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ぼくたちのホームグラウンド戦記(アウェイ戦)
11、もうっ!おにいちゃんたち静かにしてっ!
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「すいませーん。えっと天狼をー、」
ガラリと勢いよく店のドアが開き、新たな客がやってきた。
やはり全員男性客で、その数六人。
夕方~夜帯のラジオ番組が終わる時間ではあるが、世間的には夕飯の時間だった。
「あああー、申し訳ありません。そちらで食券をー」
「えっ?ああ、すいません」
店に入るなりまとめて皆の分を注文しようとした客に、店員がうちは食券システムですと告げると、客が不手際を謝り、
「やっべ、俺千円ないわ」
「あっ。ねえ、辛く出来んだって」
「えー?オレふつーでいいわ」
「じゃあここでライブの日程をー」
食券機周りが急にどやどやしだす。それを見て、
「じゃあ」
「そうだな」
「はあいどうも。ご協力ありがとうございまぁす」
「この日、昼夜ですからね」
「ちょっと、久しぶりな感じで」
最初からいた男性客達が新たな客に席を空けるため、どやどやガタガタと帰り支度を始める。
ガタガタ椅子を引き、バサりとコートを着込み、ごとりと丼をセルフでカウンターに置き、キュキュっとふきんでテーブルを拭き、店員がありがとうございましたと威勢よく声をかける。
つまり、
「ひいいっ、聞こえないよう」
耳をそばだたせ、響季は発表を聞き漏らすまいとしていたが、周囲の雑音が多すぎて聞きとれない。
なんとなく今後のライブについてパーソナリティー二人が話してるのはわかるが。
更に、
「私達も」
「えっ!?」
零児も帰り支度を始めた。
「なに?」
「だって、」
言いながら響季が天井を指差す。正確には店内に流れる放送を。
「長居したら迷惑でしょ?」
「はいどうも、ありがとうございます」
そう話しながら零児は軽くなった自分の丼とご飯茶碗をカウンターに置き、店員が労う。
「これは?食べるの?」
そして響季の丼も持ち上げる。中にはまだ野菜が残っていた。
「えっ…、と」
「食べるの?食べれるの?」
「食べれ………、なぃ」
蚊の鳴くような声でようやく認めると、零児がちょっとだけ咎めるような視線を送り、箸で丼の中をさっとかき回して渦を作る。
流れるプールのようにもやしやキャベツを回転させ、それを待ち構えた箸で掬くと、あっという間に胃に納めていった。
「ごひほうはま」
「はあい、どうも」
スープだけになった丼ともぐもぐしている零児を見て、結局そうなったかと店員が苦笑いで丼を受け取る。
零児が脂でテカテカな口周りをカウンターにあった箱ティッシュでサッと拭き、
「ぁぅぅ」
ついでに響季の口元も拭いてくれる。
いよいよ帰らなくてはいけなくなった。
なのにまだ発表は済んでいない。
が、更に、
「ごっそさんでーす!」
「はあい!ありあしたー!」
「俺、タバコ吸いたい」
「あー、おれもー」
「お前奥座る?」
「水これ?」
「すいませーん!トイレってー」
「そちら行って奥でーす」
「ライブハウス久し振りだね。最近はおっきいとこばっかでやらせてもらってたから」
「ライブハウスだとやっぱお客さんとの距離が近いっすからねー」
「いいいっ!」
帰る客と座る客で店内はごった返し、響季はなんとかして聞き漏らすまいとするが、エンディングトークが無駄に長くなかなか発表してくれない。
「ほら早く」
そんな中、零児が腕を引っぱり急かす。
「でもっ」
「もう混んでくるから早くっ」
当選者が発表されるまでグダグダ居座ろうとしたが、有無をいわさず手を引き、店から出ようとする。
夕飯時ゆえの正論と、ちっちゃいお手てに引っ張られたら逆らえない。
結局発表を待たずに二人は店の外に出てしまった。
