13 / 127
13 枝泥棒
しおりを挟む
「アル様」
低い声でぼくの名前を呼ぶガストン団長は、素早く屈むと、ひょいっとぼくの両脇に手を入れて持ち上げてしまう。為す術なく固まるぼく。
突然高くなった視界に、あわわと震える。
ここで手を放されると、ぼくは真っ逆さまだ。ガストン団長はそんなことしないと信じたいが、彼は原作小説でぼくら兄弟を破滅へと追いやる張本人だ。ちょっと怖い。
隙のない団長は、キリッとした面持ちでぼくの瞳を覗き込んでくる。感情の読めない黒目には、情けない表情のぼくが映っている。
「セスが何か失礼を?」
どうやら状況をあまり把握していないらしい。セスとは、人質お兄さんのお名前だろう。ふるふると懸命に首を左右に振ると、団長が眉間に皺をつくった。
「では、ライアンが何か?」
飛び出てきた名前に、肩を揺らす。目敏い団長は、それを見逃さない。再び「ライアンが何か?」と問うてくる団長に、ぼくはゆっくりと口を開く。
「ライアンが、ぼくに意地悪してきます」
とりあえず、ライアンの悪行を報告しておいてやる。「意地悪?」と首を捻った団長は、ぼくをそっと地面におろすと、今度はライアンは睨みつけている。
「おい」
「いやいや、誤解ですって」
俺がいつアル様に意地悪しましたよ、と眉尻を下げるライアンは、間違いなく困っていた。この期に及んでまだ逃げるつもりらしい。
ガストン団長の騎士服を引っ張って、注意をこちらに向けさせる。
「ライアンが、ガストン団長と落ちてるお兄さんは同じ人ってまだ言ってます。リオラお兄様にも同じ嘘ついてます。あいつはとんでもない嘘つきです!」
先程手放してしまった枝をさっと拾い上げて、再び人質お兄さんに突きつける。ぼけっと成り行きを見守っていたセスお兄さんは、我に返ったように両手をあげる。少し遠くで、ライアンが「冤罪ですよ!」と大声を上げている。往生際が悪過ぎるぞ。
「団長、助けてください」
ガストン団長に助けを求めるセスお兄さんは、震えていた。ぼくにビビっているらしいので、おらおらと枝を突き付けておく。
その様子を眺めていた団長は、「は?」と変な声をもらした。しばらく立ち尽くしていた団長は、にやにやと悪い笑みを浮かべるぼくの右手から、さっと枝を奪っていく。なんて早技。
枝の消えた右手をぼけっと見つめて、すぐさま団長に抗議するが、団長は困ったように眉間に皺を寄せるだけで返してくれない。
「枝泥棒め!」
「枝泥棒ってなんすか」
ロルフが口元を押さえてふるふるしている。どうせぼくを笑うつもりなのだろう。嫌な従者だ。
返せ返せとありったけの大声で騒いでやる。
失礼なロルフは、大袈裟に耳を塞いで「アル様。ちょっとお静かに」と被害者面してくる。だが、クールなガストン団長は動じない。どっしり構える彼は、ぽいっと枝を遠くに放り投げてしまった。
慌てて取りに行こうと一歩踏み出すが、団長が邪魔してくる。ぼくの前に立ち塞がった団長は、「アル様」と、静かにぼくを呼んでくる。
「なんだぁ!」
とりあえず、焦りを悟られないようにと堂々とお返事しておく。心なしか、団長が肩を揺らしたような気がする。もしやぼくの大声にビビったのか? クールな団長なのに?
