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5 恋人候補
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「アル」
「なんですか、お兄様」
その日の夕食。
難しい顔をしたリオラお兄様が、真剣な声色でぼくの名前を呼んだ。とりあえず苺を口に放り込んでからお兄様を見る。
「ライアンに聞いたよ。今日は騎士団に行ったらしいね」
「てきじょーしさつってやつです」
敵情視察ね、と言い直したお兄様は困り顔だ。
もしかしたら今まで興味を持っていなかった騎士団に突然足を運んだから、不審に思っているのかもしれない。だが、実はライアンとリッキーがお付き合いするという、お兄様にとっての最悪の未来を軽々しく教えるわけにはいかない。嫉妬したお兄様が破滅行動をしてしまうかもだからだ。
ふたりは恋仲にあることを否定していたが、ぼくにはわかる。あれは必死に隠しているやつだ。証拠として、リッキーは助けを求めるような視線をライアンにちらちら送っていた。これはもう確定。ふたりはお付き合いしている。
「リオラお兄様。もし失恋したらどうしますか」
「昨日から色々と突然だね」
そう言いつつも律儀に考え込んだお兄様は、「そうだね」と静かに口を開く。
「相手の幸せを願って、時には自分が身を引くことも大事だよ」
「はい」
「その上で、自分もまた新しい幸せを見つけるんだ。わかったかい?」
「はい!」
てことはお兄様も新しい幸せ。つまり新しい恋人候補を見つければいいのだ。なぜかリオラお兄様はライアンに執着していた。そのせいで嫌がらせなんて悪手に走ったのだ。そうであるならば、ライアンを忘れられるような新しい幸せを見つけてやればいい。
「ふむ。ぼくは天才かもしれないです」
「? 自己評価が高いのはいいことだね。でもまずはしっかりお勉強しないとね」
急にお勉強の話を持ち出してくるお兄様に眉を顰める。ぼくはそれどころではないのです。お兄様のせいで破滅しないよう必死なのです。
「お兄様はどういう人が好きですか?」
「うん? そうだね。しっかりと芯のある人が好きかな」
「しっかり者さん」
覚えておこう。
「ちなみにアルは? どういう子が好きなんだい?」
「ぼく? ぼくは、最近だとお庭に落ちているお兄さんが好きです」
「落ちてるお兄さん……?」
なにそれ、と額を押さえるお兄様は知らないらしい。ここ最近、お庭を散歩していると決まってお兄さんが落ちているのだ。なんか死んだ顔したやる気のないお兄さんだが、ぼくを見ると挨拶してくれる。おまけにお菓子も分けてくれる最高のお兄さんなのだ。
なぜか地面にべたっと落ちていることが多い謎のお兄さんである。
「それは大丈夫? 不審者じゃないの?」
「ライアン副団長がなにも言わないので大丈夫です」
たまにライアンがお兄さんを蹴っている場面を見かける。ライアンは騎士団の副団長だ。不審者であればとっくに捕まえていると思うから安心安全なお兄さんである。
「そうかい? ならいいんだけど」
納得いかないような様子で、お兄様は首を捻っている。だがやはりライアンのことを信頼しているのも事実なようで、特にそれ以上苦言を呈することはない。
「お兄様のこと、ぼくは応援します」
「ん? ありがとう」
相変わらず突然だね、と頬を掻くお兄様は照れているようだった。
※※※
「ロルフ。ぼくは今から旅に出ます」
「お供しますよ。どこ行きます? お庭にでも出ましょうか」
「旅するの! 屋敷内じゃ意味ないの!」
まったくもう。どうやらお散歩と勘違いしているらしいロルフにもう一度説明してやる。
お兄様の新しい幸せを見つけることを誓ったぼく。翌日、早速行動に移すべく気合を入れていた。
「いい? しっかり者さんを探すの」
「しっかり者さん」
ぼんやり呟いたロルフは、「もう一回言ってもらっていいですか?」と意味不明なアンコールをしてくる。無視だ、無視。
「そのしっかり者さんとやらを探してどうするおつもりですか?」
「恋人候補にする」
「はぁ!?」
目を見開いたロルフが大きな声を出す。ビクッと肩を揺らすと、ロルフが「なんですかそれ!」と再び大声を出す。
「そしたら俺が立候補しますよ! 俺ってしっかり者ですよね?」
「うーん、そうかもしれない」
なんせロルフは、ぼくのお世話係である。人のお世話って難しいのだ。しっかり者さんじゃないと務まらない。
なんてことだ。遠くにリオラお兄様の恋人候補探しに行こうと思っていたのに、こんな近くに逸材がいるなんて。
「でも大事なことを確認しないと。ロルフは恋人い」
「いないです! フリーです!」
前のめりでお返事したロルフは頼もしかった。これなら安心してリオラお兄様を任せられる。
「わかった。じゃあロルフをリオラお兄様の恋人候補にしてあげる」
「……は?」
突然おとなしくなったロルフは、たらたらと冷や汗を流す。どうした?