「なんで聞いてかないのっ!」
外に出ると、響季は申し訳程度の駐車場で問い詰めるように零児に訊く。
吐く息が白い。
身体は暑いが、頬を撫でる夜風で段々と冷静になってきた。
もうほんのあと少しで番組は終わったのに、そうしたら当選者発表だったのにと。
だが、
「別に。わりとどうでもいいし、もし届いたらそうだってことでしょ」
自転車の鍵を開けながら零児はどうでもいいと言う。
もしラジオ局の名前入りの包みで立派な素麺が届いたのなら、その人が一番面白かったということだ。
その言い方にはどこか自信があるように聞こえた。
自分か、貴女か。
どうせそのどちらかだろうと。
そしてその自信は言ってる本人側にあるように聞こえたが、
「れいちゃん…、届いたら言う?」
「響季は?」
「えっ?」
質問に質問で返され、響季が言葉に詰まる。
「言う?」
重ねて零児が問う。
だが、響季はなぜだか自分よりも零児に届いてほしかった。
今日のネタのレベルは、おそらく同じくらいだ。
しかし零児は番組の温度を考慮し、アツアツ過ぎないネタを放っていた。要は手加減したのだ。普段の彼女からすれば、かなり。
おまけにリスナーの年齢層も考慮し、彼ら彼女らにわかるようなネタを放った。
自分はインスピレーションとはいえ、出せるだけの全力のネタを放ったが、パーソナリティー達の年齢や性別に寄せたネタを放った。
店内であんなにウケたのも、そこにいた人達がパーソナリティー達と同じ性別、年齢だったからだ。
パーソナリティーに擦り寄り、本来番組を聴いているリスナー達を置いてけぼりにしたのだ。
だから、
「……言うよ。届いたら」
「へえ。自信あるんだ」
そう言うと、零児は自転車のスタンドを跳ね上げ、駐車場を出ていく。話はもうおしまいとばかりに。
「えっ、ちょっと!!」
それを、まだ話は終わってないと響季が追いかけようとするが、零児はすぐに立ち止まる。
彼女は何かを見ていた。
なんだと響季もその視線の先を追う。
そのラーメン屋の前には申し訳程度の喫煙スペースがあった。
そこで灰皿を囲むようにして先程の男性客達がタバコを吸っていた。
零児はそれを見ていた。
ただ、じっと。
なぜ、と思いつつも、響季には頭の何処かで理解出来ていた。
彼らが吸う、ラーメンを食べた後のいわゆる食後の一服がやけに旨そうに見えたからだ。
寒空の下、男達が身を寄せあってる姿も。
学生とガテン系とサラリーマン。
立場も吸う煙草の銘柄も違う男達が、等しく小さな火を灯して煙を吐き出す姿は紳士の社交場のようにも見えた。
そこに、二人は交わることが出来ない。
羨ましくて、旨そうだった。
そんな姿を見ていると、視線に気づいたサラリーマンが軽く会釈する。
響季達も会釈し返すと、
「吸う?」
サラリーマンがおどけた感じで、指で挟んだタバコを掲げて言う。
それに学生達がええっ!?と笑い声混じりで非難の声をあげる。いやいやダメでしょう、悪い大人だなーと。
響季達は制服姿だ。
見つかれば薦めた側もお咎めを喰らいかねない。
零児は火のついたタバコをじっと見つめ、その視線にハハハという男達の笑い声が収束する。
しん、とその場が静まり返ったあと。
「よし」
と、零児が言い、
「我々は、コーヒーを飲みに行くぞっ」
「えっ!?」
突如、自分の自転車に跨り漕ぎだした。
いきなりの食後のコーヒー宣言に響季がついていけないでいると、
「あたし、コーヒー飲めないんすけどっ」
「おごってやるぞっ」
「うっ、いっ?じゃ、じゃあおともしますですっ!」
どうにかして遠ざかる背中に向かってそう言うと、それならと追いかけた。
「ついてまいれぇー」
「ちょっと、早っ!」
零児はあれだけ食べた後なのにダンシング走法で走りだし、それを響季もギアを軽くして追いかける。
残された男達はやたらテンションの高い女子高生二人を呆然と見送った。
