74 / 78
第3章 エルフとの会談
あれからのこと。
しおりを挟む「それで、そのあとはどうなったんだ?」
ネーロスタの家のベッドの上で目覚めたコータの体は、包帯にまみれていた。
あの日から既に4日が過ぎており、起きた当初は、あまりの痛みに身体を動かすことすら出来なかったが、いまはようやく少しだけ動かすことができる。
途中から意識がなく、どうやってあのハイエルフ軍達を退けたのか分からないコータは、つききっきりで看病をしてくれていたミリとピクシャに訊ねる。
「コータは、私との統合で魔力が完全に枯渇したの。それを身体がどうにか補おうとした。その結果、血流が暴走して全身の血管が切れたの」
「それで俺はこんなに包帯まみれって訳か」
腕を持ち上げようとするならば、尋常ならざる痛みが全身を駆け巡り、身体が腕を上げることを阻止してくる。
ゆっくりと顔を動かしてピクシャを見る。心配そうな瞳が揺れ動いてる。
「心配.......、かけたな」
苦笑に近い笑みを浮かべるコータに、ピクシャは大粒の涙を目じりに浮かべた。
「泣くなよ」
「泣いてなんか.......ないわよ」
涙色に濡れた声でピクシャは強く言った。そして、涙を隠すように小さな手で涙を拭う。
「それで、あのハイエルフの大軍はどうなったんだ?」
ピクシャの様子に緩んだ頬を引き締め直し、コータは真剣な表情でミリに訊く。
「そうね。あれは、本当に運が良かったとしか言いようがないわね」
ミリが苦笑気味に答えたその時だ。
「コータ!? 目覚めたの!?」
驚きに満ちた声を上げたのは、一瞬元の世界に戻れたのかと思うほどにコータの想い人と酷似した人間国の第2王女のサーニャだ。
「あぁ。どうにか」
「よかった.......。本当に.......」
ピクシャが堪えられた涙を、人目をはばからずに零し始める。
それと同時に、隣の部屋からバタバタと大きな音が聞こえる。
「コータが目覚めたの?」
喜びと焦りが混ざる声音で、隣の部屋から駆けつけたのは亡くなったエルフ族の長の娘ネーロスタだ。
ベッドの上で横たえるコータの姿を見たネーロスタは、長く伸びるエルフ特有の耳をヒクヒクさせながら、鼻をすする。
「あの.......なんて言えば分からないけど。ありがとう」
「みんな無事で、何よりだ」
一気に人口密度が増した部屋には、涙を堪える音、鼻をすする音が響く。
それを掻き消すように、コータは再度ミリに言う。
「悪い。続きを頼めるか?」
「ええ」
コータの言葉に短く答えると、ミリはあの日の出来事を思い返すように、大きな瞳をゆっくりと目を伏せた。
「コータが気を失った後も、ハイエルフの軍勢は私の話を聞いてくれなかった。人間側についた奴の言葉は聞けるかってね」
奥歯を噛み、ミリの感じたであろう悲しみが怒りとなって込み上げるのを堪える。自然と拳を握ろうと手が動く。だが、その瞬間に全身が軋むような痛みを覚える。
それを感じ、コータは拳を握ることを止めて新たな言葉を口にする。
「悪かったな.......」
「何でコータが謝るのよ」
コータの言葉を聞いたミリが不格好に微笑み、小さく拳を握る。
そしてそのまま、続きを口にする。
「魔法陣もほとんど完成して、もう無理って思った。ロイやコータの所に行くんだって、心底そう思った時だった。ハイエルフ軍の後方から声が飛んできたの」
「声?」
自分の全く知らない事実に、コータは眉をひそめてオウム返しをする。
「そうよ。私たちを救う、鶴の一声だったわ」
コータの言葉にピクシャが反応をする。その言葉に頷き、ミリは続ける。
「ハイエルフはエルフたちが人間とどのようなやり取りをしているのか、ハイエルフたちにどのような被害が被るかそれを知るために密偵を出していたの」
「密偵が来ていたことは私も知っていたわ。それを側近のヒルリが.......ごめんなさい」
「気にしなくていいなんて、私が言うのは違うかもだけど」
謝罪を口にするネーロスタにミリは静かに言う。それからゆっくりと瞳を伏せ、唇をかみしめ掠れるような声で言う。
「それに.......、そのヒルリもアバイゾだったらしいし.......」
「そうなのか!?」
驚き、目を丸くするコータに言葉を発したミリだけでなくピクシャも頷いた。
「それで話を戻すと、その密偵の一人がアバイゾが全ての元凶であることを説明してくれたの」
「それは良かった。でも、ハイエルフの仲間が一人声を上げただけで、他のハイエルフは完全に信じてくれたのか?」
幾ら仲間が声を上げたとしても、ハイエルフ全員の意見が一気にまとまるとは思えない。疑問を口にするコータに、ミリは小さく笑う。
「流石コータね。そうよ。簡単にはいかなかったわ。でも、私が一人で声を上げるよりは遥かに耳を傾けて貰えた」
「それでどうしたんだ?」
「ロイの死体に残る魔力を調べたの」
検死のようなものらしい。体内に残る魔力の痕跡を調べ、犯人を特定するのだ。魔力は全員が少しづつ異なり、DNAのようなものらしく、魔力鑑定スキルを持つものがいれば容易に判断は出来ると言う。
「その結果、ロイの致命傷になった部分に残る魔力とアバイゾの魔力反応が一致したということで私やその密偵の言っていたことが信じられたということよ」