「あ、恋人候補ってそっちですか」
そっちってどっちだ。他になにがあるんだ。意味がわからない。
「俺はてっきりアル様の、いえ、なんでもないです」
言葉を濁したロルフは、急に元気をなくしてしまう。しょんぼり肩を落とした彼は「辞退します」と言い始める。
もしかして相手がリオラお兄様だと知って遠慮しているのかもしれない。なんせリオラお兄様は公爵家のご令息だ。いち使用人のロルフでは釣り合わないとかそういう身分差的な難しい話を考えているに違いない。
「大丈夫だよ、ロルフ。ぼくも応援するから」
だから全力でリオラお兄様にアタックしてくれ。ぼくの明るい未来のために。
「なんですか、お兄様」
その日の夕食。
難しい顔をしたリオラお兄様が、真剣な声色でぼくの名前を呼んだ。とりあえず苺を口に放り込んでからお兄様を見る。
「ライアンに聞いたよ。今日は騎士団に行ったらしいね」
「てきじょーしさつってやつです」
敵情視察ね、と言い直したお兄様は困り顔だ。
もしかしたら今まで興味を持っていなかった騎士団に突然足を運んだから、不審に思っているのかもしれない。だが、実はライアンとリッキーがお付き合いするという、お兄様にとっての最悪の未来を軽々しく教えるわけにはいかない。嫉妬したお兄様が破滅行動をしてしまうかもだからだ。
ふたりは恋仲にあることを否定していたが、ぼくにはわかる。あれは必死に隠しているやつだ。証拠として、リッキーは助けを求めるような視線をライアンにちらちら送っていた。これはもう確定。ふたりはお付き合いしている。
「リオラお兄様。もし失恋したらどうしますか」
「昨日から色々と突然だね」
そう言いつつも律儀に考え込んだお兄様は、「そうだね」と静かに口を開く。
「相手の幸せを願って、時には自分が身を引くことも大事だよ」
「はい」
「その上で、自分もまた新しい幸せを見つけるんだ。わかったかい?」
「はい!」
てことはお兄様も新しい幸せ。つまり新しい恋人候補を見つければいいのだ。なぜかリオラお兄様はライアンに執着していた。そのせいで嫌がらせなんて悪手に走ったのだ。そうであるならば、ライアンを忘れられるような新しい幸せを見つけてやればいい。
「ふむ。ぼくは天才かもしれないです」
「? 自己評価が高いのはいいことだね。でもまずはしっかりお勉強しないとね」
急にお勉強の話を持ち出してくるお兄様に眉を顰める。ぼくはそれどころではないのです。お兄様のせいで破滅しないよう必死なのです。
「お兄様はどういう人が好きですか?」
「うん? そうだね。しっかりと芯のある人が好きかな」
「しっかり者さん」
覚えておこう。
「ちなみにアルは? どういう子が好きなんだい?」
「ぼく? ぼくは、最近だとお庭に落ちているお兄さんが好きです」
「落ちてるお兄さん……?」
なにそれ、と額を押さえるお兄様は知らないらしい。ここ最近、お庭を散歩していると決まってお兄さんが落ちているのだ。なんか死んだ顔したやる気のないお兄さんだが、ぼくを見ると挨拶してくれる。おまけにお菓子も分けてくれる最高のお兄さんなのだ。
なぜか地面にべたっと落ちていることが多い謎のお兄さんである。
「それは大丈夫? 不審者じゃないの?」
「ライアン副団長がなにも言わないので大丈夫です」
たまにライアンがお兄さんを蹴っている場面を見かける。ライアンは騎士団の副団長だ。不審者であればとっくに捕まえていると思うから安心安全なお兄さんである。
「そうかい? ならいいんだけど」
納得いかないような様子で、お兄様は首を捻っている。だがやはりライアンのことを信頼しているのも事実なようで、特にそれ以上苦言を呈することはない。
「お兄様のこと、ぼくは応援します」
「ん? ありがとう」
相変わらず突然だね、と頬を掻くお兄様は照れているようだった。
※※※
「ロルフ。ぼくは今から旅に出ます」
「お供しますよ。どこ行きます? お庭にでも出ましょうか」
「旅するの! 屋敷内じゃ意味ないの!」
まったくもう。どうやらお散歩と勘違いしているらしいロルフにもう一度説明してやる。
お兄様の新しい幸せを見つけることを誓ったぼく。翌日、早速行動に移すべく気合を入れていた。
「いい? しっかり者さんを探すの」
「しっかり者さん」
ぼんやり呟いたロルフは、「もう一回言ってもらっていいですか?」と意味不明なアンコールをしてくる。無視だ、無視。
「そのしっかり者さんとやらを探してどうするおつもりですか?」
「恋人候補にする」
「はぁ!?」
目を見開いたロルフが大きな声を出す。ビクッと肩を揺らすと、ロルフが「なんですかそれ!」と再び大声を出す。
「そしたら俺が立候補しますよ! 俺ってしっかり者ですよね?」
「うーん、そうかもしれない」
なんせロルフは、ぼくのお世話係である。人のお世話って難しいのだ。しっかり者さんじゃないと務まらない。
なんてことだ。遠くにリオラお兄様の恋人候補探しに行こうと思っていたのに、こんな近くに逸材がいるなんて。
「でも大事なことを確認しないと。ロルフは恋人い」
「いないです! フリーです!」
前のめりでお返事したロルフは頼もしかった。これなら安心してリオラお兄様を任せられる。
「わかった。じゃあロルフをリオラお兄様の恋人候補にしてあげる」
「……は?」
突然おとなしくなったロルフは、たらたらと冷や汗を流す。どうした?
「あ、恋人候補ってそっちですか」
そっちってどっちだ。他になにがあるんだ。意味がわからない。
「俺はてっきりアル様の、いえ、なんでもないです」
言葉を濁したロルフは、急に元気をなくしてしまう。しょんぼり肩を落とした彼は「辞退します」と言い始める。
もしかして相手がリオラお兄様だと知って遠慮しているのかもしれない。なんせリオラお兄様は公爵家のご令息だ。いち使用人のロルフでは釣り合わないとかそういう身分差的な難しい話を考えているに違いない。
「大丈夫だよ、ロルフ。ぼくも応援するから」
だから全力でリオラお兄様にアタックしてくれ。ぼくの明るい未来のために。
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