食ったばかりであんなにテンション高く自転車なんて漕げないよ、と。
トンと、一人が灰を落とす。
なんだかみんな、元気な女の子達が羨ましかった。
ガラリと勢いよく店のドアが開き、新たな客がやってきた。
やはり全員男性客で、その数六人。
夕方~夜帯のラジオ番組が終わる時間ではあるが、世間的には夕飯の時間だった。
「あああー、申し訳ありません。そちらで食券をー」
「えっ?ああ、すいません」
店に入るなりまとめて皆の分を注文しようとした客に、店員がうちは食券システムですと告げると、客が不手際を謝り、
「やっべ、俺千円ないわ」
「あっ。ねえ、辛く出来んだって」
「えー?オレふつーでいいわ」
「じゃあここでライブの日程をー」
食券機周りが急にどやどやしだす。それを見て、
「じゃあ」
「そうだな」
「はあいどうも。ご協力ありがとうございまぁす」
「この日、昼夜ですからね」
「ちょっと、久しぶりな感じで」
最初からいた男性客達が新たな客に席を空けるため、どやどやガタガタと帰り支度を始める。
ガタガタ椅子を引き、バサりとコートを着込み、ごとりと丼をセルフでカウンターに置き、キュキュっとふきんでテーブルを拭き、店員がありがとうございましたと威勢よく声をかける。
つまり、
「ひいいっ、聞こえないよう」
耳をそばだたせ、響季は発表を聞き漏らすまいとしていたが、周囲の雑音が多すぎて聞きとれない。
なんとなく今後のライブについてパーソナリティー二人が話してるのはわかるが。
更に、
「私達も」
「えっ!?」
零児も帰り支度を始めた。
「なに?」
「だって、」
言いながら響季が天井を指差す。正確には店内に流れる放送を。
「長居したら迷惑でしょ?」
「はいどうも、ありがとうございます」
そう話しながら零児は軽くなった自分の丼とご飯茶碗をカウンターに置き、店員が労う。
「これは?食べるの?」
そして響季の丼も持ち上げる。中にはまだ野菜が残っていた。
「えっ…、と」
「食べるの?食べれるの?」
「食べれ………、なぃ」
蚊の鳴くような声でようやく認めると、零児がちょっとだけ咎めるような視線を送り、箸で丼の中をさっとかき回して渦を作る。
流れるプールのようにもやしやキャベツを回転させ、それを待ち構えた箸で掬くと、あっという間に胃に納めていった。
「ごひほうはま」
「はあい、どうも」
スープだけになった丼ともぐもぐしている零児を見て、結局そうなったかと店員が苦笑いで丼を受け取る。
零児が脂でテカテカな口周りをカウンターにあった箱ティッシュでサッと拭き、
「ぁぅぅ」
ついでに響季の口元も拭いてくれる。
いよいよ帰らなくてはいけなくなった。
なのにまだ発表は済んでいない。
が、更に、
「ごっそさんでーす!」
「はあい!ありあしたー!」
「俺、タバコ吸いたい」
「あー、おれもー」
「お前奥座る?」
「水これ?」
「すいませーん!トイレってー」
「そちら行って奥でーす」
「ライブハウス久し振りだね。最近はおっきいとこばっかでやらせてもらってたから」
「ライブハウスだとやっぱお客さんとの距離が近いっすからねー」
「いいいっ!」
帰る客と座る客で店内はごった返し、響季はなんとかして聞き漏らすまいとするが、エンディングトークが無駄に長くなかなか発表してくれない。
「ほら早く」
そんな中、零児が腕を引っぱり急かす。
「でもっ」
「もう混んでくるから早くっ」
当選者が発表されるまでグダグダ居座ろうとしたが、有無をいわさず手を引き、店から出ようとする。
夕飯時ゆえの正論と、ちっちゃいお手てに引っ張られたら逆らえない。
結局発表を待たずに二人は店の外に出てしまった。
「なんで聞いてかないのっ!」
外に出ると、響季は申し訳程度の駐車場で問い詰めるように零児に訊く。
吐く息が白い。
身体は暑いが、頬を撫でる夜風で段々と冷静になってきた。
もうほんのあと少しで番組は終わったのに、そうしたら当選者発表だったのにと。
