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第三章 「王子とロファン...それと俺。」

「リオン...話をしようか?」

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 そうして俺は、何とか夜まで持ち越すはずだった仕事を昼までに済ませ、リオンには、いつものように開かれているお茶会には出席させず、適当な事情をつけ、ナノのところに行くように指示を出していた。

 だって分かるだろ??

 ...今、この城内にリオンの味方をしてくれる奴は誰一人として存在して居ないのだから...。

 そうなると...いちばん信用のあるナノのお店に行くことが、リオンの身を守るためにも有効だと思えた。

 まぁ、リオンからの信用が皆無の俺の言葉に、リオンがどう思っているのかは分からないが....。

 俺が仕事部屋から自室に戻ると、部屋の中には先に帰ってきていたのか、リオンが部屋の隅の方の壁にもたれて座り込んでいた。

 俺は何となく気が引けたが、いつもと変わらない自分を心がけ、リオンに

「リオン、ただいま。今日はどうだった??...ナノは、何か面白い話をしてくれたか??」

 と言って、優しく声をかけた。

 するとリオンは、俺の声にビクッと肩を揺らし地面を見つめながら小さく

「...おかえりなさい...リル王子。...いえ、特にこれといって面白い話は...なにも...。」

 と言ったきり、黙りこんでしまった。

 やっぱり、俺は信頼されていないんだな...愛する奴から信頼されないというのは、我ながら悲しい...。

 俺は内心こう考えつつため息をひとつつき、リオンが座っている目の前まで来ると、そのまま地面に片膝をつきしゃがみ込んだ。

 そして、何も言わないリオンに苦しい表情を向けると

「...何故...言わなかった。何故...お前が色んな奴から酷い虐めに遭っていることを俺に相談しなかったんだ。...しかも内容にいたっては、ナノが採寸の時にお前の体に目を向けることが辛いほどだと...。ナノから告げられたが、日に日に痣や火傷などの傷が増えていくから、その傷を上手く隠すのに苦労していると......。お前が、最近妙に厚着をしていたのは、その為だったんだな。そんなになるまで、なぜ...。」

 と悔しさに駆られた俺は、膝の上できつく拳を握っていた。

 そんな俺にリオンは、少し顔を上げ

「...迷惑をかけないことが、リル王子とのルールで決まっていたからですよ。...でも、バレたのであればこのゲームも、もう終わりにしませんか??そもそも私たちの身分が違いすぎますし、こんな婚約誰も望まないですし。それにその方が、貴方ももっと有益な方と婚約を......。」

 と顔色ひとつ変えずに、俺に言葉を返してきた。

 正直俺は、リオンのこの言葉に対して、耐えきれないほどの怒りを感じていた。

 だから俺は、リオンに最後まで言葉を紡がせないために、リオンの言葉をわざと乱暴に遮り

「ふざけるな!!!こんなことになるまで、今の今まで一言も相談されずにいた俺のメンツは丸潰れ...!!お前が思っていないだけで、迷惑かけまくっているんだ!!!分からないのか!???」

 と、これまで上げたことが無いほどの大声で怒鳴つけると、怯えた表情のリオンのことを強く抱き締めた。

 そして、戸惑うリオンに俺は

「...残りの数日間、もうどこにも行くな。あの青年とも関わるな。ただ、この部屋でのんびりと過ごせ。欲しい物は何でも与えてやるから...頼む...頼むから、もうどこにも行かないでくれ。」

 と言うと、俺はそれ以上リオンの口から悲しい言葉を聞きたくなかったため、何か話をされる前に、足早に部屋を出たのだった。

 リオンとの二人の時間を終えた俺は、深い呼吸を数回繰り返すと廊下を歩きながら

「...リオン...あの言葉の意味...しっかりと理解してくれたのだろうか...。俺は、愛おしいリオンを束縛したい訳では無いし、ましてやする気もない。でも、こうでもしないと使用人やマティ嬢達から受ける虐めを止める手だてが思い浮かばなかった。はぁ...俺は、一体どうするべきなんだ...。とりあえず、明日からはナノに頼み込んで、泊まりがけでリオンの面倒を見て貰えるように言っておかなければな...。俺は明日から隣国...まぁ、マティ嬢の父上が治めている国なんだが...この間の約束がこんなに早いなんて...せめて、リオンとの賭け終了日以降だったら良かったものを...。とんだ誤算だったな...。」

