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第3章 エルフとの会談

あれからのこと。

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「それで、そのあとはどうなったんだ?」

 ネーロスタの家のベッドの上で目覚めたコータの体は、包帯にまみれていた。
 あの日から既に4日が過ぎており、起きた当初は、あまりの痛みに身体を動かすことすら出来なかったが、いまはようやく少しだけ動かすことができる。
 途中から意識がなく、どうやってあのハイエルフ軍達を退けたのか分からないコータは、つききっきりで看病をしてくれていたミリとピクシャに訊ねる。

「コータは、私との統合で魔力が完全に枯渇したの。それを身体がどうにか補おうとした。その結果、血流が暴走して全身の血管が切れたの」
「それで俺はこんなに包帯まみれって訳か」

 腕を持ち上げようとするならば、尋常ならざる痛みが全身を駆け巡り、身体が腕を上げることを阻止してくる。
 ゆっくりと顔を動かしてピクシャを見る。心配そうな瞳が揺れ動いてる。

「心配.......、かけたな」

 苦笑に近い笑みを浮かべるコータに、ピクシャは大粒の涙を目じりに浮かべた。

「泣くなよ」
「泣いてなんか.......ないわよ」

 涙色に濡れた声でピクシャは強く言った。そして、涙を隠すように小さな手で涙を拭う。

「それで、あのハイエルフの大軍はどうなったんだ?」

 ピクシャの様子に緩んだ頬を引き締め直し、コータは真剣な表情でミリに訊く。

「そうね。あれは、本当に運が良かったとしか言いようがないわね」

 ミリが苦笑気味に答えたその時だ。

「コータ!? 目覚めたの!?」

 驚きに満ちた声を上げたのは、一瞬元の世界に戻れたのかと思うほどにコータの想い人と酷似した人間国の第2王女のサーニャだ。

「あぁ。どうにか」
「よかった.......。本当に.......」

 ピクシャが堪えられた涙を、人目をはばからずに零し始める。
 それと同時に、隣の部屋からバタバタと大きな音が聞こえる。

「コータが目覚めたの?」

 喜びと焦りが混ざる声音で、隣の部屋から駆けつけたのは亡くなったエルフ族の長の娘ネーロスタだ。
 ベッドの上で横たえるコータの姿を見たネーロスタは、長く伸びるエルフ特有の耳をヒクヒクさせながら、鼻をすする。

「あの.......なんて言えば分からないけど。ありがとう」
「みんな無事で、何よりだ」

 一気に人口密度が増した部屋には、涙を堪える音、鼻をすする音が響く。
 それを掻き消すように、コータは再度ミリに言う。

「悪い。続きを頼めるか?」
「ええ」

 コータの言葉に短く答えると、ミリはあの日の出来事を思い返すように、大きな瞳をゆっくりと目を伏せた。

「コータが気を失った後も、ハイエルフの軍勢は私の話を聞いてくれなかった。人間側についた奴の言葉は聞けるかってね」

 奥歯を噛み、ミリの感じたであろう悲しみが怒りとなって込み上げるのを堪える。自然と拳を握ろうと手が動く。だが、その瞬間に全身が軋むような痛みを覚える。
 それを感じ、コータは拳を握ることを止めて新たな言葉を口にする。

「悪かったな.......」
「何でコータが謝るのよ」

 コータの言葉を聞いたミリが不格好に微笑み、小さく拳を握る。
 そしてそのまま、続きを口にする。

「魔法陣もほとんど完成して、もう無理って思った。ロイやコータの所に行くんだって、心底そう思った時だった。ハイエルフ軍の後方から声が飛んできたの」
「声?」

 自分の全く知らない事実に、コータは眉をひそめてオウム返しをする。

「そうよ。私たちを救う、鶴の一声だったわ」

 コータの言葉にピクシャが反応をする。その言葉に頷き、ミリは続ける。

「ハイエルフはエルフたちが人間とどのようなやり取りをしているのか、ハイエルフたちにどのような被害が被るかそれを知るために密偵を出していたの」
「密偵が来ていたことは私も知っていたわ。それを側近のヒルリが.......ごめんなさい」
「気にしなくていいなんて、私が言うのは違うかもだけど」

 謝罪を口にするネーロスタにミリは静かに言う。それからゆっくりと瞳を伏せ、唇をかみしめ掠れるような声で言う。

「それに.......、そのヒルリもアバイゾだったらしいし.......」
「そうなのか!?」

 驚き、目を丸くするコータに言葉を発したミリだけでなくピクシャも頷いた。

「それで話を戻すと、その密偵の一人がアバイゾが全ての元凶であることを説明してくれたの」
「それは良かった。でも、ハイエルフの仲間が一人声を上げただけで、他のハイエルフは完全に信じてくれたのか?」

