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12、麦チョコ食べたいな音頭を歌う、ソースせんべいあげるよおじさん

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 そう、おかわり公演を所望した。
  人の麦チョコ食べたんだからさ、という思いも込めて、覗きこむように期待の目を向ける。
  それはどうやら周囲の観客も同じらしい。
  雑誌やケータイを見ていたのに、いつの間にか期待を込めた視線を送っていた。
  期待の視線が、麦チョコを頬張っている演者に突き刺さる。
  袋に手を入れるガサガサ音と、ポリポリ音だけが休憩スペースに響き渡る。
  そんな中で、

 「あ、ちょっ、拭くなよ」

  元・コックピット役のスカートでパフやチョコの付いた手を拭き、零児はすくっと立ち上がると、

 「♪むーぎチョっコがー、食ぁーべたぁーいなあー」

  突然、妙な節をつけて麦チョコ欲しいなソングを歌い出した。
  手にはファスナーを全開にした通学バッグ。
  それをぶーらぶーらさせる身体に合わせ、口をパッカパッカさせる。
  それはまるでバッグそのものが歌ってるような、バッグ自体が麦チョコを欲しがってるような。
  要はお菓子くれないとコントしないぞという遠回しなカツアゲだった。

 「♪食ーべたーいなぁー。二番」

  休憩スペースにいた面々はしばらくそれをぽかんと見ていたが、二番に突入したあたりで女子高生がハッとした顔で自分が貰った駄菓子袋を探り、麦チョコを取り出した。
  男子高校生達も慌ててそれに習い、麦チョコを出すと、

 「♪むーぎ、あ、どうもー。♪むーぎチョっ、どーもでーす」

  歌いながら零児が休憩スペースを練り歩き、お礼とともにおひねり麦チョコを回収する。
  そうして充分おひねりを貰えたところでターンし、戻ろうとすると、

 「おっ」

  待ち構えるように麦チョコを両手で持ち、胸元に掲げた子がいた。
  先程の観客の一人でもある小学生女児様だ。
  麦チョコは自分も続きが見たいという意思表示なのだろう。
  その子の期待のこもった目と掲げた麦チョコに、零児の麦チョコ欲しいなソングが止まる。
  その胸には、何か熱いものがこみあげていた。
  そしてしばし女の子を見つめたあと、零児はバッグの口を閉じた。
  女の子は、えっ?という顔をするが、

 「自分より小さい子からまで、お菓子は巻き上げないよ」

  そう優しく言うと零児はバッグから何かを取り出し、

 「チミにはこれをあげよう。変な甘じょっぱさで、とても乱暴な味がするよ」
 「えええー?いらないよぉ」

  紳士的な口調でソースせんべいをあげるが、女の子が笑顔でそれを断る。
  女の子がソースせんべいの味を知ってるかわからない。
  だから、さりげない説明込みで美味しくなさそうなものを恭しく差し上げるというわかりやすいボケを、零児は放った。
  女の子も空気を察知し、臆すること無く年上のお姉さんにツッこんだが、

 「お父さんかお母さんならギリギリ懐かしいって食べてくれるんじゃないかな」

  そう言われ、女の子が差し出された袋を見る。
  目の前のお姉さんから嘘は見受けられない。

 「お土産に持っていくといいよ」

  自分も同じものを持ってはいるが、親が喜んでくれそうなものならより多く欲しいと思ったのか、女の子は甘じょっぱいせんべいをおずおずと受け取った。
  女の子の小さな頭を零児が撫でる。
  それを、響季は見ていた。
  なんで零児がそんなことをしたかはわからない。
  お菓子をくれる優しい女の子に、逆に何かあげたかっただけなのか。単に自分がいらないお菓子をあげただけなのか。
  わからないが、惚れなおした。
  そんなやり取りをした後。
  零児は元いたソファに戻ってきて、

 「ぬおっ」

  目の前で華麗にターンするとスッとした動きでコックピットに座る。
  流れるような動作に響季は驚くが、閉じていた膝にパイロットがにじにじとおしりをねじこむようにしてきたので足を開く。
  そして腕を持ち上げさせ、再び自分の周りの空間を囲わせる。
  粗方舞台装置が整うと、零児はバッグから貰ったばかりの麦チョコを出し、袋から直接口にざらっと入れた。
  ぼおりぼおりと頬張り、近くのテーブルに置きっぱなしだったスポーツドリンクで流し込むと、

 「前回までのあらすじっ」

  そう宣言し、第二幕が始まった。
  休憩スペースにいた子達とコックピットからは、おおっ、やったあ、と歓声と拍手があがった。


 そうして零児が一人小芝居の第二幕をこなした後。

 「ねー、そろそろみんな帰ったらー?」

  受付職員さんがカウンターに頬杖をつきながらかったるそうに言う。
  本日の受付はとっくに終了し、あとは休憩スペースにいる子達、響季達が帰ればルームは閉められるのだ。

 「えっ!?もうこんな時間!?」
 「ほんとだっ!」

  職員さんに言われ、みんな一斉に壁に掛けられた時計を見る。零児の長尺小芝居が楽し過ぎて、つい長居してしまった。

 「じゃあ」
 「うん」

  早く帰ろうと、みんなでバタバタと帰り支度をし始めると、

♪ぴーぽぷぱー、ぴぃーぽぺぇーぴっ、ぽピぷぺぺー ッターン! ズンダッズダカダッ!