だが、
「別に。わりとどうでもいいし、もし届いたらそうだってことでしょ」
自転車の鍵を開けながら零児はどうでもいいと言う。
もしラジオ局の名前入りの包みで立派な素麺が届いたのなら、その人が一番面白かったということだ。
その言い方にはどこか自信があるように聞こえた。
自分か、貴女か。
どうせそのどちらかだろうと。
そしてその自信は言ってる本人側にあるように聞こえたが、
「れいちゃん…、届いたら言う?」
「響季は?」
「えっ?」
質問に質問で返され、響季が言葉に詰まる。
「言う?」
重ねて零児が問う。
だが、響季はなぜだか自分よりも零児に届いてほしかった。
今日のネタのレベルは、おそらく同じくらいだ。
しかし零児は番組の温度を考慮し、アツアツ過ぎないネタを放っていた。要は手加減したのだ。普段の彼女からすれば、かなり。
おまけにリスナーの年齢層も考慮し、彼ら彼女らにわかるようなネタを放った。
自分はインスピレーションとはいえ、出せるだけの全力のネタを放ったが、パーソナリティー達の年齢や性別に寄せたネタを放った。
店内であんなにウケたのも、そこにいた人達がパーソナリティー達と同じ性別、年齢だったからだ。
パーソナリティーに擦り寄り、本来番組を聴いているリスナー達を置いてけぼりにしたのだ。
だから、
「……言うよ。届いたら」
「へえ。自信あるんだ」
そう言うと、零児は自転車のスタンドを跳ね上げ、駐車場を出ていく。話はもうおしまいとばかりに。
「えっ、ちょっと!!」
それを、まだ話は終わってないと響季が追いかけようとするが、零児はすぐに立ち止まる。
彼女は何かを見ていた。
なんだと響季もその視線の先を追う。
そのラーメン屋の前には申し訳程度の喫煙スペースがあった。
そこで灰皿を囲むようにして先程の男性客達がタバコを吸っていた。
零児はそれを見ていた。
ただ、じっと。
なぜ、と思いつつも、響季には頭の何処かで理解出来ていた。
彼らが吸う、ラーメンを食べた後のいわゆる食後の一服がやけに旨そうに見えたからだ。
寒空の下、男達が身を寄せあってる姿も。
学生とガテン系とサラリーマン。
立場も吸う煙草の銘柄も違う男達が、等しく小さな火を灯して煙を吐き出す姿は紳士の社交場のようにも見えた。
そこに、二人は交わることが出来ない。
羨ましくて、旨そうだった。
そんな姿を見ていると、視線に気づいたサラリーマンが軽く会釈する。
響季達も会釈し返すと、
「吸う?」
サラリーマンがおどけた感じで、指で挟んだタバコを掲げて言う。
それに学生達がええっ!?と笑い声混じりで非難の声をあげる。いやいやダメでしょう、悪い大人だなーと。
響季達は制服姿だ。
見つかれば薦めた側もお咎めを喰らいかねない。
零児は火のついたタバコをじっと見つめ、その視線にハハハという男達の笑い声が収束する。
しん、とその場が静まり返ったあと。
「よし」
と、零児が言い、
「我々は、コーヒーを飲みに行くぞっ」
「えっ!?」
突如、自分の自転車に跨り漕ぎだした。
いきなりの食後のコーヒー宣言に響季がついていけないでいると、
「あたし、コーヒー飲めないんすけどっ」
「おごってやるぞっ」
「うっ、いっ?じゃ、じゃあおともしますですっ!」
どうにかして遠ざかる背中に向かってそう言うと、それならと追いかけた。
「ついてまいれぇー」
「ちょっと、早っ!」
零児はあれだけ食べた後なのにダンシング走法で走りだし、それを響季もギアを軽くして追いかける。
残された男達はやたらテンションの高い女子高生二人を呆然と見送った。
食ったばかりであんなにテンション高く自転車なんて漕げないよ、と。
トンと、一人が灰を落とす。
なんだかみんな、元気な女の子達が羨ましかった。
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