言葉で説明する以上に、コータたちの潔白を証明することは難しかったはずだ。それをやって退けてたミリには、頭が上がらない。
「本当にありがとう」
「べ、別にいいわよ.......」
コータに礼を告げられたのが恥ずかしいのか、ミリはコータから視線を外し、少し頬を朱に染めた。
「それでハイエルフたちとエルフはどうなったんだ?」
「ここからは私が話すわ」
コータの声に反応したのは、第2王女のサーニャだった。まだ心配の色が抜けない顔でコータを見てから、深く息を吸う。
「結果から言うとエルフとハイエルフの仲違いは無くなったわ」
言葉と同時にサーニャはネーロスタを見る。ネーロスタはそれに答えるように深く頷く。
「その2日後、私とネーロスタ、それからハイエルフの新たな長であるフロイを加えた3人で会談が行われたの」
「そんなことになっていたのか」
「えぇ。そして、そこで決まったのは我々人間とエルフ、ハイエルフの国交が開かれることになったわ。その対価として私たちはエルフ、ハイエルフの森における復興、更なる発展への支援をすることが決まったわ」
どういった経緯でそのような話が纏まったのか、コータには分からない。だが、これは当初サーニャたちとエルフ種の間で結ぼうとしていたものと遜色ない。
此度の損害を考え、その復興まで手伝うとなると人間側はもう少し要求することが出来たのかもしれない。だが、サーニャはそれをしなかった。
それがサーニャのやり方なのだろう。
「サーニャ様、当初の目的は完遂されたということですね」
「あぁ。当社はエルフ種とだけでもと思っていたが、エルフ族全体と和平条約と貿易関係を結べたのは大きいな」
嬉しそうな表情をするサーニャに、コータも思わず頬が緩む。
「何はともあれ、みんな無事でよかったです.......」
ネーロスタの言葉と共に、彼女の目尻に溜まっていた涙が一筋こぼれだした。
「あぁ」
「コータが返事すると、誰よりも説得力あるよね」
ピクシャの茶化しに、その場にいる全員から笑みが零れた。
――ただの護衛。そう思ってついて来ただけだった。軽い気持ちだったけど、エルフ族は一枚岩ではなく様々なことに巻き込まれた。
各種でそれぞれの思惑があり、そこへ魔族まで絡むこととなった。
その魔族の長である魔王。その名がコバヤシと言い、拳銃まで知っていると来ている。まさか、俺と同じ日本人なのか?
まだまだ分からないことだらけだ。でも、最後には上手くいってよかった。
目的としていたエルフ族との和平条約に貿易関係。更に、俺の新たな力となる精霊種、ピクシャとミリ。
まぁ。こんなに大怪我を負うのは予想外だったけど。
「コータはまだ動けないと思うけど、もう少し我慢してね」
「もう少しで治るような怪我じゃないと思うけど?」
サーニャの口から出た言葉に小首を傾げるコータ。全身包帯に包まれているこの状況で。誰がどう見ても少しの我慢で治るようなものでは無いことは分かる。
「私とルーストが今回の話を王都に持ち帰るから。次に来る人にハイポーションを持って行くようにお願いするから」
「え、えっと。.......俺は?」
サーニャとルーストは王都に帰るということは、コータも帰れるのではないのか。
何故こちらで待機となっているのか分からず、小首を傾げると、サーニャはニコッと笑う。
「あれ? 言ってなかった?」
サーニャのニコニコは止まらない。一度そこで言葉を区切ってから、表情をそのままではっきりと言い放った。
「コータはエルフ領で臨時人間国大使館として数ヶ月間滞在してもらうわ」
「..............ええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
体の痛みなど無視して、コータは全力でそう叫ぶのだった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
全校転移!異能で異世界を巡る!?
小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。
周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。
取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。
「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」
取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。
そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます
ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。
何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。
何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。
それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる