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19 こだわり
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「恋人いないシャルお兄さん」
「すごい不名誉な呼び方」
遠い目をしたシャルお兄さんは、仕事が忙しくて恋人できないという。そんなお兄さんに朗報だ。
「職場恋愛すれば、ぜんぶ解決」
「はぁ」
仕事忙しくて、外に恋人探しにいく暇がないというのであれば、職場であるここオルコット家で済ませれば問題解決である。
そう、リオラお兄様だ。
「シャルお兄さんは、どんな人がタイプですか?」
わくわくしながら尋ねると、お兄さんはなにやら考え込んでしまう。
「タイプ? 改めて聞かれると難しいですね」
「優しい人は好き?」
「まぁ、はい」
「お金持ちは?」
「え? いや金が全てではありませんが、持っているに越したことはないですよね」
ほほう。
リオラお兄様は、優しくてお金持ちである。シャルお兄さんの好みドンピシャだ。これは運命だ。
「シャルお兄さんにぴったりの人。ぼくが紹介してあげます」
「え……?」
なにやら変な声を漏らしたシャルお兄さんであるが、それ以上の言葉は出てこなかった。どうやら恋人探しに前向きらしい。これはとても好都合である。
「まず、髪の毛モジャモジャをどうにかしたほうがいいと思います」
前髪が目元を覆ってしまい、お顔がよくわからないのだ。初見だと不審者と間違えてしまう。
公爵家の長男であるリオラお兄様に紹介するのだから、それなりに綺麗な格好をしておかないとダメだろう。
前髪あげて、とアドバイスするが、シャルお兄さんは「それは無理です!」と突っぱねてしまう。
「なんで? 髪の毛邪魔で前見えないでしょ」
「邪魔ではありません! むしろこれがないと!」
「……そうなの?」
よくわからないが、シャルお兄さんは前髪にひどく拘りがあるらしい。だったら仕方がない。そのままでいこう。
「アル様。この人、ガストン団長ですって」
こそっと耳打ちしてくるロルフは、諦めが悪かった。どうしても、シャルお兄さんとガストン団長は同一人物だということにしたいらしい。
やれやれ。頑なな従者をもつと大変である。
「シャルお兄さんは、ガストン団長ですか?」
「違います! そんなわけはありません!」
ロルフがうるさいので、一応お尋ねするが、シャルお兄さんは勢いよく否定する。ほら違うってよ、とロルフを振り返るが、彼はいまだに不満そうな顔をしている。一体どうすれば満足なんだ。
「じゃあ、行こう」
しかし、この話題にはきりがない。ロルフはずっとガストン団長はシャルお兄さんと主張し続けるだけで、進展がないからな。申し訳ないが、また今度にしてほしい。
今は、リオラお兄様の方が大事。
シャルお兄さんを急かせば、彼は「行くって、どちらに?」と首を傾げる。
「恋人ご紹介します」
「今からですか?」
「はい」
なぜかロルフに顔を向けるお兄さんは、動く気配がない。もしかして、突然の事態に混乱しているのかもしれない。
「大丈夫。シャルお兄さんならいけるよ」
「ありがとうございます?」
あやふやにお礼を言うシャルお兄さんの手を引っ張る。中腰状態でついて来てくれるお兄さんを、頑張ってご案内する。
そうして文句たらたらのロルフと共に、屋敷に入ったぼくは、迷うことなくリオラお兄様のお部屋へと向かう。
「あの、アル様?」
「もうちょっとだから。ついて来てください」
「はぁ」
相変わらずお顔は見えないが、なんだか緊張しているらしいシャルお兄さん。大丈夫。ぼくがバッチリサポートするので。
「リオラお兄様!」
「どうしたのかな、アル」
お部屋でお仕事をしていたお兄様は、手を止めてから顔を上げてくれる。そうして、ぼくと手を繋ぐシャルお兄さんを視界に捉えたお兄様は、驚いたように目を丸くしている。
「あ、いえあの。これはその」
しどろもどろになってしまうシャルお兄さんは、緊張しているのだろう。大丈夫だよと励まして、お兄様に紹介する。背後で、ロルフが笑いを堪えるように震えているが、気にしない。ロルフは些細なことですぐに笑うのだ。きっと箸が転んでもおかしいお年頃なのだろう。
「お兄様! この人はシャルお兄さんです」
「シャル……?」
変な顔をしたお兄様は、シャルお兄さんに、なにやら疑いの目を向けている。きっと前髪がお邪魔で顔が見えないことを警戒しているらしい。
「シャルお兄さんは、前髪にこだわりあるので」
「こだわり」
おうむ返しをしたお兄様は、何か言いたそうに口を開けるが、結局は黙り込んでしまう。
「シャルお兄さんは、しっかり信念あります。地面にべちゃっとしてるので」
「それは信念なの?」
「はい! そうです! きゅーけーにこだわりある人です」
「休憩に」
律儀に言い直したリオラお兄様は、困ったように立ち尽くしてしまう。
シャルお兄さんの背中をペシペシして、挨拶を促しておく。一瞬だけ躊躇したお兄さんだが、すぐに襟元を整えるときれいにお辞儀した。
「リオラ様! シャルと申します! 以後お見知り置きを」
なぜかドン引きするリオラお兄様は、ぼくを見下ろして「アル?」と呼んでくる。
「なんですか」
「今度はガストン団長と遊んでいるのかい? でも団長は忙しい人だからね。あんまり困らせてはいけないよ」
とんでもないことを言い出すお兄様は、どうやらシャルお兄さんがガストン団長だと疑っているらしい。みんなしてどういうつもりだ。
「この人はシャルお兄さんです! ガストン団長じゃありません」
「困ったな」