 「お」

  響季のケータイが、テレ東系深夜ドラマ 殺しの女王蜂のエンディングテーマ WE ARE THE GIRLSを奏でる。
  設定したメロディで誰かわかる。柿内君だ。
  なんだろうと届いたメールを開くと、

 「うはっ、マジで!?」
 「なに?」
 「『今からニュースランブルでパティーシエンジェルの声優陣生登場』だって!映画の宣伝で!」
 「ふぇ」
 「ええっ!?」

  駄菓子袋に入ってた串カステラをあぐあぐ食べつつ、零児が軽めに驚き、近くにいた女児様が大きめに驚く。

 「ニュースランブルって何チャン!?」
 「チャンネル変えてっ、早くっ」
 「えっえっ」
 「早くぅ」

  響季の言葉に零児が職員さんに指示し、女児ちゃんもはやくと急かす。
  職員さんは慌てながらリモコンをルームの天井近くに取り付けられたテレビに向け、なんだなんだと帰ろうとしていた子達もそれを見る。
  ルーム内が一気にざわざわし始める。
  そして、職員さんが該当のニュース番組が放送されているチャンネルに切り替えるが、

 「へっ!?ああ、CMか」

  響季が驚く。映しだされたのは大袈裟な演出の鍋つゆのCMだった。今からと書かれていたが、どうやらCMを挟んだあとらしい。
  それが終わると、

 〈超話題のダンジョンドラマ、遂にブルーレイ化〉

  そんなクールなナレーションの後に、

 〈ううっ、おじーいちゃああーん。むかえにきてーえぇ〉
 〈泣くなばかっ!…グスっ〉
 〈どうしよう…、オーディションに間に合わないっ〉
 〈なんやこれ、オレが住んでた頃と全然違うとる…。カレースタンドはどこや!!〉

  早いカット割りでなにやら広大な駅構内を不安そうに見回す子供達、女の子、青年の映像が流れる。

 〈第一巻には、なつやすみ上京キッズ編、アニソンオーディションファイナリスト編、十年ぶりの地元編を
収録。そして、各話ごとの水先案内人にも要注目っ!〉
 〈こちらです〉
 〈そっちです〉
 〈あちらになります〉

  次いで、顔は違うが共通して真っ白なボブウイッグを被った女性達が現れ、ああ、これが、と、響季が呟く。
  三人目に出てきた女の子の下に出た名前、あとはその声に。
  以前聴いたポッドキャストで言っていた、声優の衣鈴綾羽が顔出し仕事として出たドラマだ。
  さすがのキャリアと、声優にジョブチェンジ出来た声とがあいまって一瞬見ただけでも芝居が脳裏に残る。
  やだあー、ちょっとおもしろそー、と響季が見ていると、

 「声、ターキッシュハーレム」
 「あらホント」

  零児がこそっと伝えてきた情報に、そういえばと気付く。
  ナレーションがアニメ アルコール・ド・ボンバーでターキッシュハーレムを演じている田所元生だった。
  少しだけ高めに設定したような、耳障りの良い抜けのある声。
  声優の顔出し仕事に声優がナレーションをつけるというのがなんだか面白く、こんな面白さを楽しめてるのはこの空間で自分だけかもしれないと思うと少し愉快だった。

 〈果たして彼らは無事に駅から脱出し、目的地にたどり着けるのか!ステーションオブダンジョン!恐れるな…、死ぬことはない…〉

  最後にパキッとした声で視聴欲を煽り、エコー付きでタイトル。そらそうやろと思わせるキャッチフレーズで締め、

 「へえ、ちょっとおもしろそ…、高えっ!!」

  提示された特装版DVDのお値段がとにかく高くて響季が驚く。が、そんなことより、

 「っていうかあたしパティーシエンジェルってあんまりよく知らないんだけど」
 「え」
 「えええ!?」

  これから始まる面白そうな生放送の、その大元となるアニメを響季は知らなかった。
  それに対し零児と女児様が信じられないと声をあげる。

 「いや、だってさあ。あれ、小さいおともだちが見るもんでしょ?」

  それに驚きつつも響季が言い訳する。
  パティーシエンジェルは朝も早よからやっている子供向けアニメだ。
  子ども向けアニメに出れるということはそれなりに実力がある声優ということでもあり、響季も出ている声優くらいは知っている。
  だがきちんと見たことはなかった。
  幼稚園から小学生までという視聴対象年齢から大きく外れるからだ。
  しかし、よく考えれば目の前の二人は。
  逆に、チミらそんなの見てるの?いい歳してという目で響季が見ると、

 「フツーに面白いので」

  そう言う零児の言葉に女児様もうんうんと頷く。
  女児様もおそらく、年齢は小学校高学年に差し掛かるくらいだ。
  対象年齢からは少し外れるが、それでも面白いということか。
  そして零児は面白いものが大好きだ。
  そんな二人がハマるのならよほどのものかと響季が思っていると、やっとCMが終わり、無駄に発音のいい番組ジングルとともに数人のアナウンサーが座るスタジオが映し出された。

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