 などと、思考を巡らせていたが、いつの間にか俺の足は、思い悩む時にいつも決まって訪れる、小さな庭にたどり着いていた。

 「また来てしまった...。もう癖なんだろうな...悩み事を抱えたときはいつもこれだ。」

 この庭は...俺がまだ幼い時に、ココに仕えていた...今は、過去に国王に手を上げたため、その場で射殺されて、その身に終わりを告げたが...その人が大切に管理していた庭だ。

 俺が、いつしかこの庭で蝶々を追いかけて遊んでいた時のこと、使用人は小さなこの庭の芝生に水をあげていた。

 その頃には俺もこの国への...父親の考え方が何かおかしい気がしていた。

 この国は、外面はとてもいいが内面は取ってつけたようにとても不安定で脆く...平和や安全など、無いも同然だった。

 貴族様はお気楽で優雅な人生を歩んでいたが、一歩外に出れば...空気や周りの様子は一変し、至る所で殺し...強奪...強姦...薬物...数え出すとキリがない。

 それを、俺の父上はずっと見て見ぬふりをして、ただ上流階級のみが楽しむことだけを念頭に政治を動かしていた...。

 でも、当然これをよく思わない国民は沢山いるわけで...その度に父上は、何度も何度も命を失いかけていた。

 父親が何をやっていたのかについての詳しい詳細は、国王の直系の息子に当たる俺でも教えて貰えなかった。

 そんな情勢に、使用人はうんざりしていたのかもしれない。

 庭を無邪気に走り回る俺を羨むような視線と共に、ふとこんな言葉を漏らした。

「...貴方なら、この歪み切った国を変えることができるかもしれないわね...。いえ、アナタが大人になったらでいいわ。この国の政治は間違っていると、きっと物心がつく頃には、アナタも薄々気が付くことでしょう。...そうなった時...何も意見することの出来ない国民達のために、アナタが国王様に『この国の政治のやり方を変えませんか???』と、一言でいいの。異議を唱えて。...私たちには、そのような力がない...王族に手を上げただけで、いかなる理由があろうとも処刑されるのだから。......あっ、こんな話、ダメよね...リル坊ちゃん??今の話はなんでもないのですよ...だから、他の人には絶対に言ってはいけませんからね。リル坊ちゃんと私...二人だけの秘密ですよ。」

 こう言うと使用人は薄く微笑み浮かべ、驚いた顔の俺を放ったらかし、そのまま水やりの道具を片付けに倉庫へと向かっていってしまった。

 俺は......あの時の使用人の心情が、大人になった今でも分からない。

 でも国王の息子である俺に、こんな話を零してしまうほど...国のやり方に異議があったのだろう。

 そして現に、あの笑顔の素敵な使用人は、国王である俺の父上に対して

「...国民の気持ちを考えて下さい!!!!!あなたの行う政治は、直接的な差別...格差問題に繋がります...!!!」

 と言って、納得しない父上の指示で外につまみ出されそうになった時、誤って父上の服の袖を掴んでしまった。

 そしてバランスを崩した父上は、登りかけていた階段から誤って転げ落ち、重傷を負った。

 その瞬間...城内にはサイレンが鳴り響き...今日と同じことが...。

 そんな忘れられない出来事......でも、あの使用人は

「この庭に来る時は、悩みを持ってくると良いですよ。ここの庭には、何故だか分からないですが、悩みを吹き飛ばしてくれる神様がいるようですから。(笑)」

 といつしか俺に言ってくれたことがあった。

 だから俺は、あの大好きだった使用人を忘れないためにも、時々悩みを引き連れては、この小さな誰にも目を向けられない秘密の庭に、悩みを吹き飛ばして貰っていた。

 ...リオンを守ってあげたい。

 優しかった、あの使用人との約束もあるしな。

 そんな懐かしさに浸っていた俺が何気なく吐いた吐息は、真っ白に染まり静かな空にゆらゆらと消えていったのだった。
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