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第二回公演

17、いつものアレとイレギュラーで失礼なアレ

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「ほう、やるな」
 
 感嘆の溜息をついて詩帆が腕組みをする。
 踊り子さんのパフォーマンスもだが、何より流れてきた曲に。
 空いていた場内後方の席に座ると、『チューチューパリーナイト』を使ったオープンショーが始まった。
 名前は思い出せないが、確かかつて声優がカバーしたディスコナンバーだったはずだ。
 そうと知って使っているのか、純粋に曲の良さから使ったのかわからないが、卑猥でジューシーな歌声がストリップに合っていた。
 堂に入った腰振りダンスやいやらしい目線付きの指舐めも本家には負けていない。
 あまりいいとは言えない音響設備が逆に歌詞の妖しさに拍車をかけていた。
 客もステージを盛り上げるように手拍子をする。

 ステージは繁華街らしくダンスショーが中心だった。
 途中、特撮ソングを使い、下っ端戦闘員を演じる踊り子さんが出てきた。
 全身黒タイツに左半分だけドクロのマスクを被り、パントマイムを交えたステージを披露。
 ベッドショーでは小物キャラから一転し、上半分を隠したマスクとセクシーな衣装に身を包んだ女幹部を演じていた。
 ベッドショーはその名の通り、ベッドの上での情事を思わせるような腰遣い、熱視線、息遣い、欲しがる指先、舌遣い、表情、それらを全身を使って表すショーだ。

 踊り子さんも元々踊りをやっている人が多いのか、ダンスのレベルが総じて高い。
 音響設備の悪さは相変わらずだが、照明演出だけはきちんとしたものだった。
 本舞台と中央舞台、花道にはそれぞれ縁取るように電飾が施され、ショーに合わせて灯りが灯る。
 天井からのピンクのライトは踊り子さんの肌に妖艶な色を与え、白のライトは女性を神聖なものに魅せた。
 宙から差し込むような蒼いライトは踊り子さんの横顔を硬質なものに魅せ、点滅するライトは舞台を現世から幻へと昇華させるような効果を与えた。
 踊りが不得手らしい踊り子さんは趣向を凝らして芝居仕立てのショーを披露していた。
 衣装や小道具がキッチュな踊り子さんもいれば、きちんと業者に発注したらしい踊り子さんもいた。
 タッチや天板がメインではないので、ベッドショーでは構成の行き届いたじっくりねっとりした脱衣が見れた。
 履いていた紐付きショーツをじらしながら脱ぐと、踊り子さんがそれをくるくると手首に巻き付ける。
 裸体にシュシュのようなアクセントが出来、詩帆が可愛いなと目を細める。

「いいね」

 独りごちながらポンチョガールは椅子の背もたれに背中を預ける。
 バランスがよく飽きない。
 すらりと均整のとれた身体、小柄で可愛らしいぽっちゃりボディ、胸の大きな外人体型、さらりとした筋肉に包まれたしなやかな肉体美。
 全裸にピンヒール、全裸に編み上げブーツ、全裸に素足。
 脱いでいく衣装によって様々な女体が登場した。詩帆が鎖骨や線の入った腹筋などをじっくり見ていると、熱心な若い女の子客に踊り子さんがにこりと微笑みかけてくる。
 オープンショーでは童貞の客には坊や見るの初めてでしょとばかりに踊り子さんは殊更性器を見せてくるが、同性の客にはそのようなことをせず落ち着いて見れた。
 
 場内にはタンバリンマンもいた。 
 タンバリンマンはダンサブルな曲が流れると劇場にあるタンバリンを使って踊り子さんを自主的に応援する客だ。
 そういえばと前回、前々回行った劇場にはタンバリンマンがいなかったことを詩帆が思い出す。
 客が少ないのもそうだが、やけに静かだったのはそのせいだ。
 あのダンスと選曲ではタンバリンの出る幕はない。
 そんなストリップ名物をすぐ近くで聴いていた詩帆だが、

「うるっせぇ」

 悦に入りながら夥しい手数で打ち鳴らされるタンバリンと、男性客の分厚い手の皮を駆使した手拍手に鼓膜がじんじんと痛みだす。
 おまけに座っていたのはそういった応援方法がやりたい放題な場内後方の席。ある種ヲタ芸用スペースだった。
 舞台袖付近にはリボンマンもいた。
 リボンマンはここぞというタイミングで、漁師が網を放るように舞台に向かって何本もの帯状のリボンを放つ客だ。
 3D映像の如く白や虹色のリボンが立体感を伴って踊り子さんの身体上に降り注ぎ、その身にかかる寸前でリボンマンは手にしたリボンを引き戻す。
 ストリップ独特の、ステージに華を添える応援法だが傍から見れば海の生物が獲物を取り逃がし、慌てて触手を引っ込めているようだ。
 タイミングを伺うリボンマンの緊張が伝わり、詩帆はショーに集中できない。
 応援に夢中でステージを見ていないリボンマンは、サイリウムを折ることに熱意を燃やし、ステージそっちのけなアイドルファンみたいだった。



「…みによんく?」

 ステージが進み、何人目かの踊り子さんのベッドショーになると、怪しげな赤いライトが照らされる場内で詩帆が口の中だけで呟いた。
 シャーッというミニ四駆の音が聞こえた。
 正確にはミニ四駆ではなくシャーシ音だ。
 場内の設備からか、古いからなと納得するが、ショーの最中何度かその無粋な音を耳にし、ポンチョガールは口をへの字に曲げた。
 更に、


「なっがいなあ」

 客質のせいか、撮影ショーは相変わらずグダグダとなかなか進まなかった。

「わあー、ありがとー」
「お久しぶりですぅー。お元気でしたぁ?」
「おはようございますぅー」

 撮影と共に差し入れや手土産を持ってくる客もいて、舞台袖に座った踊り子さんがそれを一つずつ、甘ったるい声で嬉しそうに受け取る。
 お花、甘いもの、栄養ドリンク、ぬいぐるみ、様々な貢物で舞台袖が狭くなる。
 どこかねずみ色のオーラを出した客が列を成し、華やかな女性に貢物をする。
 踊り子さんが全裸でM字開脚やL字開脚など、卑猥なポーズで写真を撮られていなければ、まるでアイドルイベントだ。
 おあとよろしいですかという踊り子さんの声に、壁際に立った撮影希望客はどうぞどうぞとお互い先を譲る。

「鍵閉め狙いか…」

 ペットボトルの水を飲みながら詩帆が呟く。
 鍵閉めはアイドルの握手会などでファンが最後の一人を狙う行為だ。
 好きなアイドルに対して数あるファンの中から自分を印象付けるため。
 それが踊り子さんファンにもあるらしい。
 当然ファン同士の牛歩戦術のやり合いでなかなか撮影ショーは終わらない。
 ロビーで貰った香盤表を見ると、トップバッターの踊り子さんは夏愛心窓という名前だったらしい。
 詩帆には読み方がわからない。かあいこまど、でいいのか。
 初見で読めない芸名を付けるのはいかがなものかとポンチョガールは考える。要は、

「ひまやなー」

 とてつもなく暇だった。
 場内にBGMとして薄く掛かっていたのが アニメ 熱愛三国志 エンディング『私という名の伝説降臨』なのが唯一の救いだった。
 撮影ショーのBGMは大体が劇場側が用意するか、踊り子さんがお昼の放送よろしく好きな音楽をかけるかのどちらかだ。
 今回の劇場は選曲からして後者らしい。
 ということは踊り子さんはオタクか。そのことをファンは知っているのだろうか。詩帆が考えてみる
 しかしここにいるファンは自分のアピールばかりに必死で、崇める対象のパーソナルな部分など興味が無さそうだった。

「はぁーい、お次ー」

 多すぎる撮影希望客を捌いていた踊り子さんが、排泄穴を見せるバックの撮影ポーズから正面に向き直り、汗に濡れた髪を背中に払う。
 この後にもサイン希望の客には撮った写真を一旦受け取り、狭い楽屋の化粧前でサインと一緒に一枚一枚メッセージやらなんやらを書き添え無くてはならない。
 またいらしてくださいね。差し入れありがとう。お身体大切に。
 それだけの営業努力をしても撮影売上は劇場に行き、踊り子さんには入ってこない。
 大変だなあと心の中で労いつつも、詩帆は流れていた電波系アニソンを口パクで歌う。

 ふうと溜息をつきながら、踊り子さんがふと場内にいた女の子客が自分の選曲したアニソンを楽しそうに口ずさんでいたのを見つける。
 視線に気づいた詩帆がぺこりと会釈すると、踊り子さんは同じ趣味を持つ同志に笑顔で小さく手を振ってきた。
 こちらもにこやかに手を振り返すと、並んでいたファンが踊り子さんの視線の先にいる女の子客を嫉妬の目で見てきた。
 その視線には気付かぬ素振りで、詩帆が辺りを見回す。
 場内の壁に貼られているのはお決まりの約束事。
 盗撮厳禁、泥酔したお客様はつまみ出します、踊り子にはお手を触れないで。
 そんな張り紙を見ていると、またシャーシ音が聞こえた。
 当然誰かがミニ四駆を走らせているのではない。
 それは場内後方、入り口近くに陣取った客から聞こえた。

 リボンマンだ。
 こそこそと工具のようなものを手に、一つ前の踊り子さんのショーで投げたリボンを巻き取っていた。
 改造したドライバーのような工具。シャーシ音はその工具から聞こえた。
 人のステージの間に自分のお気に入りの踊り子さんの応援準備に勤しむ。
 無粋な機械音と応援態度に詩帆は眉を顰めた。
 BGMはいつしかアニメ 情・熱愛三国志 エンディング 『いぇいいぇい!バージニア・ロワイアル』に変わっていた。
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