 幾ら仲間が声を上げたとしても、ハイエルフ全員の意見が一気にまとまるとは思えない。疑問を口にするコータに、ミリは小さく笑う。

「流石コータね。そうよ。簡単にはいかなかったわ。でも、私が一人で声を上げるよりは遥かに耳を傾けて貰えた」
「それでどうしたんだ?」
「ロイの死体に残る魔力を調べたの」

 検死のようなものらしい。体内に残る魔力の痕跡を調べ、犯人を特定するのだ。魔力は全員が少しづつ異なり、DNAのようなものらしく、魔力鑑定スキルを持つものがいれば容易に判断は出来ると言う。

「その結果、ロイの致命傷になった部分に残る魔力とアバイゾの魔力反応が一致したということで私やその密偵の言っていたことが信じられたということよ」

 言葉で説明する以上に、コータたちの潔白を証明することは難しかったはずだ。それをやって退けてたミリには、頭が上がらない。

「本当にありがとう」
「べ、別にいいわよ.......」

 コータに礼を告げられたのが恥ずかしいのか、ミリはコータから視線を外し、少し頬を朱に染めた。

「それでハイエルフたちとエルフはどうなったんだ?」
「ここからは私が話すわ」

 コータの声に反応したのは、第2王女のサーニャだった。まだ心配の色が抜けない顔でコータを見てから、深く息を吸う。

「結果から言うとエルフとハイエルフの仲違いは無くなったわ」

 言葉と同時にサーニャはネーロスタを見る。ネーロスタはそれに答えるように深く頷く。

「その2日後、私とネーロスタ、それからハイエルフの新たな長であるフロイを加えた3人で会談が行われたの」
「そんなことになっていたのか」
「えぇ。そして、そこで決まったのは我々人間とエルフ、ハイエルフの国交が開かれることになったわ。その対価として私たちはエルフ、ハイエルフの森における復興、更なる発展への支援をすることが決まったわ」

 どういった経緯でそのような話が纏まったのか、コータには分からない。だが、これは当初サーニャたちとエルフ種の間で結ぼうとしていたものと遜色ない。
 此度の損害を考え、その復興まで手伝うとなると人間側はもう少し要求することが出来たのかもしれない。だが、サーニャはそれをしなかった。
 それがサーニャのやり方なのだろう。

「サーニャ様、当初の目的は完遂されたということですね」
「あぁ。当社はエルフ種とだけでもと思っていたが、エルフ族全体と和平条約と貿易関係を結べたのは大きいな」

 嬉しそうな表情をするサーニャに、コータも思わず頬が緩む。

「何はともあれ、みんな無事でよかったです.......」

 ネーロスタの言葉と共に、彼女の目尻に溜まっていた涙が一筋こぼれだした。

「あぁ」
「コータが返事すると、誰よりも説得力あるよね」

 ピクシャの茶化しに、その場にいる全員から笑みが零れた。

 ――ただの護衛。そう思ってついて来ただけだった。軽い気持ちだったけど、エルフ族は一枚岩ではなく様々なことに巻き込まれた。
 各種でそれぞれの思惑があり、そこへ魔族まで絡むこととなった。
 その魔族の長である魔王。その名がコバヤシと言い、拳銃まで知っていると来ている。まさか、俺と同じ日本人なのか?
 まだまだ分からないことだらけだ。でも、最後には上手くいってよかった。
 目的としていたエルフ族との和平条約に貿易関係。更に、俺の新たな力となる精霊種、ピクシャとミリ。
 まぁ。こんなに大怪我を負うのは予想外だったけど。

「コータはまだ動けないと思うけど、もう少し我慢してね」
「もう少しで治るような怪我じゃないと思うけど?」

 サーニャの口から出た言葉に小首を傾げるコータ。全身包帯に包まれているこの状況で。誰がどう見ても少しの我慢で治るようなものでは無いことは分かる。

「私とルーストが今回の話を王都に持ち帰るから。次に来る人にハイポーションを持って行くようにお願いするから」
「え、えっと。.......俺は?」

 サーニャとルーストは王都に帰るということは、コータも帰れるのではないのか。
 何故こちらで待機となっているのか分からず、小首を傾げると、サーニャはニコッと笑う。

「あれ? 言ってなかった?」

 サーニャのニコニコは止まらない。一度そこで言葉を区切ってから、表情をそのままではっきりと言い放った。

「コータはエルフ領で臨時人間国大使館として数ヶ月間滞在してもらうわ」
「..............ええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 体の痛みなど無視して、コータは全力でそう叫ぶのだった。
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