なぜか黙った団長は、じっとぼくを見下ろしてくる。負けじと目に力を込めておく。
すっと屈んだ団長は、「ライアンには、私の方から言い聞かせておきますので」と淡々と口にする。それを受けて、ライアンが肩を怒らせる。
「いい加減にしてくださいよ、団長! どんだけ見栄っ張りなんですか」
見栄っ張り。そういえば、リオラお兄様もそんなこと言っていたな。
「団長は見栄っ張りですか?」
ガストン団長の黒い瞳を覗き込んで尋ねれば、彼は僅かに目を細める。
「いえ、そんなことは」
緩く首を傾げる団長は、見栄っ張りを否定してくる。これはどういうことだろうか。
もしや、騎士団とガストン団長が対立しているのだろうか。なぜだろうか。そこまで考えて、ハッとする。
そういえば、原作小説でガストン団長は初めリオラお兄様の味方っぽく登場していた。怖いお兄さんというイメージが強過ぎて忘れていたが、彼はリオラお兄様の忠実なしもべである。
リオラお兄様の味方と思わせておいて、最後の最後で裏切るのだ。主人公ライアンや騎士団までもがガストン団長に騙されていた。彼らもガストン団長がライアン側についた時、驚きに目を見開いていたはずだ。
ということはだ。
もしかして現在は、ガストン団長が内心でリオラお兄様への不信感を募らせているところなのかもしれない。
そうであれば、団長と騎士たちの意見が合わない点に納得がいく。リオラお兄様による嫌がらせ初期段階では、ガストン団長はお兄様側の人間であった。
つまり、今現在ライアンを含む騎士たちは、リオラお兄様とガストン団長、それにぼくへの嫌がらせをしているのか?
でも原作小説でライアンがリオラお兄様に嫌がらせする場面なんてあったかな? ライアンはかっこいい攻め主人公である。そんな主人公が、相手が悪役令息とはいえ、嫌がらせなんて姑息なことをするかな。なんかライアンのイメージと合わない気がする。
確か、リオラお兄様によるリッキーへの嫌がらせに気がついたライアンは、初めはお兄様との仲直りを目指したはずだ。けれども、頑ななリオラお兄様に嫌気のさしたライアンは、説得を諦める。リオラお兄様に苦言を呈することはあっても、嫌がらせ行為に走ることはなかったはずだ。もっぱら、バチバチしていたのはガストン団長と騎士たちだ。
これは一体どういうことだろうか。
他にも、原作小説ではライアンとリッキーはいつも一緒だった。それこそリオラお兄様が入り込む隙間がないくらいに。お兄様はそれが原因で嫉妬するのだ。
しかし、ライアンとリッキーが共にいる場面をあまり見ない。
なんか、小説とは異なる点がたくさんある。
考え込むぼくに、みんなが注目しているのがわかる。これはあれだ。一度、作戦を練り直さなければならない。ちょっと色々と考えたいことが増えてしまったからな。
低い声でぼくの名前を呼ぶガストン団長は、素早く屈むと、ひょいっとぼくの両脇に手を入れて持ち上げてしまう。為す術なく固まるぼく。
突然高くなった視界に、あわわと震える。
ここで手を放されると、ぼくは真っ逆さまだ。ガストン団長はそんなことしないと信じたいが、彼は原作小説でぼくら兄弟を破滅へと追いやる張本人だ。ちょっと怖い。
隙のない団長は、キリッとした面持ちでぼくの瞳を覗き込んでくる。感情の読めない黒目には、情けない表情のぼくが映っている。
「セスが何か失礼を?」
どうやら状況をあまり把握していないらしい。セスとは、人質お兄さんのお名前だろう。ふるふると懸命に首を左右に振ると、団長が眉間に皺をつくった。
「では、ライアンが何か?」
飛び出てきた名前に、肩を揺らす。目敏い団長は、それを見逃さない。再び「ライアンが何か?」と問うてくる団長に、ぼくはゆっくりと口を開く。
「ライアンが、ぼくに意地悪してきます」
とりあえず、ライアンの悪行を報告しておいてやる。「意地悪?」と首を捻った団長は、ぼくをそっと地面におろすと、今度はライアンは睨みつけている。
「おい」
「いやいや、誤解ですって」
俺がいつアル様に意地悪しましたよ、と眉尻を下げるライアンは、間違いなく困っていた。この期に及んでまだ逃げるつもりらしい。
ガストン団長の騎士服を引っ張って、注意をこちらに向けさせる。
「ライアンが、ガストン団長と落ちてるお兄さんは同じ人ってまだ言ってます。リオラお兄様にも同じ嘘ついてます。あいつはとんでもない嘘つきです!」
先程手放してしまった枝をさっと拾い上げて、再び人質お兄さんに突きつける。ぼけっと成り行きを見守っていたセスお兄さんは、我に返ったように両手をあげる。少し遠くで、ライアンが「冤罪ですよ!」と大声を上げている。往生際が悪過ぎるぞ。
「団長、助けてください」
ガストン団長に助けを求めるセスお兄さんは、震えていた。ぼくにビビっているらしいので、おらおらと枝を突き付けておく。
その様子を眺めていた団長は、「は?」と変な声をもらした。しばらく立ち尽くしていた団長は、にやにやと悪い笑みを浮かべるぼくの右手から、さっと枝を奪っていく。なんて早技。
枝の消えた右手をぼけっと見つめて、すぐさま団長に抗議するが、団長は困ったように眉間に皺を寄せるだけで返してくれない。
「枝泥棒め!」
「枝泥棒ってなんすか」
ロルフが口元を押さえてふるふるしている。どうせぼくを笑うつもりなのだろう。嫌な従者だ。
返せ返せとありったけの大声で騒いでやる。
失礼なロルフは、大袈裟に耳を塞いで「アル様。ちょっとお静かに」と被害者面してくる。だが、クールなガストン団長は動じない。どっしり構える彼は、ぽいっと枝を遠くに放り投げてしまった。
慌てて取りに行こうと一歩踏み出すが、団長が邪魔してくる。ぼくの前に立ち塞がった団長は、「アル様」と、静かにぼくを呼んでくる。
「なんだぁ!」
とりあえず、焦りを悟られないようにと堂々とお返事しておく。心なしか、団長が肩を揺らしたような気がする。もしやぼくの大声にビビったのか? クールな団長なのに?
