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12 殴り込み

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「出て来い! ライアン! ぼくが相手になってやる!」

 右手に持った枝で、とっ捕まえた騎士のお兄さんをペシペシする。眉根を寄せたお兄さんは、困ったように遠くを見つめていた。

「あの、アル様? お菓子あげますよ! はちみつたっぷりのミルクもお付けしましょう! とりあえずそのお兄さんを解放してあげてください」

 お菓子とミルクを餌に、ロルフが取引を持ちかけてくるが無視だ。ロルフはぼくの味方をするべき場面である。なぜ騎士団側につくのか。裏切りロルフめ。

 良い枝を拾ったぼくは、騎士団への殴り込みを実行に移した。

 騎士棟前を歩いていた騎士のお兄さんに声をかけて、捕獲した。名前も知らないお兄さんであるが、彼には人質になってもらおう。そうしてお兄さんに枝を突きつけたぼくは、騎士棟前で、ライアンの引渡しを要求しているところであった。

 お兄さんの服の裾をガッチリ掴んで、逃走を防止する。騒ぎを聞きつけて、訓練中だった騎士たちが集まってくる。あっという間に、人だかりの中心に据えられてしまった。

「ライアン! 人質がどうなってもいいのかぁ!」
「あ。俺、人質なんですか」

 気の抜けた声を発した人質お兄さんは、余裕の表情である。いや、同僚に囲まれて若干目が死んでいる気もする。見せ物のような状態になってしまっているが、ここは素早く出て来ないライアンを恨むんだな。

「ライアン!」

 ありったけの大声を出して、次いで思い出したように枝で人質お兄さんをペシペシしておく。「勘弁してください」と、顔を覆って俯いてしまうお兄さんは、ちょっと耳が赤かった。

「アル様? とりあえず武器を置きましょう」
「ロルフは黙ってなさい」

 ぼくから枝を取り上げようとしてくるロルフは、さながら凶悪犯に立ち向かう騎士のようであった。ロルフは騎士じゃないけど。

 ふんっと枝を掲げれば、なぜか周囲の騎士たちからまばらな拍手があがる。それがちょっと愉快だったので、もう一度ふんっと両手をあげておく。再び湧き上がる拍手。

 得意になって胸を張っておけば、ようやく騎士棟からライアンが出て来た。

 大慌てで駆け付けたらしいライアンは、肩で息をしている。一回深呼吸をして落ち着いたらしい彼は、人混みの中心で人質になるお兄さんを視界にとらえるなり、半眼となる。

「おい、セス」

 地を這うような声を発したライアンに、ぼくはピシッと動きを止める。爽やか主人公に似つかわしくない物騒な雰囲気だ。ライアンにビビったのは、ぼくだけではない。ぼくの隣に突っ立っていた人質お兄さんも、顔色が真っ青だ。

 くいっと顎で人質お兄さんにこっちに来いと指示したライアンに、もはや主人公っぽい爽やかさはなかった。単なるガラの悪いお兄さんに成り下がっている。

 不機嫌ライアンにビビった人質お兄さんは、「で、ではアル様。俺はこれで」と、ぺこぺこしながらライアンの方へと一歩踏み出す。ぼんやり眺めていたぼくであったが、ふと我に返った。

「はっ!」

 いけない。ライアンの迫力にたじたじしてしまったが、ぼくは今、人質作戦中なのであった。大事な人質を逃すわけにはいかない。

「逃げるなんて卑怯だぞ!」

 慌てて人質お兄さんの服を背後から掴めば、お兄さんがピシリと動きを止める。そうして俺とライアンを見比べたお兄さんは、たらたらと冷や汗を垂らしている。

 足を踏み出した不自然な姿勢のまま、周囲の様子を窺うお兄さんは、なんだか追い詰められた表情をしていた。

「アル様? その者がなにか失礼を?」

 少し離れたところから、屈んで視線を合わせてきたライアンは、困ったように眉を寄せている。そこに先程までの剣呑な雰囲気はなかった。

「このお兄さんは人質なので! 簡単には返しません!」
「人質?」

 首を捻るライアンは、ロルフへと問いかけるような視線を遣る。「あー」と、小さく唸ったロルフは、さりげなく背後からぼくに近寄ってくる。

 ロルフも警戒して、ライアンも警戒して、人質お兄さんにも目を配ってと大忙しである。

 周りを囲む野次馬騎士たちを見回したロルフは、気まずそうに頬を掻いている。

「なんかアル様が。人質とって犯人ごっこがしたいらしくて」
「もう! これは遊びじゃないの!」

 ぼくは本気なんだぞ。ビシッと人質お兄さんに枝を突きつける。

「お兄さんがどうなってもいいのかぁ!」
「え。その枝で? 俺どうなるんですか」

 もごもご呟いた人質お兄さんは、ちょっと震えていた。どうやらぼくの気迫にビビっているらしい。こう見えてもぼくは、リオラお兄様の弟である。悪役令息の弟なのだ。悪っぽい役なんてちょちょいのちょいなのだ。

 得意になって枝をぶん回せば、野次馬騎士たちからまばらな拍手があがる。「やめろ、おまえら」と、ライアンが低い声を出している。

 場を仕切り直すようにわざとらしい咳払いをしたライアンは、じっとぼくのことを見つめてくる。眉尻を下げて、優しい表情を作るライアンは、けれども困っているようだった。

「アル様。要求はなんでしょうか」

 どうやらぼくの話を聞く気になったらしい。枝を高々と掲げて、大声を出しておく。

「ぼくに謝罪してくださぁい!」

 あとリオラお兄様にも。

 ふんっと主張すれば、ライアンが姿勢を整える。そうして、片膝をついて頭を下げた彼は、「申し訳ありません、アル様」と謝罪を口にする。

「なにを簡単に謝っているのか! プライドないのかぁ!」

 ふんふんと枝を振り回して、人質お兄さんをペシペシしておく。肩を怒らせるぼくに、ライアンが「俺は一体どうすれば」と、絶望している。

「アル様。そこまでにしておきましょうね」
「ロルフは黙っておきなさい」

 人質お兄さんの服をぎゅっと握って、睨みつけておく。顔を真っ青にするお兄さんは、ぼくにビビっていた。すごいだろう。ぼくの演技力。

 けれども、人質お兄さんはあらぬ方向を見ていた。視線を横に遣っているお兄さんは、「あ、いや」となにやら小声で呟いている。

 どうしたのだろうと思っていると、ぬっと影が落ちてきた。

 何事かと顔を上げて、思わず枝を落としてしまう。ぼくのすぐ背後に、腕を組んだガストン団長が佇んでいた。
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