眉尻を下げるお兄様は、何を言っているのか。困っているのはこちらである。
「すごい不名誉な呼び方」
遠い目をしたシャルお兄さんは、仕事が忙しくて恋人できないという。そんなお兄さんに朗報だ。
「職場恋愛すれば、ぜんぶ解決」
「はぁ」
仕事忙しくて、外に恋人探しにいく暇がないというのであれば、職場であるここオルコット家で済ませれば問題解決である。
そう、リオラお兄様だ。
「シャルお兄さんは、どんな人がタイプですか?」
わくわくしながら尋ねると、お兄さんはなにやら考え込んでしまう。
「タイプ? 改めて聞かれると難しいですね」
「優しい人は好き?」
「まぁ、はい」
「お金持ちは?」
「え? いや金が全てではありませんが、持っているに越したことはないですよね」
ほほう。
リオラお兄様は、優しくてお金持ちである。シャルお兄さんの好みドンピシャだ。これは運命だ。
「シャルお兄さんにぴったりの人。ぼくが紹介してあげます」
「え……?」
なにやら変な声を漏らしたシャルお兄さんであるが、それ以上の言葉は出てこなかった。どうやら恋人探しに前向きらしい。これはとても好都合である。
「まず、髪の毛モジャモジャをどうにかしたほうがいいと思います」
前髪が目元を覆ってしまい、お顔がよくわからないのだ。初見だと不審者と間違えてしまう。
公爵家の長男であるリオラお兄様に紹介するのだから、それなりに綺麗な格好をしておかないとダメだろう。
前髪あげて、とアドバイスするが、シャルお兄さんは「それは無理です!」と突っぱねてしまう。
「なんで? 髪の毛邪魔で前見えないでしょ」
「邪魔ではありません! むしろこれがないと!」
「……そうなの?」
よくわからないが、シャルお兄さんは前髪にひどく拘りがあるらしい。だったら仕方がない。そのままでいこう。
「アル様。この人、ガストン団長ですって」
こそっと耳打ちしてくるロルフは、諦めが悪かった。どうしても、シャルお兄さんとガストン団長は同一人物だということにしたいらしい。
やれやれ。頑なな従者をもつと大変である。
「シャルお兄さんは、ガストン団長ですか?」
「違います! そんなわけはありません!」
ロルフがうるさいので、一応お尋ねするが、シャルお兄さんは勢いよく否定する。ほら違うってよ、とロルフを振り返るが、彼はいまだに不満そうな顔をしている。一体どうすれば満足なんだ。
「じゃあ、行こう」
しかし、この話題にはきりがない。ロルフはずっとガストン団長はシャルお兄さんと主張し続けるだけで、進展がないからな。申し訳ないが、また今度にしてほしい。
今は、リオラお兄様の方が大事。
シャルお兄さんを急かせば、彼は「行くって、どちらに?」と首を傾げる。
「恋人ご紹介します」
「今からですか?」
「はい」
なぜかロルフに顔を向けるお兄さんは、動く気配がない。もしかして、突然の事態に混乱しているのかもしれない。
「大丈夫。シャルお兄さんならいけるよ」
「ありがとうございます?」
あやふやにお礼を言うシャルお兄さんの手を引っ張る。中腰状態でついて来てくれるお兄さんを、頑張ってご案内する。
そうして文句たらたらのロルフと共に、屋敷に入ったぼくは、迷うことなくリオラお兄様のお部屋へと向かう。
「あの、アル様?」
「もうちょっとだから。ついて来てください」
「はぁ」
相変わらずお顔は見えないが、なんだか緊張しているらしいシャルお兄さん。大丈夫。ぼくがバッチリサポートするので。
「リオラお兄様!」
「どうしたのかな、アル」
お部屋でお仕事をしていたお兄様は、手を止めてから顔を上げてくれる。そうして、ぼくと手を繋ぐシャルお兄さんを視界に捉えたお兄様は、驚いたように目を丸くしている。
「あ、いえあの。これはその」
しどろもどろになってしまうシャルお兄さんは、緊張しているのだろう。大丈夫だよと励まして、お兄様に紹介する。背後で、ロルフが笑いを堪えるように震えているが、気にしない。ロルフは些細なことですぐに笑うのだ。きっと箸が転んでもおかしいお年頃なのだろう。
「お兄様! この人はシャルお兄さんです」
「シャル……?」
変な顔をしたお兄様は、シャルお兄さんに、なにやら疑いの目を向けている。きっと前髪がお邪魔で顔が見えないことを警戒しているらしい。
「シャルお兄さんは、前髪にこだわりあるので」
「こだわり」
おうむ返しをしたお兄様は、何か言いたそうに口を開けるが、結局は黙り込んでしまう。
「シャルお兄さんは、しっかり信念あります。地面にべちゃっとしてるので」
「それは信念なの?」
「はい! そうです! きゅーけーにこだわりある人です」
「休憩に」
律儀に言い直したリオラお兄様は、困ったように立ち尽くしてしまう。
シャルお兄さんの背中をペシペシして、挨拶を促しておく。一瞬だけ躊躇したお兄さんだが、すぐに襟元を整えるときれいにお辞儀した。
「リオラ様! シャルと申します! 以後お見知り置きを」
なぜかドン引きするリオラお兄様は、ぼくを見下ろして「アル?」と呼んでくる。
「なんですか」
「今度はガストン団長と遊んでいるのかい? でも団長は忙しい人だからね。あんまり困らせてはいけないよ」
とんでもないことを言い出すお兄様は、どうやらシャルお兄さんがガストン団長だと疑っているらしい。みんなしてどういうつもりだ。
「この人はシャルお兄さんです! ガストン団長じゃありません」
「困ったな」
眉尻を下げるお兄様は、何を言っているのか。困っているのはこちらである。
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