なぜか黙った団長は、じっとぼくを見下ろしてくる。負けじと目に力を込めておく。
すっと屈んだ団長は、「ライアンには、私の方から言い聞かせておきますので」と淡々と口にする。それを受けて、ライアンが肩を怒らせる。
「いい加減にしてくださいよ、団長! どんだけ見栄っ張りなんですか」
見栄っ張り。そういえば、リオラお兄様もそんなこと言っていたな。
「団長は見栄っ張りですか?」
ガストン団長の黒い瞳を覗き込んで尋ねれば、彼は僅かに目を細める。
「いえ、そんなことは」
緩く首を傾げる団長は、見栄っ張りを否定してくる。これはどういうことだろうか。
もしや、騎士団とガストン団長が対立しているのだろうか。なぜだろうか。そこまで考えて、ハッとする。
そういえば、原作小説でガストン団長は初めリオラお兄様の味方っぽく登場していた。怖いお兄さんというイメージが強過ぎて忘れていたが、彼はリオラお兄様の忠実なしもべである。
リオラお兄様の味方と思わせておいて、最後の最後で裏切るのだ。主人公ライアンや騎士団までもがガストン団長に騙されていた。彼らもガストン団長がライアン側についた時、驚きに目を見開いていたはずだ。
ということはだ。
もしかして現在は、ガストン団長が内心でリオラお兄様への不信感を募らせているところなのかもしれない。
そうであれば、団長と騎士たちの意見が合わない点に納得がいく。リオラお兄様による嫌がらせ初期段階では、ガストン団長はお兄様側の人間であった。
つまり、今現在ライアンを含む騎士たちは、リオラお兄様とガストン団長、それにぼくへの嫌がらせをしているのか?
でも原作小説でライアンがリオラお兄様に嫌がらせする場面なんてあったかな? ライアンはかっこいい攻め主人公である。そんな主人公が、相手が悪役令息とはいえ、嫌がらせなんて姑息なことをするかな。なんかライアンのイメージと合わない気がする。
確か、リオラお兄様によるリッキーへの嫌がらせに気がついたライアンは、初めはお兄様との仲直りを目指したはずだ。けれども、頑ななリオラお兄様に嫌気のさしたライアンは、説得を諦める。リオラお兄様に苦言を呈することはあっても、嫌がらせ行為に走ることはなかったはずだ。もっぱら、バチバチしていたのはガストン団長と騎士たちだ。
これは一体どういうことだろうか。
他にも、原作小説ではライアンとリッキーはいつも一緒だった。それこそリオラお兄様が入り込む隙間がないくらいに。お兄様はそれが原因で嫉妬するのだ。
しかし、ライアンとリッキーが共にいる場面をあまり見ない。
なんか、小説とは異なる点がたくさんある。
考え込むぼくに、みんなが注目しているのがわかる。これはあれだ。一度、作戦を練り直さなければならない。ちょっと色々と考えたいことが増えてしまったからな。
1,842
お気に入りに追加
2,310
あなたにおすすめの小説
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
悪役令息の死ぬ前に
やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」
ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。
彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。
さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。
青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。
「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」
男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる