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日向 ずい

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第4章「乙四の開幕と奏也の危機。」

「月並みが解散の危機!?」

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 俺たちは、酷く焦っていた。

 その理由は、今日俺たちがサークル棟の練習部屋で、いつものように活動禁止期間ではあったが、次のイベントまでそんなに日数もないということで、事務の人に気付かれないように、こっそりと活動していた時の事だった。

 月並みのメンバーが揃い、いざ、曲の練習をしようと言っていた矢先に、悲劇が始まりを告げたのだった。

 練習部屋の、今にも壊れそうな扉を開いたのは、マイクを握りしめ歌い出そうとしていた奏也の両親だったのだから。

 奏也は、俺たちに以前から言っていた。

 自分の両親は、大抵家にはいないから、合宿とかするんだったら、自分の家を使っていいと。

 ...つまりは、普段奏也とは殆ど顔を合わせない両親が、わざわざ大学にまで...しかもあろうことか、大学生しか使用しないような薄暗く、ほのかにカビ臭い...そんな所に足を運んだんだ。

 俺たちは、奏也の顔色を見た途端、この状況が良くないものだと言うことは、容易に理解することが出来た。

 酷く動揺した奏也をじっと見つめると、奏也の両親は、奏也の「何故大学にまで来たのか。」という問いに、顔色を殆ど変えずにこう言ったのだった。

「簡単なことだ。明日からお前には、海外のオペラの学校に編入してもらう。...こんな、チンケな大学でお前の才能を無駄にしたくない。奏也...お前もそう思っているだろうし、分かるだろう???」

 俺たちの気持ちを、奏也は代弁してくれたが、そんな奏也の心情はガン無視で、奏也が自分の母親に意見したことから、奏也の母親は奏也を練習部屋の外に出し、俺たちに話がしたいと言い出したんだ。

 奏也は、当然納得などしていなかったが、奏也の父親の有無を言わさない対応に、それ以上は何も言えず、奏也は心配そうに俺たちを一瞬見つめた後、名残惜しそうに練習部屋から出ていった。

 奏也が部屋を出て行ったことを確認すると、奏也の両親は、俺たちに鋭い目線を向けてこう言ってきた。

「奏也と一緒に、今までお遊戯会のようなバンド活動をしていたみたいだけど、奏也にはそんなこと無意味に近いの。分かる???奏也はね、才能の塊なの。大学も、オペラの大学に入ることが決まっていたにも関わらず、奏也はその資格を自ら投げだし、この大学に入ったのよ???こんな...音楽の設備も全く整っていないような不衛生なところに!!!...それを促したのは、鶴来七緒(つるぎなお)さんだということもね。全く、何を企んでいたのか分からないけど、あなたの勝手に奏也をこれ以上巻き込まないでくれないかしら???奏也はね、あなたたちとは、レベルも生活面も何もかもが違うのよ???この意味分かるでしょ??要するに、あなたたちと奏也は釣り合わないって言うこと。はぁ...ご理解いただけたかしら???」

 俺たちは、目の前で自分勝手な言葉を並べている奏也の母親に対して、何も言えずに口をつぐんでいた。

 名指しで奏也に関わるなと言われた七緒は、酷く悲しい表情を浮かべて、じっと上唇を噛み締めていた。

 そんな七緒の様子を見ていることが出来なくなった俺は、目の前の奏也の両親にこう言い返したのだった。

「..奏也は、俺たち月並みのメンバーと練習をしているときに、よく言っていることがあります。『俺にはずっと一緒にいてくれる人なんていなかったから、こうやって、仲間と一緒に馬鹿やるのは最高に楽しい。この大学に来て良かった。』って。この言葉を聞いても、七緒や俺たちが、奏也に悪影響を与えていると言えますか???他にも奏也は休憩時間に、よくこんなことを言っていました。『...皆はいいよな。両親のぬくもりを知って、大学生になれたんだもんな。俺は...両親が家に殆どいないから、愛情とか受けたくても受けれなかったし。今なら受けられるかもと思ったけど、もう無理だよな。だって、大学生に上がってまで親に甘えるなんて、申し訳なくなってきちゃうし、親離れしないといけない期間でもあるし...。そう考えると、俺は親に甘えられる期間を、完全に失ってしまったんだって...。そう思うと、今でも後悔している。ちょっとぐらい小さいときにわがままを言っておけば良かったって...。なんて、今更言っても遅いけどね。』.........こんなことを言っている自分の息子が、かわいそうだと思わないんですか!?俺は、この話を聞いたときに、奏也は悲しそうな表情で当然話をしているのだと思っていました。でも、この話をしていた奏也の顔を見た途端、俺は自分のことのように胸が苦しくて苦しくて、息がしていられませんでした。奏也は、にこにこと微笑みを浮かべていたんです。」

 俺の言葉に、若干言葉に詰まったようだが、奏也の母親は俺にこう反論してきた。

「微笑んで話していたんでしょ??だったら、別に私たちは悪いことをしていたわけじゃないわよね???」

 この言葉を聞いた瞬間、俺は声を荒げずにはいられなかった。

「...何処まで馬鹿なんですか!???...笑っていたのは楽しかったからじゃない。楽しいと思えるような思い出が、何一つ奏也の頭の中には存在していなかったからだ!!!俺たちにそのことを話していた時間が楽しかったのであって、お前達が奏也をほったらかしにしていた間のことが楽しかったわけじゃない!!!奏也はおまえらにほったらかされていた期間、何を考えて生きてきていたと思う??奏也が何が好きで、何が嫌いなのかを、おまえらは知っているのか???」

 俺の言葉に顔を歪めた奏也の両親は、俺のことを睨みつけこう言った。

「えぇ、分かるわよ。奏也が好きなものは、オペラ。嫌いなものは、甘いもの。そして、奏也はずっとオペラ歌手を目指して生きてきたのよ。」

 自信満々に答える奏也の母親に、もうため息すらも出なくなり、俺は静かにこう告げた。

「奏也が好きなものは、甘いものです。嫌いなものは孤独です。奏也がずっと生きがいにしていたのは、明日は両親に愛情を注いでもらえると、こう思いながら辛く悲しい孤独の日々を、必死で乗り越えて今日までずっと生きてきたんです!!!!ずっと一緒にいて、そんなことも分からなかったんですか???」

 俺がこう言うと、流石に両親も黙っていることは出来ずに、目の前で話をしていた俺にこう言ってきた。

「...あなたね。言っていいことと、言って悪いことの区別もつかないわけ???奏也はうちの子で、これまで私たちが育ててきたんです。そんな私たちの苦労も知らないくせに、勝手なこと言わないでくれます???」

 俺は、もうすでも冷静さを失っていた。

だって、あまりにも身勝手すぎる親だと思ったから。

「...奏也は、オペラが好きだったんじゃない。あなたたちが、奏也を認めていた唯一のものだったのがオペラ...歌だったから。だから、奏也はそんなどうしようもないあなたたちに、最後の最後まで愛されたいと願っていた。オペラは...歌は、奏也のそんな一種の意思表示だったことにも、きっとあなた方は気付いていないのでしょうね。」

 俺の言葉を最後に奏也の両親は、俺たちにあることを告げると練習部屋から出て行った。

 その後、慌てた様子で部屋に戻ってきた奏也は、自分の両親と何を話していたのかを俺たちに聞いてきたが、俺は奏也の両親に言われた言葉のせいで、冷静さをとっくに失っており、全く非のない奏也に冷たい態度をとってしまい、奏也を練習部屋から追い出してしまったのだった。

 奏也が去った部屋の中で、俺たちはパイプ椅子に腰を下ろすと、さっき奏也の両親に言われた言葉について、話し合いを始めるのだった。
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