぼくに、ノエルは助けを求めるようにロルフの顔をじっと凝視していた。
見知らぬ人だ。というか、小さい。まだ子供だ。
オルコット公爵家の屋敷には、人がたくさん居る。しかしそのほとんどは使用人や騎士といった大人だ。五歳のぼくが一番小さい。
そんなぼくよりかは大きいが、どう見てもうちで働いているようには見えない小さい子がいる。誰だろうか。
むむっと考えて、思い当たるのは先程庭で見かけた馬車。もしかして、彼がお兄様のお客さんだろうか。
顎のあたりまで伸びた綺麗な銀髪である。青みがかった澄んだ瞳が、やけに目をひく美人さんだ。
「やあ、こんにちは」
「……こんちは」
ぼくの前までやってきた少年は、気さくな挨拶と共に微笑んでくる。わざわざ足を止めて挨拶してくれた。
なんか、どこかで見たような顔だな。
記憶を探るぼく。ちらりと背後のロルフを確認すれば、彼はピシッと控えて従者モードだ。少年の格好を見ても、使用人には見えない。きっとどこかの家のお坊ちゃんだ。遊びに来たのかな。
「ぼくはアルっていいます」
とりあえず自己紹介しておけば、少年が「君がアルくんか」と呑気に笑う。笑っていないでそっちも名乗れ。ぼくにだけ名乗らせるなんて卑怯だと思う。口を開く気配のない少年相手に「お名前は!?」と勢いよく問い詰めれば、「あぁ、ごめん」というまったく悪びれない微笑が返ってきた。
「僕はノエル。よろしくね、アルくん」
ノエルという名前に、ピンとくる。
目を見開いて、はわわと目の前の少年を観察する。透き通るような瞳に、目をひく銀髪。間違いない。
ノエル・モルガン。
十歳。モルガン伯爵家の長男である。
こいつは原作小説にもたびたび登場していた。
作中、色々と事件が起きるのだが、その騒動の中心に必ずと言っていいほど居た人物。それがノエルである。ぼくは、彼のことを心の中で野次馬くんと呼んでいた。
今は五歳のぼくである。ぼくよりお兄さんなので、野次馬くん改め野次馬お兄さんだな。
騒動が大好きなのかなんなのか。事件現場には必ず居合わせる不思議なお兄さん。原作の中では、怪しい雰囲気を漂わせる厄介なお子様として登場していた。確か、物語後半でリオラお兄様によるリッキーへの嫌がらせ行為に気が付いたノエルは、それを面白がってリオラお兄様を焚き付けていた。
ノエルは、ライアンの味方でもなければ、リオラお兄様の味方というわけでもない。非常に微妙な立ち位置にいた。
十歳児っぽく無邪気に面白がって事件を引っ掻き回す厄介なお子様。それがノエルである。原作小説では、数々の事件の引き金役として制作側に重宝されていた節がある。要するに、トラブルメーカーというわけだ。ノエルが姿を現すと、必ず事件が起きる(彼はそういう役割を担っていたので)。それに上手い具合にライアンとリッキーが巻き込まれて、騒動を解決する過程で愛を深めるのだ。
儚げな雰囲気を漂わせる銀髪少年は、ぼくのことを上から下まで観察してうっすらと笑っている。なにがおかしいのか。人を見て笑うなんて、失礼極まりないお子様である。さすがノエル。
ということはだ。
こりゃなにか事件が起こるに違いないぞ。
一体なにが起こるというのか。ぼんやり考えるぼくであったが、眼前のノエルの不躾な視線を受けて、ハッと我に返る。
「ぼくは五歳です!」
ぱっと右手を開いて急いで前に突き出せば、「小さいね」という唐突な悪口が返ってきた。
きみも小さいだろうが。
「何歳ですか」
「僕? 十歳だよ」
ほほう。
ここは原作と同じだ。
どうやらリオラお兄様に会いに来たらしい。オルコット公爵家とモルガン伯爵家は昔からたびたび交流のある間柄だ。
確か、原作小説でのノエルは、歳の近いぼくと遊ぶため頻繁にオルコット公爵家を訪れているという設定だった。作中では、ぼくとノエルが一緒に遊ぶ場面の描写はばっさりカットされていたのだが。
そこは大人の都合というやつだ。トラブルメーカーであるノエルを、自然な形でオルコット公爵家に出入りさせようと考えた結果、ぼくが利用されていたというわけ。
であれば、もしかしてノエルは原作同様、ぼくと遊ぶためここに呼ばれたのだろうか。そして、ノエルが居るということは、原作小説であれば間違いなくなにかトラブルが生じる前触れだ。
ちょっと緊張。
ちらっとロルフの様子を窺うが、彼はピシッとモードで無言を貫いている。ノエルはノエルで、呑気に微笑んでいる。
にこにこノエルは、ぼくのことを見つめるだけで動こうとしない。
「ぼくはアルっていいます」
「さっきも聞いたよ?」
「五歳です」
「それも聞いたね」
……。
話題が尽きた。
初対面の野次馬お兄さんと話すことなんて皆無。しかし無言の時間はつらい。再び「五歳でーす!」と主張しておけば「わかったわかった。五歳なんだね。すごいね」という棒読みのセリフが返ってくる。
「ノエルは何歳ですか」
「だから十歳だって。この話いつまで続くのかな?」
きみがこの場を立ち去るまでに決まっている。ひたすら「五歳です!」と繰り返すぼくに、ノエルは助けを求めるようにロルフの顔をじっと凝視していた。
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